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クライブ・ポンティング『緑の世界史(下)』(石弘之ほか訳、朝日新聞社)

クライブ・ポンティングさんの『緑の世界史』を読んでいます。前回の上巻に続いて、今回は下巻です

第11章「死の変遷」
この章のテーマは、人類と病気の関係です。農業と関係があるのは、住血吸虫です。潅がい用水路に繁殖する巻貝が宿主です。焼畑による森林破壊で増えたのは、マラリアです。森林破壊が原因になったとされる病気には、ヨーロッパに壊滅的なダメージを与えたペストもあります。
死因と社会のあり方を考えることは、人口について考えることにつながります。伝染病を減少させる主要な原因は、栄養と環境の改善だと、ポンティングさんは言っています。そしてこれは、貧富の差によって健康状態が左右される理由にもなるのです。

第12章「人口圧力」
ポンティングさんは、人口が増えたから、食料需要が増えて、それに対応して、農業の機械化・集約化が進められた、近代的な農業が発展してきた、という因果関係で説明していきますが、このへんは、わたしは、異論があります。狩猟採集民の社会では、人口が増えすぎないようになっていました。自然環境との関係の中で、民族文化の中に、人口を調整する仕掛けを持っていたのだと思います。こういう文化が破壊されて、食糧を与えれば与えただけ増える、機械のような存在におとしめられてきたのが、人口増加の主役と言っていい、低開発国の姿だと、わたしは思います。人口増加は、飢餓とセットになってあらわれます。食料の増産と飢餓とによって、人類の人口はコントロールされてきたのだと、わたしは思います。誰がコントロールしてきたか? 食料増産によって利益を得る人たちです。機械・肥料・農薬・多収穫品種の種苗の生産者。ほかにも利益を得る人たちがいます。人口は、労働者であり、消費者であり、兵力です。また、飢餓に苦しむ最下層の人たちは、階層社会を安定的に存続させるためにも、必要とされます。人口増と飢餓は、それが必要とされたので、つくられてきたのだと、わたしは思います。
『緑の世界史』を読む、というより、わたし自身の意見を言いすぎましたが、問題の原因をはっきりさせることは、その問題を解決するのに、どうしても必要なことだと思いますので、このへんは、わたしとしては、こだわりたいです。
さて、食料増産のために、自然は食いつぶされてきました。アメリカで、オーストラリアで、アマゾン流域で、ソビエト連邦(当時)で、中国で、アジアの各地で、そして、アフリカで。農地開発が生態系に及ぼした影響を、ポンティングさんは、大きく4つに整理しています。森林伐採、土壌浸食、砂漠化、塩類集積の4つです。
潅がい計画の失敗としてあげられているのは、ソビエト連邦(当時)のアラル海です。潅がいによって、綿花や米を大増産しようとしたのですが、そのためにアラル海が縮小をはじめ、気候が変化して、一帯の自然は破壊され、人が住めなくなり、村は放棄されました。自然のしくみをよく理解していない人が、自然を改造しようとすることの危険さを、アラル海の失敗は、示しています。潅がい計画の影響を予測して、反対した科学者たちは、「自然決定論者」のレッテルを貼られ、マルクス主義に敵対する分子として、きびしく「弾劾」されたらしいです。最近のアラル海の衛星写真が、宇宙航空研究開発機構のホームページで見られます。

第13章「第二の大転換」
農業が、人類の文明の第一の大転換だとすると、第二の大転換は、化石燃料の開発です。最初は石炭がつかわれました。石炭がつかわれるようになった理由は単純で、ヨーロッパでも、中国でも、森林を切りつくしてしまったので、薪炭が不足したからです。
p.104 に、農作物の生産に投入されるエネルギーの話題で、中国や東南アジアの水田稲作は、投入量の50倍の収穫があるとありますが、現在の日本の稲作では、1倍以下になっています。米を食べるということは、昔は、太陽の恵みと、お百姓さんたちの労力を食べることだったのですが、今では、石油エネルギーを食べることと同じことになっているのです(松尾嘉郎・奥薗壽子『絵とき 地球環境を土からみると』(農文協)参照)。石油を輸入に頼っている現状で、石油がなくてはつくれない米を食べていて、わたしたち日本人は、自分たちの主食を自給できていると言えるのでしょうか。
森林を切りつくしたように、人類は、化石燃料も、つかいつくそうとしています。

