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「農民の誇り」のつくり方

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)を読んでいます。シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの農業政策との関わりについて研究した本です。プロローグとエピローグを読み終わりました。全部読み終わったら、改めて感想の記事を書きます。
とりあえず、読み終わったところ(プロローグとエピローグ)の内容について、わたしの立場から言えることは、これは、「農民の誇り」のつくり方の研究ではないか、ということです。シュタイナーにしてもナチス・ドイツにしても、農民をおだてて、農業労働をやらせようとして、農業にまつわる「神話(物語)」をつくったのではないでしょうか。それが、「有機農業」だったのではないでしょうか。

日本有機農業研究会では、シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの農業政策については、まるで知らなかったような扱いをしていますが、有機農業の源流は、間違いなく、ドイツにおけるこの2つの思潮の交流にあります。そして、有機農業の本質、つまり、「生命(バイオ)・有機(オーガニック)=生命力を有するの意味」という言葉が持つイメージ喚起力を最大限利用する、という点では、発足時から現在に至るまでの日本有機農業研究会は、有機農業の源流である、ドイツにおけるこの2つの思潮と、まったく同質だと言えます。

シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」のほうは、「どうしてこのような儀式のような農法をするのですか」とたずねても、象徴的な、神秘主義的な答えしか返ってこないのではないかと想像しますが、ナチス・ドイツの農業政策は、現代の日本人が聞いても、よく分かりますし、非常に魅力的に聞こえます。
ナチ(国民社会主義)党政権は、革命やクーデターで成立した政権ではありません。選挙で、国民の支持を集めて当選しました。ドイツ国民は、ヒットラーの演説に熱狂していました。熱狂するほど、魅力的だったのです。

『ナチス・ドイツの有機農業』に引用されている、ナチス・ドイツの農業政策を見てみましょう。まずは、1935年に制定された「帝国自然保護法」前文「そのもの」です。

 今も昔も、森や野原の自然は、ドイツ民族の憧憬であり、喜びであり、保養地である。
 昔と比べると、故郷の景観は根本的な変化を遂げ、その植物相も、集約的な農業や林業、一面的な耕地整理と針葉樹林の植林によってしばしば変質した。植物相の生命空間(レーベンスロイメ)が減少することによって、多種多様な、森や野原を活気づけていた動物世界も次第に消えていった。
 こうした展開は、多くの場合、経済的必要性によるものだった。今日では、ドイツの景観をそのように改造したところで、観念上の、あるいは経済的な損失が公然のものとなっている。
 世紀転換期の頃に生まれた「天然記念物保護区」は、部分的にしか指定されなかった。なぜなら、本質的な、政治的および世界観的前提に欠けていたからである。ドイツ人の改造があってはじめて、有効な自然保護の前提が作り出された。
 ドイツの帝国政府は、最も貧しい民族同胞にさえも自然の分け前を確保することをみずからの義務としている。それゆえ、帝国政府は、下記の帝国自然保護法を制定し、ここに公布する。

どうでしょうか。「生命空間」とか、ちょっと怪しげな言葉も出てきますが、大筋で間違ってはいませんでしょう? 現代の環境政党が起草した法律だと言っても、とおりそうではありませんか。
藤原辰史さんは、この『ナチス・ドイツの有機農業』のプロローグの中で、こう言っています。

「人間中心主義」批判と「動物への権利」の主張。ディープ・エコロジーが目指す理想を、ナチスは、1935年の「自然保護法」と1933年の「動物保護法」という二つの法律ではっきりと描いていた。つまり、〈第三帝国〉は「人間中心主義」から「生物圏平等主義」へという未知の領域に踏み込む実験を、国家規模で、しかもディープ・エコロジーが登場する40年前に、法律上においてはじめて断行した国家なのである。言い換えれば「人間」だけではなく、人間も動物も植物も包括する「生命」を国家の軸に据えようとしたはじめての試みなのである。

