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岸田秀『歴史を精神分析する』(中公文庫)

日本の食料自給率が39%だと聞いて、「でも、主食のコメは、ほぼ自給できているんでしょ? 有事で輸入が途絶えても、一汁一菜でつつましく食べてれば、何とかなるんじゃない?」と思っている人がいるかもしれませんが、その認識は甘すぎます。
まず、現在、畜産・酪農で使われる家畜の餌、つまり飼料は、ほとんどが輸入です。有事で輸入が途絶えたら、食料自給率39%に含まれる国産の肉・玉子・牛乳・乳製品は、ほとんど生産されなくなります。
次に、コメなどの国産の農産物ですが、これらは、田植え機・トラクター・コンバインなどの大型農業機械がなければ、作れません。機械を製造するのにも、その機械を動かすのにも、輸入されるエネルギー資源が必要です。たとえばコメの場合、できるコメのカロリーよりも、そのコメを作るために使われる機械・燃料などに投入するエネルギー資源のカロリーのほうが大きいぐらいです。
化学肥料や農薬を作るのにも、輸入エネルギー資源が必要です。もちろん、石油資源は100%輸入です。石炭は、採掘をやめてから時代がたっているので、炭坑が傷んでいて、今それらに入るのは危険すぎて、生産することができません。
「有機肥料ならば、国産でまかなえるのでは?」と思うかもしれませんが、家畜の糞尿によって作られる厩肥は、家畜の餌の飼料が輸入なので、有事でその輸入が途絶えたら、生産されなくなります。植物性の肥料として使われる油かすの原料も、現在では、ほとんどが輸入物です。
そのほか、マルチやパイプハウスで使うビニールやポリエチレンなどの農業資材も、輸入資源がなければできません。
さらに、種苗会社が提供する、作物の種の多くは、国外で栽培されています。

以上のことから言えるのは、日本の食料は、もし輸入が途絶えた場合には、まったくと言っていいほど、生産できなくなる、ということです。そうなったら、家族ごと安全な国に移住できる、ごく一部の人たち以外は、どんなにじたばたしても、飢え死にするほかありません。

アメリカで生産される小麦を日本に売り込むことは、農業生産国アメリカの都合で、敗戦後、さかんに行なわれてきました。これには、日本人の食事のスタイルをアメリカ化する、という戦略も含まれていました。
現在、小麦の国別輸入量のトップは、もちろん、アメリカからのものです。日本人の食生活になくてはならない豆腐・納豆・みそ・しょう油の原料である大豆も、圧倒的にアメリカから来ています。国産は5%ほどしかありません。トウモロコシ(飼料用を含めて)も、圧倒的にアメリカです。牛肉も、2001年までは、アメリカがトップでした。今は、BSEの影響で、オーストラリアがトップになっていますが、アメリカは、強引に巻き返しを図っています。オレンジも、アメリカからのものが圧倒的に多いです。
人間は、食べ物がなくては、生きていけません。先ほどから「有事で輸入が途絶えたら…」などと言ってきましたが、アメリカからの食料輸入の多さから言えるのは、日本の国民の生殺与奪の権をにぎっているのは、じつはアメリカだ、ということです。
食料安全保障の観点から、日本の食料自給率を上げるべきだ、という議論は古くからあるのですが、実際には、日本の食料自給率は下がり続けています。これは、最大の輸入相手国であるアメリカの意向を立てて、そのような政策が取られてきたからです。アメリカからの輸入食品には、BSEの牛肉や、かんきつ類に使われる防かび剤や、遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシなど、危険なものが多くあります。しかし、アメリカに輸入しろと言われると、日本は拒否することができません。
危険な食品の輸入を禁止したり、国内の農業を保護するために、輸入農産物に関税をかけたりするのは、自立した独立国としては、当然の権利なのですが、日本の政府は、それをアメリカに対して主張することができません。

関岡英之さんは、その著書『拒否できない日本』(文春新書)で、アメリカが毎年12月に発表する「年次改革要望書」(日本語訳を在日米国大使館のホームページで読むことができます)を通して、日本に対して、アメリカの経済活動が有利に(日本にとっては不利に)展開できるように、内政干渉していることを告発しています。「農産物をもっと輸入しろ」という言いがかりも、この内政干渉の一環です。日本政府は、これらの内政干渉に対して、ほとんど、アメリカの言いなりになってきました。
日本は、憲法の縛りがあるので、イギリスのように、アメリカと一緒に戦場で戦闘を繰り広げることはしませんでしたが(支援活動はしました)、アメリカの国債を大量に買い支えることによって、経済的にアメリカの政策を支持しています。アメリカの国債は、近い将来、不良債権化することが懸念されていますし、アメリカの横暴さについていけなくなってきている国が多い中で、日本が示しているこの、アメリカに対する従順さは、際立っています。これは、たとえて言えば、不良グループのリーダーが、運動神経の鈍いメンバーを集団暴力行為に参加させないで、その代り、親の財布からお金をちょろまかさせて、貢がせているようなものなのではないでしょうか。
さて、このような、日本のアメリカに対する際立った従順さは、単にアメリカが怖いから、というだけでは説明がつかない性質を持っています。そのあたりの事情を解明してくれると思われるのが、今回紹介する、岸田秀さんの『歴史を精神分析する』(中公文庫)という本です。