第14章「都市の台頭」
この章では、世界各地で、都市が発達していった様子が描かれます。意外な印象を持ったのは、1800年ごろの江戸は、100万人近い人口があって、当時、世界最大の都市だった、ということです。『緑の世界史』の記述からは、はずれますが、江戸幕府は、日本各地から大名を参勤交代させて、その従者たちを、江戸という都市で養っていたわけで、壮大な無駄をやっていたわけなのですね。そういう無駄をやって、大名たちに蓄財させないことによって、日本全体の秩序が保たれていた、と考えると、贅沢(無駄)と貧困の共存こそ、社会の典型の一つなのかもしれない、とも思います。もっとも、それなら、最初から食料の過剰生産なんかしなければいいのにとも思えるのですが、それができないところが、人間の悲しい性質なのかもしれません。

第15章「豊かな社会の創造」
都市の形成が、貧困者を生んでいった様子が描かれます。また、工業生産の増大と、消費経済の進展が描かれます。貧富の格差は広がりました。この『緑の世界史』が書かれた1980年代後半ごろには、アメリカでは、人口の20%が慢性的に飢えていて、300万人が路上生活を送っていたそうです。その一方で、金持ちたちによって、富や地位を誇示するための消費がおこなわれていました。
国内的な貧富の差だけではなくて、国ぐにの間の貧富の差、いわゆる「南北格差」も、大きくなっていきます。いわゆる「開発援助」は、この格差を縮小できませんでした。それどころか、低開発国の社会的・経済的状態は、さらに悪化していきました。
たとえば、ひも付き援助。特定の援助国の会社の製品を買わせるために、資金を出す。あるいは、軍事的戦略的に意味がある国ぐにへだけ向けられる援助。世界銀行が出資した巨大ダム建設は、住民の土地を奪い、ダム湖が病気の温床となり、そのダムも、短期間で土砂で埋まりました。たとえば、中国の三門峡ダムは、4年で堆積物で埋まって、役に立たなくなりましたし、老爺嶺ダムなどは、何と完成前に埋まってしまって、建設が中止になったそうです。
低開発国に対する商業目的の融資は、債務国の財政を破壊しました。引用します。

 一九八〇年代には、援助は国際通貨基金(IMF)を通じて受けるのが一般的だったが、IMFは先進工業国に支配され、先進国中心の世界の貿易構造を継続、拡大させるものだった。IMFは、第三世界諸国が債務の利子を先進工業国の民間銀行へ、一定の条件で返済できるよう融資してきた。

要するに、援助というのは、開発の押し売りであって、自然を破壊するだけでなく、利子のとり立てによって、弱い国の財政を破壊するものでもあるのです。

第16章「世界の汚染」
この章は、環境汚染がテーマです。
農業とかかわりが深いところでは、アメリカのオガララ帯水層という地下水を潅がいにつかって、多くの地域で水がなくなってしまった、ということ。オクラホマ、テキサス、コロラド、カンザス、ネブラスカ州で耕作放棄地が広がっているそうです。
化学肥料と農薬による、水の汚染が進行しています。アメリカ、ハンガリー、イギリスで、地下水が汚染されているとのことです。硝酸塩の濃度が高くて、新生児に飲ませられないところがあるそうです。硝酸塩の汚染は、窒素肥料の影響ですね。これは化学肥料でなくても、有機の肥料、たとえば厩堆肥などでも、起こります。日本は窒素成分の輸入超過ですので、地下水が硝酸塩汚染される危険性が高いです。
鉱物採掘による汚染もあります。足尾銅山では、鉱廃が渡良瀬川に捨てられて、川の水を潅がいにつかっていた田畑が、鉱毒におかされました。
農薬使用による汚染もあります。農薬の成分には、発がん性のものも多く、農薬の使用によって年間2万人が死に、75万人が、深刻な健康被害を受けているそうです。農薬の被害では、残留農薬の影響を受ける消費者よりも、直接農薬を扱う生産者のほうが、はるかに深刻です。農地からその外の環境への汚染の広がりも、問題です。何せ、化学肥料や農薬は、つかわれる量が半端ではないので、大気、河川、そして海洋の汚染は、食物連鎖を通して、すべての生き物に甚大な影響を及ぼします。農薬を使わない農業も可能なので、そういう方法を普及させたいと思います。

