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2007年10月

国内植民地

きのうの続きです。つらつら考えています。

北海道は国内植民地です――と、2年前に学生をしていたときに、農業経営関係の授業中に発言したら、教師に「ばか」と言われました。経営の専門家が、この程度の社会認識なのだということに、驚かされたものでした。
駒谷信幸さんという方がいらっしゃいます。ながぬま農協の前組合長です。駒谷さんは、自らの農場で生産した農産物を、農協を通さない直接販売によって、実績を上げていました。農協の売り上げが落ちたときに、長沼町の農民たちは、駒谷さんのやり方に学びたいと、駒谷さんに組合長になってもらって、ながぬま農協を改革してもらったのです。
何で駒谷さんの話を持ち出したかと言うと、駒谷さんが拓殖短大に講演に来たときに、やはり、「北海道は国内植民地です」という発言をされていたからです。学校の先生たちもその講演を聞いていて、うなずきながら、感心していたのです。同じことを言っても、わたしと駒谷さんでは、こうも反応が違うものかと、逆に感心してしまいました。

北海道の開発は、囚人労働によって進められました。「死んでもかまわない」人たちを連れてきて、強制労働をさせたのです。この荒っぽい働かせ方は、民間企業に引き継がれていきました。北海道は、強制連行・強制労働させられた人たちの屍の上に成り立っているのです。
農業もそうです。赤字経営をしながら、北海道は200%を超える食料自給率を達成しています。道外の人たちのために、安く農産物を作らされているのです。完全なアンフェアトレードです。東京の人たちが使う電気のために、福島や新潟の人たちが、原発の危険さを引き受けているのと同じです。
ついでに言えば、輸入食品が安いのも、生産国の自然の力や、人びとの労働を収奪した結果なのです。いつまでも続けられることではありません。安いからと言って、輸入食品を食べ続けることは、国際的な不公正を存続させることに加担することになります。

国内、あるいは世界の不公正を是正するには、「地域内自給」を原則にする必要があります。そのためには、食料生産の偏りを調整しなければなりません。そのためには、農業は小規模化していかなくてはなりません。小規模化することによって、資源エネルギーを浪費しない、持続可能な農業が形成されていくことになります。
ところが、農業政策は、今でも大規模化を志向しています。農業振興の方法として、「意欲ある農家を援助する」という言い方がされますが、何をもって「意欲がある」かを量るかというと、規模の大きさを量ることになるのです。目指す方向が逆でしょう。
1軒の大規模農家より、100軒の小規模農家が存在してほしいです。

北海道の農業者認定の基準は、なかなか下がりそうもありませんし、いつになったら、わたしは農地を使えるようになるのか、見当もつきません。一カ所で続けていれば、それが「実績」となって、認められやすいことは事実ですが、あまり当てになるものでもありません。金井さんや菅原さんのように、非農地を開拓する、というやり方が、別の困難さは伴なうでしょうが、意外と近道であるかもしれません。今後は、この方向でも、可能性を探ってみるつもりでいます。
おしまい。

おしまいでなくて、追記。追記というか、蛇足というか。
この「栽培生活blog」の記事に、かつてトラックバックをつけてくれた、藤末健三さんという、農業振興に熱心な民主党の参議院議員さんがいますが、「食品と暮らしの安全」9月号に掲載されている「核武装の検討を容認する国会議員リスト」によると、「検討を容認」になっています。

戦争でもうけるのは武器産業で、死ぬのは民衆です。武器があれば使いたくなりますし、「抑止力」として持っているだけにしても、経済的負担は大きなものです。戦争で死んだり、人を殺したりする覚悟があるのならば、それだけの意気込みで戦争の悲惨さ、不当さを訴えたほうが、人間としてまともではないかと、わたしは思いますが、怖い人たちと対面して、おどされると、そんな当たり前のことも言えなくなってしまうのかもしれません。悲しいですが、それもまた、人間です。

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