「歴史を精神分析する」という書名について説明します。
辞書的な説明をすると、精神分析というのは、ジークムント・フロイトによってはじめられた、個人の心理の構造を分析して神経症を治療をする方法で、本人が意識から抑圧して、無意識に隠し込んだ過去の葛藤を、再び意識化することで、神経症の症状が治せる、というものです。
この考え方は、個人だけでなく、集団に関しても適用することができる、と言われています。集団が過去に体験した葛藤が、集団の意識から抑圧されて、無意識に隠し込まれる。それによって、集団が神経症的症状を呈する。この無意識を意識化することによって、集団の神経症は治る、というのです。岸田さんは、この精神分析の方法を使って、国や民族の歴史現象を解明していきます。

日本のアメリカに対する心理構造を、岸田さんの表現を借りて一言で言えば、「面従腹背」です。隠し込まれた葛藤は、ペリーによってなされた、強制的な開国です。『歴史を精神分析する』から、引用しましょう。

 ペリー来航当時の欧米諸国は、はっきり言って、暴力団そのものであった。日本は暴力団の脅迫に屈し、戦わずして(長州藩、薩摩藩などの散発的抵抗は別として)降伏し、欧米の植民地になったのである。いわば暴力団の大親分に仕える子分になったのである。この屈辱的事実の隠蔽が近代日本の錯誤のはじまりであった。

軍事的に圧倒的に強いアメリカに対して、もし開国を拒めば、日本は、アメリカ先住民のように、徹底的に痛めつけられていたかもしれません。そうならなかったのは、ある意味では、幸運だったのかもしれません。日本が取った選択は、積極的にアメリカを歓迎して、みずから欧米化していく、という方針でした。今でもある、外国人の評価を気にしたり、外国語がしゃべれると尊敬されたり、コマーシャルに白人のモデルがよく出たりすることなどに、この心理構造が表れていることを、岸田さんは、指摘しています。
卑屈なまでのアメリカ崇拝の裏で、アメリカに負けた、アメリカの属国になった、という事実が、無意識の中に隠し込まれます。そしてそれが、ときに、病的に暴発することがあるのです。典型的な事件は、真珠湾攻撃ですし、敗戦後のエコノミックアニマルぶりも、経済力でアメリカを見返してやれ、という反撃の心理が表れています。
岸田さんの考え方によれば、日本がアメリカに対して感じる理不尽さ、そして、表面的な従順さと矛盾する、爆発的な反撃の衝動の根源を探っていくと、ペリーによって強制的に開国させられた事実にたどりつく、ということになります。この「病」を治療するには、無意識の中に隠し込まれた事実を意識化する、つまり、「日本は、アメリカという暴力団の大親分に仕える子分なのだ」ということを認めなくてはなりません。第三者の立場からすれば、これは事実なのですから。
この意識化ができないから、いつまでたってもアメリカ崇拝の幻想から自由になれないのですし、「独立国」日本に対して、信じられないような内政干渉をしてくると、憤慨し続けなくてはならなくなるのです。親分が子分を搾取するのは、当たり前のことなのです!
ここは大事なところなので、注意して聞いてほしいのですが、日本は、自立した独立国ではありません。アメリカの属国です。まず、事実を認めるところからはじめないと、問題解決の望ましい方法を思い浮かべることがむずかしくなります。わたしは、アメリカに勝とうとするのは、無駄だと思います。日本としては、アメリカに幻想を抱くことなく、しかも、アメリカといたずらに対決することもなく、賢明に生き延びる方法を考えたほうがいいと思います。「争わなければ、負けることはない」と言ったのは、誰でしたっけ?

