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2007年11月

岸田秀『歴史を精神分析する』(中公文庫)

日本の食料自給率が39%だと聞いて、「でも、主食のコメは、ほぼ自給できているんでしょ? 有事で輸入が途絶えても、一汁一菜でつつましく食べてれば、何とかなるんじゃない?」と思っている人がいるかもしれませんが、その認識は甘すぎます。
まず、現在、畜産・酪農で使われる家畜の餌、つまり飼料は、ほとんどが輸入です。有事で輸入が途絶えたら、食料自給率39%に含まれる国産の肉・玉子・牛乳・乳製品は、ほとんど生産されなくなります。
次に、コメなどの国産の農産物ですが、これらは、田植え機・トラクター・コンバインなどの大型農業機械がなければ、作れません。機械を製造するのにも、その機械を動かすのにも、輸入されるエネルギー資源が必要です。たとえばコメの場合、できるコメのカロリーよりも、そのコメを作るために使われる機械・燃料などに投入するエネルギー資源のカロリーのほうが大きいぐらいです。
化学肥料や農薬を作るのにも、輸入エネルギー資源が必要です。もちろん、石油資源は100%輸入です。石炭は、採掘をやめてから時代がたっているので、炭坑が傷んでいて、今それらに入るのは危険すぎて、生産することができません。
「有機肥料ならば、国産でまかなえるのでは?」と思うかもしれませんが、家畜の糞尿によって作られる厩肥は、家畜の餌の飼料が輸入なので、有事でその輸入が途絶えたら、生産されなくなります。植物性の肥料として使われる油かすの原料も、現在では、ほとんどが輸入物です。
そのほか、マルチやパイプハウスで使うビニールやポリエチレンなどの農業資材も、輸入資源がなければできません。
さらに、種苗会社が提供する、作物の種の多くは、国外で栽培されています。

以上のことから言えるのは、日本の食料は、もし輸入が途絶えた場合には、まったくと言っていいほど、生産できなくなる、ということです。そうなったら、家族ごと安全な国に移住できる、ごく一部の人たち以外は、どんなにじたばたしても、飢え死にするほかありません。

アメリカで生産される小麦を日本に売り込むことは、農業生産国アメリカの都合で、敗戦後、さかんに行なわれてきました。これには、日本人の食事のスタイルをアメリカ化する、という戦略も含まれていました。
現在、小麦の国別輸入量のトップは、もちろん、アメリカからのものです。日本人の食生活になくてはならない豆腐・納豆・みそ・しょう油の原料である大豆も、圧倒的にアメリカから来ています。国産は5%ほどしかありません。トウモロコシ(飼料用を含めて)も、圧倒的にアメリカです。牛肉も、2001年までは、アメリカがトップでした。今は、BSEの影響で、オーストラリアがトップになっていますが、アメリカは、強引に巻き返しを図っています。オレンジも、アメリカからのものが圧倒的に多いです。
人間は、食べ物がなくては、生きていけません。先ほどから「有事で輸入が途絶えたら…」などと言ってきましたが、アメリカからの食料輸入の多さから言えるのは、日本の国民の生殺与奪の権をにぎっているのは、じつはアメリカだ、ということです。
食料安全保障の観点から、日本の食料自給率を上げるべきだ、という議論は古くからあるのですが、実際には、日本の食料自給率は下がり続けています。これは、最大の輸入相手国であるアメリカの意向を立てて、そのような政策が取られてきたからです。アメリカからの輸入食品には、BSEの牛肉や、かんきつ類に使われる防かび剤や、遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシなど、危険なものが多くあります。しかし、アメリカに輸入しろと言われると、日本は拒否することができません。
危険な食品の輸入を禁止したり、国内の農業を保護するために、輸入農産物に関税をかけたりするのは、自立した独立国としては、当然の権利なのですが、日本の政府は、それをアメリカに対して主張することができません。