わたしが当時のドイツにいたら、ナチ党の農業政策に賛同して、喜んで有機農業をやっていたかもしれません。
もう1カ所、「プロローグ」から引用しましょう。

 例えば、ナチ期農業思想の重要な担い手のひとり、ゲオルク・ハルベは、有機農法を単に様式としてばかりでなく、人間の自然認識変革をもたらすものとしても捉えていた。ハルベは、ユダヤ人やイギリス人がもたらした「物質主義的世界観」が現在の自然科学の基礎となっていると指摘し、都市の研究室や実験用農場で得られた研究成果で満足する自然科学者の自然科学観を徹底的に攻撃している。その根拠となるのが、ゲーテの次の言葉だ。「自然を把握しそれを直接利用することは、人間にはほとんどできない。認識と実用のあいだに、人間は、妄想を見いだそうとする。かれらは、それを入念につくり出し、それにかまけて、利用するはおろか対象そのものを忘れる」。ハルベは、そうした人間の傲慢さを最も体現しているのが、生きたものを死んだものとして把握する自然科学者だと批判する。そして、生きたものとして把握できる農民をそれに対置させる。そのうえで農民は、農場内の土壌、植物、動物、人間のつながりのなかで生き、そうした有機的関連性のなかで自然を把握するので、化学肥料ではなく、農場内の家畜が排出した糞尿を肥料として用いるべきだと推奨している。いうまでもなく、その家畜の飼料も、農場内で育った植物でなくてはならない。最後には、有機農法を「国民社会主義的な仕事」として称賛さえしているのだ。

分かりますでしょうか。要するに、「農民が一番!」という、おだてです。ただの農業でおだてても効果が薄いので、有機農業という、「特別な」農業に限定することによって、「ありがたさ」を増幅せようという目論見です。
牛・豚・鶏といった家畜は、実在します。それら家畜は、糞尿を排泄します。これも実在することです。それら糞尿をを田畑の肥料に使うこと、それ自体は、なんの問題もありません。問題なのは、そのような農作業に「バイオ(生命)」だとか「有機(オーガニック)=生命力を有するの意味」だとかいった、実体のない、ただの観念の「おふだ」をはりつけて、さも特別な農法であるかのように飾り立てて、農民や都市住民をだますことだと思います。

わたしは、このブログで何度も言ってますが、有機農業と非有機農業の境界線は、非常に恣意的に引かれています。たとえば、有機JASでの線引き(やっていいこと/悪いこと、使っていい資材/悪い資材)の根拠を示そうとしても、それは相当に気まぐれ・ご都合主義的に定められたものだ、ということが分かるだけなのです。ですから、有機と認定されたとたんに、突然特別な農産物になるわけではありません。有機と認定されたとたんに、その農作業をする農民が、特別な存在になるわけでもありません。しかし、特別になったような「気がする」効果だけは、絶大なのです。しちめんどくさい認定作業は、「気がする効果」を際だたせるための「儀式」のようなものです。

有機農業は、自分や自分の家族だけは「安心・安全」な食べものを食べたい、という、エゴ丸出しの富裕層の需要をまかなうためだけではなく、農民に「自分は特別な農法でがんばってるんだ」という意識を持たせて、農民であることを誇れるように仕向けるためのものでもあるのです。
そうやって、おだてられた農民は、人がいやがる農作業を、自発的に引き受けるように仕向けられます。国やマスコミが「農業は大切だ」というキャンペーンを、よくはっていますが、ああいうのを見ると、ほんとに、「おまえが田んぼに入って、米をつくれよ」と言いたくなります。