ソ連解体後、一人勝ちで、すき勝手にやりたい放題しているように思えるアメリカですが、こんな大量生産・大量消費で、ねずみ講みたいに、世界を開発(かつ上げ)し続けなければやっていけないような国が、いつまでもやっていけるわけがないのです。完全に持続不可能です。
施肥+潅水で多収穫品種を作ってきたアメリカの農業ですが、オガララ滞水層の地下水位の低下を考えれば、いつまでそんな農業が続けられるか、分かったものではありません。石油資源の枯渇も、他国より早いと思われます。トウモロコシから燃料を作り出しはじめたなんて、ポーズではないようですし、もう末期症状なのではないでしょうか。わがままなやつが追い詰められると、何をしでかすか分かりませんから、周辺国としては、慎重な上にも慎重な対応が求められます。

なぜアメリカという国は、あのように凶暴なのか、ということについては、岸田秀さんの『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)という本に、きれいにまとめた文があるので、ご紹介します。岸田さんは、「黒人に白子が発生して、その白子同士で交配して、白人種が成立した」とする、高野信夫さんの説を採用しています。

 要するに、アメリカ合衆国は、エジプト帝国で差別されたユダヤ人がエジプトから逃亡して、パレスティナに渡り、その先住民を追っ払って国をつくったが、そこでさらにあれこれの異民族に、ついでローマ人に差別され、その上、ユダヤ人を差別するローマ人に迎合する支配層のユダヤ人にもさらに差別された下層のユダヤ人がキリスト教を信じるようになり、そのキリスト教がローマ帝国の下層民に普及し、その結果、ローマ帝国の国教となったキリスト教が、ずうっと昔、アフリカの黒人に差別されて北の寒冷地に追っ払われていたヨーロッパ人に押しつけられて普及し、キリスト教徒となったヨーロッパ人のなかでさらに差別されたキリスト教の一派のピューリタンがヨーロッパから逃亡してアメリカ大陸に渡り、その先住民を追っ払って建国した国である。
 いささかややこしいので、簡単に言うと、アメリカ人は、黒人に差別された白人のなかでさらに奴隷にされて差別されたユダヤ人に差別されたキリスト教徒に差別されたピューリタンに端を発するわけで、つまり、四重の被差別のどんづまりの民族なのである。このような歴史的背景が、その抜群の軍事力で気に入らない他民族に攻撃し虐殺し、現代世界を支配しようとしているアメリカという国の思想と行動を説明するのではないかと、わたしは考えている。先住民族虐殺は四重の被差別に対する最初の報復であった。そうとでも考えなければ、先住民に対するあのような残忍さは説明がつかない。

民族の記憶は、どれほど世代を隔てても、消えることがありません。そして、差別された民族が、その恨みを、より弱い民族を見つけては、それに向けて晴らしています。「怨は怨にて息むべきやう無し。無怨にて息む。(荻原雲來訳『法句經』)」そのまんまです。どこかで、恨みの連鎖を断ち切らなくてはいけません。そのためにも、まず、事実を事実としてきちんと認識するリアリズムが求められるのだと思います。

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コメント

今回はまた長尺の記事ですね。
前半の日本の食料自給の部分については、大体納得いたします。
 家族ごと海外へ移住出来るごく一部のもの以外には餓死するという社会構造は、早急に改革するように努力すべきですが、社会はその方向には進んでいません。政府が愚か過ぎます。

 日本とアメリカの関係あたりまでは大筋で納得いたしますが、その後の本題の部分と言うか岸田秀『歴史を精神分析する』に対する内容には同意しかねます。

黒人の中の突然変異の白子が白人だと言う事も、かなり疑わしい事ですが、まあ面白い説です。
アメリカ人がずっと差別された民族のなかでもさらに差別された民族、
>四重の被差別のどんづまりの民族
と言う歴史も興味深いものですが、それをアメリカの蛮行の原因にするのは無理があるのではないでしょうか。確かに
>先住民に対するあのような残忍さは
>ピューリタンがヨーロッパから逃亡してアメリカ大陸に渡った

事には直接関係があるでしょうが、そのずっと以前の歴史まで遡って因果関係を求めるのは、
「風が吹くと桶屋が儲かる」的な論理になるのではないでしょうか?
そこまで考える事は、運命論を論じるみたいなものでしょう。


>民族の記憶は、どれほど世代を隔てても、消えることがありません。

 とのことですが、基本的に人は前の世代の記憶はありません。自分が体験しなかった遠い先祖の記憶が全てDNAに刻まれるものでしょうか?若しそうだとしても、それがトラウマになるなんて詭弁ではないでしょうか?。似非科学の部類に感じます。

 もしそんな事も本当だと仮定した場合、最後の結論

>どこかで、恨みの連鎖を断ち切らなくてはいけません。そのためにも、まず、事実を事実としてきちんと認識するリアリズムが求められるのだと思います。

は、軽すぎます。民族に代々記憶として残ってきた恨みがそんな事実認識で直るような事でしょうか?
 フロイトの精神分析学も現在はとんでも科学の部類に分類されるようですが、私も夢の分析などは、フロイト自身のゆがんだ精神構造から来ていると感じます。しかし