関岡英之さんは、その著書『拒否できない日本』(文春新書)で、アメリカが毎年12月に発表する「年次改革要望書」(日本語訳を在日米国大使館のホームページで読むことができます)を通して、日本に対して、アメリカの経済活動が有利に(日本にとっては不利に)展開できるように、内政干渉していることを告発しています。「農産物をもっと輸入しろ」という言いがかりも、この内政干渉の一環です。日本政府は、これらの内政干渉に対して、ほとんど、アメリカの言いなりになってきました。
日本は、憲法の縛りがあるので、イギリスのように、アメリカと一緒に戦場で戦闘を繰り広げることはしませんでしたが(支援活動はしました)、アメリカの国債を大量に買い支えることによって、経済的にアメリカの政策を支持しています。アメリカの国債は、近い将来、不良債権化することが懸念されていますし、アメリカの横暴さについていけなくなってきている国が多い中で、日本が示しているこの、アメリカに対する従順さは、際立っています。これは、たとえて言えば、不良グループのリーダーが、運動神経の鈍いメンバーを集団暴力行為に参加させないで、その代り、親の財布からお金をちょろまかさせて、貢がせているようなものなのではないでしょうか。
さて、このような、日本のアメリカに対する際立った従順さは、単にアメリカが怖いから、というだけでは説明がつかない性質を持っています。そのあたりの事情を解明してくれると思われるのが、今回紹介する、岸田秀さんの『歴史を精神分析する』(中公文庫)という本です。

「歴史を精神分析する」という書名について説明します。
辞書的な説明をすると、精神分析というのは、ジークムント・フロイトによってはじめられた、個人の心理の構造を分析して神経症を治療をする方法で、本人が意識から抑圧して、無意識に隠し込んだ過去の葛藤を、再び意識化することで、神経症の症状が治せる、というものです。
この考え方は、個人だけでなく、集団に関しても適用することができる、と言われています。集団が過去に体験した葛藤が、集団の意識から抑圧されて、無意識に隠し込まれる。それによって、集団が神経症的症状を呈する。この無意識を意識化することによって、集団の神経症は治る、というのです。岸田さんは、この精神分析の方法を使って、国や民族の歴史現象を解明していきます。

日本のアメリカに対する心理構造を、岸田さんの表現を借りて一言で言えば、「面従腹背」です。隠し込まれた葛藤は、ペリーによってなされた、強制的な開国です。『歴史を精神分析する』から、引用しましょう。

 ペリー来航当時の欧米諸国は、はっきり言って、暴力団そのものであった。日本は暴力団の脅迫に屈し、戦わずして(長州藩、薩摩藩などの散発的抵抗は別として)降伏し、欧米の植民地になったのである。いわば暴力団の大親分に仕える子分になったのである。この屈辱的事実の隠蔽が近代日本の錯誤のはじまりであった。

軍事的に圧倒的に強いアメリカに対して、もし開国を拒めば、日本は、アメリカ先住民のように、徹底的に痛めつけられていたかもしれません。そうならなかったのは、ある意味では、幸運だったのかもしれません。日本が取った選択は、積極的にアメリカを歓迎して、みずから欧米化していく、という方針でした。今でもある、外国人の評価を気にしたり、外国語がしゃべれると尊敬されたり、コマーシャルに白人のモデルがよく出たりすることなどに、この心理構造が表れていることを、岸田さんは、指摘しています。
卑屈なまでのアメリカ崇拝の裏で、アメリカに負けた、アメリカの属国になった、という事実が、無意識の中に隠し込まれます。そしてそれが、ときに、病的に暴発することがあるのです。典型的な事件は、真珠湾攻撃ですし、敗戦後のエコノミックアニマルぶりも、経済力でアメリカを見返してやれ、という反撃の心理が表れています。
岸田さんの考え方によれば、日本がアメリカに対して感じる理不尽さ、そして、表面的な従順さと矛盾する、爆発的な反撃の衝動の根源を探っていくと、ペリーによって強制的に開国させられた事実にたどりつく、ということになります。この「病」を治療するには、無意識の中に隠し込まれた事実を意識化する、つまり、「日本は、アメリカという暴力団の大親分に仕える子分なのだ」ということを認めなくてはなりません。第三者の立場からすれば、これは事実なのですから。
この意識化ができないから、いつまでたってもアメリカ崇拝の幻想から自由になれないのですし、「独立国」日本に対して、信じられないような内政干渉をしてくると、憤慨し続けなくてはならなくなるのです。親分が子分を搾取するのは、当たり前のことなのです!
ここは大事なところなので、注意して聞いてほしいのですが、日本は、自立した独立国ではありません。アメリカの属国です。まず、事実を認めるところからはじめないと、問題解決の望ましい方法を思い浮かべることがむずかしくなります。わたしは、アメリカに勝とうとするのは、無駄だと思います。日本としては、アメリカに幻想を抱くことなく、しかも、アメリカといたずらに対決することもなく、賢明に生き延びる方法を考えたほうがいいと思います。「争わなければ、負けることはない」と言ったのは、誰でしたっけ?