わたしは、以前このブログで、「ほこりを持たないで生きていくということ」という記事を書きました。

ほこりを持たないで生きていくということ

皮肉な言い方かもしれませんが、目の前に「誇り」というエサをぶらさげられて、働かされることほど、著しく誇りを傷つけられることはありません。
では、何のために働くのか、と聞かれれば、わたしの答えは、「食べるため」でしょう。もう少し広く、「生活するため」と言ってもいいです。わたしは、生きる現実のために生きたいとは思いますが、「誇り」などという幻想のために生きたいとは思いません。
わたしのこういう感覚を分かっていただくために、農業まつわる、わたし田中による「神話(物語)」を、以下に、サクッと広げておこうと思います。つきあってもらえると、うれしいのですけど。

地球は、だいたい、46億年ぐらい前にできました。で、だいたい40億年ぐらい前に、地球上に生命が発生しました。それがいろいろ進化して、だいたい500万年ぐらい前に、二足歩行して、音声言語を使えて、家族を最小単位に生活する、現代人につながる、「人類」が、誕生します。1万年ぐらい前までは、人口400万人ぐらいで、安定した暮らしをしていました。マーシャル・サーリンズが言う「始原のあふれる社会」です。

マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』(法政大学出版局)

そのころ人類は、自然が自然状態で人類を養える範囲内で生活を営んでいましたから、食べものは、特に苦労しなくても、おなかのすいたときに狩猟採集することで、簡単に得ることができました。
ところが、1万年ぐらい前に、人類は、食べものを必要以上に備蓄するようになって、これがきっかけになって、人口が増えはじめます。(アラン・テスタール『新不平等起源論』法政大学出版局、参照)
やがて、農業や畜産・酪農の技術が発明されて、人口増加に拍車がかかります。そして、人類500万年の歴史の中で、長い間400万人ほどで安定していた人口が、最後の1万年で、一気に1000倍以上にふくれあがってしまったのです。

自然が自然状態で養える人口の1000倍以上ですから、食料生産は困難を極めます。備蓄された食料は、富となり、権力が発生し、都市が形成されます。食料生産は、奴隷によってになわれるようになりました。
奴隷は、昔は、鞭でたたいて、強制労働させていましたが、曲がりなりにも民主国家においては、そのようなことはできません。そこで発明された「道具」の一つが、農民をおだてることです。農業は素晴らしい、食料生産をになうことは名誉なことだ、という農本主義的な「神話(物語)」がつくられ、教え込まれました。

「有機農業神話」も、このようなものの一つなのだと思います。神話によって、つらい思いを紛らわせたい農民と、同じ神話によって、農民に食料生産を押しつけている罪悪感を紛らわせたい都市住民とが結託して、自分たちは何か崇高なことをおこなっていると信じ込ませるような、自己催眠をかけているのです。
そうはいっても、世界の人口は、まだまだ増えている、どうしたらいいのか、という話になります。強制的な人口抑制策が間違っている、という記事も、以前に書きました。

人口抑制策批判 その1

人口を急激に減少させようとするのは、危険な発想です。そんな発想を許せば、それこそ、ハルマゲドンを自演しようとする人たちが現れかねません。1万年かけて増加したのですから、1万年かけて減少させるぐらいの、長期戦の心構えがなければ、絶望してしまいます。
短期戦では負けます。負けてもし方がないのです。これは、それほど、人間性の深い部分にある、人間の本質に関わる戦いなのですから。負けても、負けても、いつか人間は変われると信じて、伝え続けたいと思います。
人類が、自然が自然状態で養える範囲内で、つつましく生きていくことを目指していきたいです。人類が歩んできた間違った方向性を指摘することと、間違った方向に発達した社会から自分の生活を引きはがして、自立した生き方をはじめることとを、とりあえずの実践方法としたいと思います。一口で言えば、自給を目指す、ということです。

最後に、わたくしごとですが、先日、わたしは、日本有機農業研究会を退会しました。電話で住所と氏名を言って、退会する旨を伝えました。会のほうからは、「長い間のご支援、ありがとうございました」ぐらいの大人の挨拶ができれば大したものだと思っていたのですが、実際に返ってきたセリフは、「あ、そう。はい」だけでした。

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