>本人が意識から抑圧して、無意識に隠し込んだ過去の葛藤を、再び意識化することで、神経症の症状が治せる

と言う部分はある程度同意します。でもそれを民族全体まで広げて有史以前まで遡って、意識化する事が解決策だとは考えにくいと思います。

岸田秀『歴史を精神分析する』は、全く知りませんが、
 上の記事を読んだ限りでは、
同意出来ません。たとえその因果関係を面白く読めても、「色んな考えをする人がいるもんだ」くらいで終わりではないでしょうか?
。一つの見方としては興味深い内容で面白く読めました。
 

 

投稿: 雑草Z | 2007年12月 1日 16時27分

雑草Zさん

率直なコメントを、ありがとうございます。

日本も国内に、キューバがやったような、輸入資源に頼らない自給的社会システムをつくり出せばいいのですが、日本はそれをしないのです。
わたしが言っているような、「食料という人質をアメリカに取られている」ということは、ちょっと考えれば誰でも分かることです。政府(官僚を含む)は、頭が悪いのではなくて(明らかに頭の悪そうな人も、なかにはいますが…)、知っていてやっているのです。愚かなのは、そういう政治体制を支持してきた、わたしたち国民だと思います。

民族の記憶は、世代を超えて、遠い時代まで引き継がれていく、というのは、わたしは、「ある」と思います。それは、DNAに刻まれるとかいうのではなくて、「文化」として継承されていくのだと思います。
岸田さんが、被差別の連鎖で関連付けた民族を見てください。エジプトの奴隷だったユダヤ人と、キリスト教を信じたイタリアの下層民は、人種としてはつながりが切れています。また、そのキリスト教を押し付けられた北方の白人種とも、人種としてのつながりはありません。つまり、民族の記憶は、ユダヤ教・キリスト教という「文化」によって、人種の断絶を超えて、伝えられているのです。

民族の記憶が、DNAに刻まれているならば、そう簡単に消し去ることはできませんが、それが「文化」として継承されているとすれば、そして、神経症的な現象の原因が、無意識に隠し込まれた過去の葛藤であるとすれば、それを意識化することで、諸問題を解決するということは、ありうる話だろうと、わたしは思います。

無意識に隠し込まれた過去の葛藤を探し出すのには、テクニックがいりますが、うまく神経症が解消したケースの原因と結果を照合してみると、なるほどと思わせるものが多くて、わたしは、この精神分析の手法は、利用価値が高いと感じています。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 1日 18時16分

>日本も国内に、キューバがやったような、輸入資源に頼らない自給的社会システムをつくり出せばいい
と言うのは私も大賛成です。かつて同じような内容の記事を書きました。

http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-category-8.html

それを踏まえて、愚かな政府の政策と言うのは無知と言う意味ばかりではなく、知っていてやっていることを含めての愚かと言う意味ですから、大筋で田中さんと同じ意見だと思います。

××××××××

「文化」としての継承は、例えば中国や韓国が、日本にされた仕打ちが継承されていますが、それは100年以内、2,3世代間での事です。だから、中国や韓国、朝鮮は日本人を恨んでるかもしれませんが、例えば中国が少数民族に過酷な理由や北朝鮮が反政府主義者に残酷な理由にはならないでしょう。ちょっと影響されている部分はあるか?くらいでしょう。
 
DNAに刻まれないで虐げられた記憶が文化として伝承された場合、それはその虐げた国へ対する恨みであって、トラウマではない筈です。虐げられたから、もっと弱いものいじめするという文化が伝承されると言うのは、かなりの無理があります。その人種や個人、民族が持っている元々か後天的な残忍性を過去の虐待された事に持ってくる必然性がありません。それなら、欧米人にしいたげられた先住民族は、それゆえに弱いものに対する残忍性を身に着けたと言うことになりましょうか?

 世代を遡っての恨みは文化にあるかもしれませんが、文化を遡っての集団トラウマによって弱いものいじめするというのは、かなりの無理があります。若しそうなら、最初に弱いものいじめした強い民族が弱いものいじめした理由はなんでしょう?

また、白人が持っている他の人種に対する優越感は、劣等感の裏返しと言うものではないと思います。

>それを意識化することで、諸問題を解決するということは、ありうる話

 だとして、民族間の対立や虐待がそんな意識化で解決するくらいな問題はないでしょう。

 集団真理と言うものは存在して、全体の意識があるように振舞うのは私も認めるところですが、それを主に先祖が迫害されたトラウマを中心に考える事には賛成できません。

  
 

投稿: 雑草Z | 2007年12月 1日 19時44分

欧米人に傷めつけられた民族のすべてが、残虐性を身につけるわけでない理由は、すでにほとんど滅ぼされているか、生き残っていても、その傷めつけられた記憶を、無意識に隠しこまないからです。欧米人(現代に限って言えば、圧倒的にアメリカ)は、自分たちがしていることを正当化して、罪悪感を無意識に隠しこんでしまうので、いくらでもそれを繰り返せるのです。というか、強迫的に繰り返さざるを得ないのです。そして、この、「残虐行為を正当化する」ということは、キリスト教文化のお家芸なのです。