ソ連解体後、一人勝ちで、すき勝手にやりたい放題しているように思えるアメリカですが、こんな大量生産・大量消費で、ねずみ講みたいに、世界を開発(かつ上げ)し続けなければやっていけないような国が、いつまでもやっていけるわけがないのです。完全に持続不可能です。
施肥+潅水で多収穫品種を作ってきたアメリカの農業ですが、オガララ滞水層の地下水位の低下を考えれば、いつまでそんな農業が続けられるか、分かったものではありません。石油資源の枯渇も、他国より早いと思われます。トウモロコシから燃料を作り出しはじめたなんて、ポーズではないようですし、もう末期症状なのではないでしょうか。わがままなやつが追い詰められると、何をしでかすか分かりませんから、周辺国としては、慎重な上にも慎重な対応が求められます。

なぜアメリカという国は、あのように凶暴なのか、ということについては、岸田秀さんの『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)という本に、きれいにまとめた文があるので、ご紹介します。岸田さんは、「黒人に白子が発生して、その白子同士で交配して、白人種が成立した」とする、高野信夫さんの説を採用しています。

 要するに、アメリカ合衆国は、エジプト帝国で差別されたユダヤ人がエジプトから逃亡して、パレスティナに渡り、その先住民を追っ払って国をつくったが、そこでさらにあれこれの異民族に、ついでローマ人に差別され、その上、ユダヤ人を差別するローマ人に迎合する支配層のユダヤ人にもさらに差別された下層のユダヤ人がキリスト教を信じるようになり、そのキリスト教がローマ帝国の下層民に普及し、その結果、ローマ帝国の国教となったキリスト教が、ずうっと昔、アフリカの黒人に差別されて北の寒冷地に追っ払われていたヨーロッパ人に押しつけられて普及し、キリスト教徒となったヨーロッパ人のなかでさらに差別されたキリスト教の一派のピューリタンがヨーロッパから逃亡してアメリカ大陸に渡り、その先住民を追っ払って建国した国である。
 いささかややこしいので、簡単に言うと、アメリカ人は、黒人に差別された白人のなかでさらに奴隷にされて差別されたユダヤ人に差別されたキリスト教徒に差別されたピューリタンに端を発するわけで、つまり、四重の被差別のどんづまりの民族なのである。このような歴史的背景が、その抜群の軍事力で気に入らない他民族に攻撃し虐殺し、現代世界を支配しようとしているアメリカという国の思想と行動を説明するのではないかと、わたしは考えている。先住民族虐殺は四重の被差別に対する最初の報復であった。そうとでも考えなければ、先住民に対するあのような残忍さは説明がつかない。

民族の記憶は、どれほど世代を隔てても、消えることがありません。そして、差別された民族が、その恨みを、より弱い民族を見つけては、それに向けて晴らしています。「怨は怨にて息むべきやう無し。無怨にて息む。(荻原雲來訳『法句經』)」そのまんまです。どこかで、恨みの連鎖を断ち切らなくてはいけません。そのためにも、まず、事実を事実としてきちんと認識するリアリズムが求められるのだと思います。

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