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国内植民地

きのうの続きです。つらつら考えています。

北海道は国内植民地です――と、2年前に学生をしていたときに、農業経営関係の授業中に発言したら、教師に「ばか」と言われました。経営の専門家が、この程度の社会認識なのだということに、驚かされたものでした。
駒谷信幸さんという方がいらっしゃいます。ながぬま農協の前組合長です。駒谷さんは、自らの農場で生産した農産物を、農協を通さない直接販売によって、実績を上げていました。農協の売り上げが落ちたときに、長沼町の農民たちは、駒谷さんのやり方に学びたいと、駒谷さんに組合長になってもらって、ながぬま農協を改革してもらったのです。
何で駒谷さんの話を持ち出したかと言うと、駒谷さんが拓殖短大に講演に来たときに、やはり、「北海道は国内植民地です」という発言をされていたからです。学校の先生たちもその講演を聞いていて、うなずきながら、感心していたのです。同じことを言っても、わたしと駒谷さんでは、こうも反応が違うものかと、逆に感心してしまいました。

北海道の開発は、囚人労働によって進められました。「死んでもかまわない」人たちを連れてきて、強制労働をさせたのです。この荒っぽい働かせ方は、民間企業に引き継がれていきました。北海道は、強制連行・強制労働させられた人たちの屍の上に成り立っているのです。
農業もそうです。赤字経営をしながら、北海道は200%を超える食料自給率を達成しています。道外の人たちのために、安く農産物を作らされているのです。完全なアンフェアトレードです。東京の人たちが使う電気のために、福島や新潟の人たちが、原発の危険さを引き受けているのと同じです。
ついでに言えば、輸入食品が安いのも、生産国の自然の力や、人びとの労働を収奪した結果なのです。いつまでも続けられることではありません。安いからと言って、輸入食品を食べ続けることは、国際的な不公正を存続させることに加担することになります。

国内、あるいは世界の不公正を是正するには、「地域内自給」を原則にする必要があります。そのためには、食料生産の偏りを調整しなければなりません。そのためには、農業は小規模化していかなくてはなりません。小規模化することによって、資源エネルギーを浪費しない、持続可能な農業が形成されていくことになります。
ところが、農業政策は、今でも大規模化を志向しています。農業振興の方法として、「意欲ある農家を援助する」という言い方がされますが、何をもって「意欲がある」かを量るかというと、規模の大きさを量ることになるのです。目指す方向が逆でしょう。
1軒の大規模農家より、100軒の小規模農家が存在してほしいです。

北海道の農業者認定の基準は、なかなか下がりそうもありませんし、いつになったら、わたしは農地を使えるようになるのか、見当もつきません。一カ所で続けていれば、それが「実績」となって、認められやすいことは事実ですが、あまり当てになるものでもありません。金井さんや菅原さんのように、非農地を開拓する、というやり方が、別の困難さは伴なうでしょうが、意外と近道であるかもしれません。今後は、この方向でも、可能性を探ってみるつもりでいます。
おしまい。

おしまいでなくて、追記。追記というか、蛇足というか。
この「栽培生活blog」の記事に、かつてトラックバックをつけてくれた、藤末健三さんという、農業振興に熱心な民主党の参議院議員さんがいますが、「食品と暮らしの安全」9月号に掲載されている「核武装の検討を容認する国会議員リスト」によると、「検討を容認」になっています。

戦争でもうけるのは武器産業で、死ぬのは民衆です。武器があれば使いたくなりますし、「抑止力」として持っているだけにしても、経済的負担は大きなものです。戦争で死んだり、人を殺したりする覚悟があるのならば、それだけの意気込みで戦争の悲惨さ、不当さを訴えたほうが、人間としてまともではないかと、わたしは思いますが、怖い人たちと対面して、おどされると、そんな当たり前のことも言えなくなってしまうのかもしれません。悲しいですが、それもまた、人間です。

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「強制労働」

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コメント

はじめまして、コメントします。
拓殖短大での田中さん発言(授業中)についての件ですが、その時の状況と講義の内容と先生の質問に対しての田中さんの態度から考えると、そうゆう状況をつくりだしていると思います。同じ新規就農コースを卒業した者としてコメントです。
反発は、ちょっとしたしぐさやアクセントで生み出すものです。

投稿: yasaikorokke | 2007年10月14日 22時28分

わあ! 新規就農コースの人が、ここを見ていてくださったのですね。驚きです!

わたしが授業中に教師に「ばか」と言われたのは、このときだけではありません。あるときなど、オリジナルのアイデアで書いてきたものを発表しているときに、「田中にこんなものが書けるはずがない。どこかからコピーしてきたのだろう」と、ほかの学生たちの前で言われたこともあります。そのときはあきれて、反論する気にもなりませんでしたけど。
わたしの顔やしゃべり方は、ものすごいばかに思えるときがあるようです。自分でも自分がばかなんじゃないかと思うことがあります。ですから、「ばか」と言われても、し方がないかな、とは思いますが、何であれ、学生に向かって「ばか」と言うのは、教師の品格としていかがなものかと思います。
国内植民地発言のときの教師の「ばか」は、「北海道が植民地のわけないだろう?」というニュアンスでした。社会認識がズレているのですね。

北海道の農産物が「フェアトレード」されなくてはいけない、と言っていたのは、新規就農コースの生みの親、相馬暁先生です。「フェアトレード」という言葉は、外国との貿易に関して使う語だと、わたしは思っていました。バナナとかコーヒーとかチョコレートとかの農園でこき使われている人たちが自立できるように、正当な対価を払おうではないか、という運動だと思っていましたが、国内の農産物の流通に関して「フェアトレード」の語を使って公正さの実現を主張する発言に出会って、目が覚める思いをしたものでした。

投稿: 田中敬三 | 2007年10月15日 05時15分

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