攻撃対象が転移する現象は、いくらでも例があげられますが、なんで雑草Zさんがこれを認めないのか、わたしには???です。要するに、「特定の民族にいじめられた」という記憶が伝わるのではなくて、「正当」な理由(異教徒である、とか)があれば、どんな残虐なことをしてもかまわない、という心性が伝えられているのです。しかも、無意識のレベルで伝わるので、意識による規制をすり抜けて、世代を超えて持続しやすいのです。

宗教について語るのは、一種のタブーになっていて、なかなか議論が深められる機会がないのですが、戦争をやりたがる集団心理の根底には、宗教文化によって補償され、伝えられる無意識の影響が大きく、この部分をきちんと解明することは、暴力の根本的解消につながる、重要な仕事になると思われます。アメリカによって滅ぼされることもなく、キリスト教化もまぬがれた、奇跡的な日本人ですから、まず、自民族の神経症を癒すことができれば、さらにアメリカの神経症も癒すこともできるようになるかもしれません。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 1日 22時17分

 人間は、虐待されたり、逆境に追い詰められたりしたときに、その境遇から抜け出そうとするのは共通の対処でしょうが、そのときの他者に対する心理は2種類でしょう。
一つは、自分が支配者になり、虐待されるほうではなく、虐待するほうになる・・
そしてもう一つは、そんな虐待されている境遇にある他の苦しんでいる人々を救おうとする・・
 宗教は、後者のように出来ているでしょう。深層心理的に前者の部分もあるかも知れませんが、その部分を聖書に全面的には見出せないでしょう。まあ、そう解釈出来なくもない部分も沢山あるでしょうし、そういう聖書研究も面白いでしょうが、それを蛮行の主たる原因に持ってくるのは無理があると言う事です。

>自分たちがしていることを正当化して、罪悪感を無意識に隠しこんでしまうので、いくらでもそれを繰り返せるのです。

 と言う部分は欧米人に限らずあると思いますし、それをキリスト教に見出せると言う部分も納得いたします。でもそれはあくまで彼らの凶暴性であって、その原因には色々な要因があるでしょう。それを一面的に、かつて遠い先祖が差別されて虐待されたトラウマに持ってくる必然性はありません。あくまで面白い考察のひとつでしょう。

>「正当」な理由(異教徒である、とか)があれば、どんな残虐なことをしてもかまわない、という心性

の存在も否定しませんが、その根本が、過去のご先祖様の虐待された記憶と言うのは、証明されるものではありません。フロイトのなんでも性欲に帰して考える説と似たものでしょう。

 現在の凶暴な犯罪の全てを、その犯罪者の小さい頃のドメスティックバイオレンス被害に帰しているようなものです。
その場合でも、その人間の遠い先祖が受けた虐待に原因を押し付けることはありません。
それをその人が信じて認識したからと言ってその人の蛮行が止むとも思えません。

 そういう一面があるかも知れないというレベルの話です。セラピスト(としての日本人?)が、アメリカ人にそれを意識化させれば(アメリカ人の多くは一笑にふすでしょうが)蛮行が止むと言うのは、精神分析学の過剰解釈でしょう。

>攻撃対象が転移する現象は、いくらでも例があげられます

はその通りだと思いますが、
岸田某の説のように、それを全て過去に虐待された記憶に結びつけるのは、一面的な見方です。完全否定はしませんが、一つの要因かも知れないという説の範疇でしょう。

 集団心理というものは面白いものだし、統計的に扱える部分も沢山あると思います。そこに精神分析学を取り入れるのも興味深い面白い作業だとは思いました。

投稿: 雑草Z | 2007年12月 2日 15時00分

無意識の影響の大きさを理解できるかどうかで、精神分析も、評価が分かれるのだと思います。理知的な人ほど、自分自身に意識できない心理領域は少ない、と思いたがるのだと思います。文化現象を考えるときも、意識される要素だけを取り扱おうとするわけです。
本人に意識されないのが無意識ですから、「これがあなたの無意識です」と言われても、「そんなはずはない」と否定するわけです、ふつうは。フロイトは、精神分析に、しばしば性的な要素を用いますが、意識のレベルで、「自分は性的な要素に振り回されていない」と信じている人には、フロイトが説明する無意識を信じたがりません。
それに、精神分析は、心の中のことを扱うので、「証拠は?」と聞かれても、写真や録音があるわけではありません。それを推測した手続きを納得してもらうしか、方法はありません。