第17章「過去からの遺産」
いよいよ最終章です。汚染と破壊と戦争と抑圧という、人類を主人公にした地球の悲劇を引き起こすきっかけとなったのは、どうやら、農業(栽培)だったようです。
20年以上前のことになってしまいましたが、わたしは、阿木幸男さんの「非暴力トレーニング」の講座を受講したことがあります。トレーニングの一つとして、いろいろな事柄を、暴力か非暴力かに分類することをやりました。多くの参加者は、「農業」を非暴力のほうに分類しましたが、わたしは、農業は暴力だと言い張ったのを思い出します。木を抜いて、小さな生き物たちが住んでいる地面を機械でかき回して、肥料や農薬を降りかけてする作業など、暴力に決まっています。北海道の観光ポスターで、広びろと広がる畑の写真をつかったものがよくありますが、開拓以前にそこに生えていた野生の木や草、自然の中で生きていた動物たちのことを思うと、畑の風景など、おぞましい以外のなにものでもありません。ぜんぜん美しくなんかありません。
農業によって食料を過剰に生産することができるようになった→人口が増えた→階級制ができた→都市ができた→戦争がはじまった→機械がつかわれるようになった→自然破壊にブレーキがきかなくなった……。こんなのが、おおざっぱな人類の歴史でしょうか。旧石器時代には400万人程度で安定していた人口も、増えに増えて、数十億人にまで達しています。限界まで繁栄した人類は、イースター島の文明のように、それを維持しきれなくなって、急激に崩壊するのでしょうか。
理屈の上では、わたしたち人類がとるべき方向性は明らかだと思われます。まず、開発・発展をよいことと考える考え方をかえることが、必要です。そのためには、利潤を追求する経済を解体していく必要があります。他人を利用しようとしなくなれば、人口を増やさせようとはしないはずです。狩猟採集民や、こじんまりと、つつましく生きてきた人たちの文化に学ぶといいでしょう。人間以外の生き物や動植物に敵対しないようにすることも必要です。そのためには、環境を破壊する工業を縮小していかなくてはいけません。人間中心主義の思想・宗教を、柔軟に無害化していくことも必要でしょう。富や地位を誇示するための消費をやめさせるる必要もあるでしょう。これは、ぜいたく品に税金をかけたり、累進課税を増やしたりすれば、簡単に実現できるでしょう。そして、これ以上の開発をやめさせて、砂漠化を防ぎ、年間500ml以上の降水がある地域には植林をして、森林を復活させる必要があるでしょう。
やったほうがいいことは、分かっているのですが、人間がどのぐらい愚かで、やらないほうがいいようなことばかりやりたがるか、ということも、よく分かっています。なので、わたしには、人類の明るい未来は、想像しにくいです。しかしまあ、人類の未来がどうであろうと、それとは関係なく、わたし個人としては、できる範囲で極力、こじんまりと、つつましく生きていきたいと思います。そういう生き方は、わたしが過去の文化から引き継いだものの一つなので、そう簡単にやめられるものではないのです。たとえそのようなあり方が、時流に合わなくて、人から笑われることになったとしても、です。

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コメント

いえいえ、私は決して田中さんの姿勢を笑いませんよ。
 これからの世界にとって、老子に出てくる「小国寡民」こそが、実現可能な将来像だと、私は思っています。はてなブログのキーワードで見ると、「時代遅れの考え方」だとこき下ろしていますし、かつての友人もバブル期、同じようなことを言っていましたが、時流に流される彼らが哀れに映ります。
 なお、現在、私は人口問題に関する本を読んでいます。

投稿: 森下礼 | 2008年3月28日 08時52分

森下礼さん

コメント、ありがとうございます。
中国も昔から、ヨーロッパと並んで、開発、大国化志向の強い民族ですから、老子も、その現実をなげいて、解放の夢を見たのだと思います。
国家に依存しない、自治・自給的な「もう一つの生き方」を、それぞれの人が、できる範囲で実現していくことが大切なのだろうなあ、と思っています。

投稿: 田中敬三 | 2008年3月28日 13時49分

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