神経症というのは、本人や周囲の人たちが、それで何も困っていなければ、どんなに重症でもかまわないのでしょう。しかし、困っているのであれば、治療したいと思うのは、人情です。わたしは、日本がわずらっている神経症も、アメリカがわずらっている神経症も、治るものなら治したいと、強く思っています。
治療対象が個人の場合は、無意識を意識化することによって、神経症が治癒することは、実際にあるので、精神分析は有効だと考える人は、たくさんいます。ところが、治療対象を民族や国家にした場合、治療行為が浸透していくことを確認するのがむずかしいので、効果がないように誤解されるのだと思います。
岸田秀さんの文章も、文化現象の分析はするのですが、じゃあ、どうすればいいのか、とうことが示されていないことが多いです。しかし、岸田さんの文を読んだ人は、自分たちの無意識に振り回される度合いがへるでしょうし、他人(他国)の神経症にも、賢く対応できるでしょうから、それだけでも、「効果」はあると言えると思います。

西欧諸国は、軍隊と宣教師がセットになって、アフリカ・アジア・南北アメリカを侵略しました。現代においては、アメリカが、桁違いに激しく、戦争をやり続けています。イラクとの戦争をはじめたときに、ブッシュ大統領は、「クルセード(十字軍)だ!」と発言しました。アメリカ国家は、人種構成的に不安定なぶん、よけいに強く、宗教に拠り所を求めるのでしょう。無意識に訴える政治が行なわれるゆえんですし、またそのような政治によって、無意識が強化されてもいくのです。

わたしは、精神分析の手法は、苦しい心を持って生きるわたしたちに、問題解決の道筋を教えてくれる、優れた知恵の一つだと思っています。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 2日 17時42分

 一国の指導者が持っている深層心理のトラウマが攻撃性の原因になったり、民族全体が集団ヒステリー状態になるなどと言う事はナチスの例を出すまでもなく十分に考えられます。
 しかし、岸田秀氏の見解と思われる、その民族のずっと先代の過去の虐待された事を主因と考える事はおかしいと述べたまでですから、その事に触れていない今回のコメントに大筋で特に反論はありません。
 精神分析学の無効性を主張しているわけではありませんから。

 ただ、フロイトの夢分析は読んだ事がありますか?あれは、結構狂っています。確かに性衝動が多くの人間の行動の動機にはなるでしょうが、夢に現れた先の尖ったものとか長いものは全て男性器だとか、非常に断言的ですが、それは可能性の内です。そんな単純な解釈で断言するのは、霊感商法の類でしょう。
それこそフロイトのコンプレックスの賜物でしょう。

他にもっと優秀な精神分析論は沢山ある筈です。

 それと同様に、岸田秀氏の深層心理、無意識の自覚と言う部分には反対しませんが、今のアメリカの蛮行の原因を

>四重の被差別のどんづまりの民族

と言うところに持っていって断言する部分に賛成出来ないと述べているまでです。

 これまで何度も述べたように、それが一つの要因だとする説、としては面白いですが、それを主な原因だと断言しているとところが戴けません。
 

投稿: 雑草Z | 2007年12月 2日 19時01分

わたし、何度も、雑草Zさんのコメントの結論部分に触れないで、話を進めていますね。すみませんでした。無視していたわけではありません。会って話していたら、「うんうん」とうなずいていたでしょう。精神分析や岸田秀さんの説を擁護したいという気持ちが強く働いたために、配慮が足りなくなっていました。

精神分析は、ものすごくトリッキーなところがありまして、「そんなことはない」と反論すると、「無意識だから分からないだけだ」と言い返されてしまう。どんな無意識をでっちあげられるか分からない怖さがあります。その意味では、宗教に似ています。
ですので、わたしは、「有用性」で評価することにしています。自分の心理構造を説明されて、それによって「しばり」がとけて、言動の自由が得られるならば、「よし」とします。本当かどうかなんて、どうせ証明できないのですから。

わたしが引用した、エジプトの奴隷のユダヤ人からたどって、今のアメリカ人へ至る被差別の連鎖の説明は、『歴史を精神分析する』で展開されている分析の、まとめの部分なので、確かに、あれだけを読むと、説得力がないかもしれません。
わたしは、岸田さんの本を、『一神教vs多神教』(新書館)→『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)→『歴史を精神分析する』(中公文庫)と読んできたので、あのまとめの部分を読むと、ユダヤ教・キリスト教が人びとの心を支配し続けてきた歴史がドーッと目に浮かんできて、溜め息が出ます。

ところで、雑草Zさんのコメントで

> また、白人が持っている他の人種に対する優越感は、劣等感の裏返しと言うものではないと思います。

というのがありましたが、これの元は、わたしが言いましたっけ?
白人が持っている他の人種に対する優越感は、神を信じていることに裏打ちされていると思います。白人は、神を白人としてイメージしていると思います。
ただ実際の歴史では、白人が差別されていた状況が前提にあって、そこに被差別者の宗教という性格を持ったキリスト教が浸透してきた、という順序らしいので、劣等感が先にあって、それが、神を信じることによって、優越感に変わっていった、というのが実状のようです。嘘か本当か分かりませんけど。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 2日 21時11分

>会って話していたら、「うんうん」とうなずいていたでしょう。

ほんと、そうかも知れませんね。
私は、フロイト個人を批判しましたが、田中さんは精神分析学を擁護したと言う・・・論点の食い違いがあったようです。これが、ネットコミュニケーションの難しい部分かも知れません。その証拠に

>精神分析は、ものすごくトリッキーなところがありまして、

の部分には全面賛成ですし、

>「有用性」で評価することにしています。自分の心理構造を説明されて、それによって「しばり」がとけて、言動の自由が得られるならば、「よし」とします。本当かどうかなんて、どうせ証明できないのですから。

の部分に関しては、なるほどいい方法であると納得いたします。

>白人が持っている他の人種に対する優越感は、劣等感の裏返しと言うもの

は、田中さんは言及していませんね。白人の差別された歴史があると言う話から、現代の彼らの優越感を鑑みてのこちらの解釈です。

>他の人種に対する優越感は、神を信じていることに裏打ちされていると思います。

そうですね。彼らの神は白人ですね。

仏教のほうが差別とか偏見からは自由に感じます。


 ところで、話は変わりますが、注目サイトに【田中宇の国際ニュース解説】がありますね。私も国際情勢を知る上で彼のメルマガなど読んでいますし、参考にもなります。しかしこのようなインターナショナルな経済畑の方々の論理の欠点は環境問題というか、持続可能な社会と言う観点がすっぽり抜けている事だと感じます。だから、国同士の思惑や経済で国際情勢が動いていくという旧態依然の分析がされていると感じます。実際に国を動かしている方々もこういう人が多いと感じます。環境問題もビジネスとしか見ていないような感じが致します。

投稿: 雑草Z | 2007年12月 2日 22時08分

だいたい合意点が見つかったみたいで……。

仏教については、初期仏教に限って言えば、確かに、差別とか偏見とかからは、自由です。諸法無我ですから、差別する根拠がないわけです。消極的な非差別、結果としての非差別と、わたしは呼んでいます。釈尊は、王、豪商から、他の宗教の指導者、らい病者、遊女、連続殺人犯まで、さまざまな人たちを弟子や在家信者として迎え入れました。
大乗仏教は、必ずしもそうではありません。皮肉なことですが、「平等」を売り物にする宗教は、不平等の思想をその基礎に持っています。たとえば、「誰でも仏になれる」などというのは、平等思想のように思われがちですが、これは「この世の」差別を是認する原理ですし、一方「仏になれない」という脅しの観念を裏に隠し持つことによって、被差別者を食いものにする原理にもなります。

経済の視点で国際情勢を読み解いた情報に接していると、政治家や経済人に感情移入して、自分がそのような国際情勢に参加できるような錯覚を覚えます。実際には、翻弄されているだけなのですが。
持続可能な社会を作ろうとしている人たちもおおぜいいるのでしょうが、地味なので、ニュースとして伝わらないのです。派手にやれ、とうわけではありませんけど。

わたしが田中宇さんを面白いと思うのは、「地球に優しい」とか、何か「いいこと」をしているように自分で言っている人たちの嘘を、ときどき暴いてくれますでしょう? あれがすきなんです。だまされないようにしなければ、と思います。
田中さんは、自分が下した判断の情報源を全部公開していますし、予想が外れたときは、素直に認めて、考えを修正するするので、誠実な感じがします。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 3日 00時10分

 宗教に関して、よく研究されていて色々ご存知ですね。

>諸法無我ですから、差別する根拠がない

と言うのも言い得てますね。

>皮肉なことですが、「平等」を売り物にする宗教は、不平等の思想をその基礎に持っています。

と言う部分も言い得ているかも知れません。
日本は、大乗仏教が主流だと言いますが、大乗仏教の理念に対して、敬三氏はどうお考えなのでしょう?


国際ニュース解説については、参考になる反面、経済や政治だけの思惑をメインに世界の動きを分析する国際政治学者の分析を危険なものだと考えます。

 と、以上の事がこのコメントのメインではなくてついでのコメントです。

このコメントのメインは以下です。

 このサイトを私のサイト<雑草の言葉>のリンクサイトにさせて頂きました。
不都合がある場合その旨お知らせください。

 

投稿: 雑草Z | 2007年12月 4日 01時55分

うわ、本当だ。「雑草の言葉」さんから、ここにリンクされてる! すごいです。

仏教(釈尊の宗教)が、信仰対象を立てない、大変ユニークなものであるのに対して、大乗仏教の多くは、信仰対象を立てる、旧来の宗教のへの振り戻りだと思います。わたしとしては、括弧付きの「仏教」と呼びたいところです。
無限大の信仰対象に比べれば、個人は限りなくゼロに近い。信仰の下の平等というのは、ゼロの平等なんですね。そんなの、わたしはいりません。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 4日 10時11分

 岸田さんの
『一神教vs多神教』と『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』はタイトルからして興味深く面白そうですね。
 どっちがよりおススメでしょうか?

 一神教は危険な宗教かも知れませんね。一神教より多神教のほうが包容力がありましょうか?

  ××××××××××××××××

 こちらこそ、注目サイトに登録して戴き有難う御座います。
 これからも興味深い記事を読ませて下さい。期待しております。

投稿: 雑草Z | 2007年12月 5日 22時33分

確かに、信仰対象が唯一絶対の神、ということになると、異教の存在が許せなくなりやすく、異文化交流のときに、トラブルを起こしやすくなるだろうと想像されます。ただ、国内だけで信仰しているだけならば、それほど害はないのかもしれませんが、よその国の異教の存在まで許せない、というところまで「病気」が激しくなると、本当に迷惑この上ないことになるのです。

岸田秀さんの精神分析研究の原動力は、ご本人の神経症をどうにかしたいという思いにあります。個人の精神分析については、岸田さんとそのお母さんとの関係に起因する神経症が、集団の精神分析については、死んだ日本兵の写真を見せられたことに起因する神経症が、出発点にあります。
集団の精神分析は、無謀で不合理な戦闘を展開した日本軍と、残虐な侵略国家アメリカの、それぞれの精神構造の起源をたどっていくことになります。この考察で鍵になるのが、人種を超えて、時代を超えて伝えられていく集団の無意識です。このような歴史の理解の仕方は、わたしにはとても「腑に落ちる」ものでした。

「岸田秀の公式サイト」http://kishidashu.com/
が、書評なども読めるようですから、参考になると思います。雑草Zさんとのコメントのやり取りも含めて、このエントリーも、さっそくこの「公式サイト」の掲示板で紹介されていました。
もともとブログは、不特定多数に向けて書いているのですが、取り上げた題材の関係者に読まれるというのは、冷や汗ものです。

「雑草の言葉」へ、無断でリンクを張りました。お許しください。毎日見ている、「注目サイト」の一つです。楽しみにしています。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月 6日 13時38分

ブログ「新しい“農”のかたち」の者です。

今年はありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

日本の農業を考えるには、このキ○ガイ国家アメリカのことも考えざるを得ません。彼らを警戒し危機感を持ち対応策を考えないと、日本の農業はますます大打撃を受けることになると思います。

地道に農業だけやっていたいところですが、これからはそういうことも考えていかなくてはならないなぁと思っています。

このエントリーはとても勉強になりました。ありがとうございました。

投稿: 雅無乱 | 2007年12月31日 16時28分

「新しい“農”のかたち」では、勉強させてもらっています。ありがとうございます。

病気のアメリカとは、上手に付き合わないと、とんでもない災厄を受けることになります。平気で原爆を落とせるし、それをいまだに謝らないし。ベトナムでも、アフガニスタンでも、イラクでも、……どうしょうもない国です。
病気には原因があるはずなので、それが何なのかは、把握しておいたほうが、絶対にいいと思います。対アメリカということでは、日本もかなり病気ですので、自分たちのことも自覚化しておいたほうがいいと、思います。

聖書を読むと、神は平気で人間たちを殺しますし、人間に「殺せ」と命令しますし、大量殺害(民族抹殺)も、当たり前のようにやってしまいます。
ユダヤ教は民族宗教で利己的ですし、キリスト教は、神の意向とイエスの発言が矛盾しまくっていますし、あんな宗教を信じていたら、狂ってもしょうがないと思います。

フロイトの晩年の著作(文化論)や、ニーチェや、マックス・ヴェーバーなんかを読んで、ユダヤ・キリスト教の狂気について、考えを深めたいと思っています。
悠長なことをやっていると思うかもしれませんが、わたしには、そこらが一番重要なところだと思うのですよね。

投稿: 田中敬三 | 2007年12月31日 17時44分

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» 世銀・IMFは「援助」のためなどではなく、途上国から徹底して収奪し尽くすために存在する [にほん民族解放戦線^o^]
さて、時間があいてしまったが、続きを書きたいと思う。 前回「プランテーションモデル」の話を展開したが、現在も巧妙なソフト路線を採りながらそっくりの搾取システムが構築されている。 {/face_warai/}続きを読む前にクリックで応援おねがい!     ↓         ↓         ↓    ?開発援助と称して世銀が途上国に融資する。カラクリは「アメリカが世界から収奪する仕掛けはこうして構築された」に書いたが、この融資はありとあらゆる手段を使って途上国は強制的にでも承諾させられる。... [続きを読む]

受信: 2007年12月26日 22時53分

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