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一楽照雄と日本有機農業研究会

日本有機農業研究会については、前回の記事イバン・イリイチ、桜井直文監訳『生きる思想』(藤原書店))で触れましたが、若干の補足をしておきます。日本有機農業研究会と農業関連の諸潮流との関係図をつくってみました。

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農文協の設立が1940年です。このころ、各国で、近代的な農法に対する批判が起こってきます。それは、農薬や化学肥料の多用によって、農民の生命や自然環境が破壊されたことへの反発が、原因しています。
このような批判は、多分に、農本主義的な性格を持っています。問題があっても、農業をやめるわけにはいかず、農民を叱咤激励する必要が出てくるからです。
また、このような批判には、たとえば、シュタイナーのように、前近代的な風俗・習慣・信仰をとり込む傾向があります。問題は近代化であるとされて、近代主義に対する反動の動きが形成されてくるからです。

日本有機農業研究会は、一楽照雄が主導していた団体と言っていいと思います。一楽の思想は「協同組合主義」であると言っていいと思います。一楽は、農林中金の常任理事でした。
一楽の日有研をあやつるやり方を見ると、全体主義に親和的な団体の運営法がどのようなものかを知ることができます。まず、設立が1971年だということに注目してください。近代農法を批判する諸潮流が1940年前後からはじまるのから、30年遅れて、はじまっています。これは、坂本尚さんも指摘していますが、左翼的な、階級闘争的な運動よりも、人間の自然破壊と闘う運動のほうが重要だ、という思想を、日有研が打ち出したことに関係があります。
わたし流の言い方をすれば、時代的にちょうど政治闘争に挫折していた左翼たちを、うまく農業関連産業にとり込んだわけです。左翼は、具体的な個と個の関係からよりも、国家や社会といった「全体」の有り様からものごとを発想しがちです。つまり、全体主義に親和的です。なので、全体の関係性(有機体のような、とか)を強調して宣伝する有機農業に、あるいは生産者として、あるいは関連産業として、あるいは有機農産物の消費者として、すんなりととり込まれやすかったのです。

これも、前回の記事で述べましたが、日有研の「有機農業」は、30年も前から、福岡正信や岡田茂吉などによっておこなわれていた「自然農法」から、「不耕起」と「無施肥」の思想を抜きとった、より開発主義的、自然破壊的、農業周辺産業振興的性格を持っています。有機資材は、輸入されたものも多くあります。日有研の「有機農業」は、既存の農業関連産業を全否定しているわけではありません。このへんも、団体操縦術としては、注目しなくてはなりません。

シュタイナーやナチス・ドイツから受けた影響を隠したり、岡田茂吉や福岡正信が持っている「宗教性」を遠ざけたりしていることは、前回の記事でも述べましたが、このことについては、もう一人、日有研の有力な発起人の一人である梁瀬義亮に関しても、言うことができます。梁瀬は医師として農薬の危険性について発言したりしていましたが、大乗仏教の勉強会などの活動もしていました。梁瀬が現在の日有研で、ほとんど語られることがないのは、その「宗教性」がきらわれているのではないかと想像します。
日有研の本流を「脱宗教化」することで、広範な人たち、殊に政治運動で挫折した左翼の人たちの受け皿として、受け入れやすい雰囲気づくりが配慮されたのでしょう。しかしこれは、有機農業自体が、「生命(有機)」という言葉が持つイメージ喚起力をとことん利用した、「いのち教」と呼んでもいいような、「宗教代替物」であることを、巧妙に隠しながら、ではあるのですが。

日有研の有機農業は、農本主義の一形態なのだと、わたしは考えています。「特別な農業」をやっていると農民に思わせて、それを「誇り」にさせて、農業生産を農民に押しつけやすいようになつけると同時に、「提携」と称して、都市の富裕層に「特別な農産物」を割高に買わせて、農民に農業生産を押しつける罪悪感を麻痺させる仕組みなのです。有機農産物は、免罪符みたいなものです。

一楽の「協同組合主義」の反映ではないかと思えて、おもしろく感じたことがあります。それは、日有研のホームページのトップページの「情報交差点」という記事(広告ではない)で紹介されている「鯉淵学園農業栄養専門学校」の、そのホームページの中に、学校の運営主体である財団法人農民教育協会の沿革が、次のように出ているところです。

 財団法人農民教育協会は、昭和23年5月、全国農業会が解散し全国農業協同組合中央会に改組されたことに伴い、全国農業会の教育事業であった「全国農業会高等農事講習所」(現在の鯉淵学園農業栄養専門学校)などを受け継ぎ、農村社会の有為なる形成者の養成及び農村指導者の研修を目的として農林水産省の認可を受けて設立された財団法人です。
 また、昭和63年より、公益性の高い特定公益増進法人として農林水産大臣より証明を受けております。

山下一仁さんが、『農協の大罪』の中で、スクープのようにして明かした、農協は戦中の統制組織を引き継いだだけのものだ、ということを、むしろ、みずから誇らしげに(?)宣伝しているのです。
そして、そのような出自の学校を、日有研がそのホームページで、“有機農業や自然食品”に関心がある人、“田舎暮らしで家庭菜園”を楽しみたい人、これから“本格的に農業をしたい”人は、この学校の社会人研修コースで学んでみませんか?と、勧誘しているのです。トップページの記事からのリンクで、この学校だけへと、勧誘しているのです。

日有研と農文協の関係については、農文協のホームページに「「農村空間」が新しい時代をつくる」という文書がありまして、そこに、このあたりの事情が出ています。一部を引用します。

 有機農研の運動を積極的に助けたのが岩渕直助が指導する農文協であった。財政基盤のない「有機農研」に農文協の事務室を提供し、有機農研の機関誌『たべものと健康』(現在の『土と健康』)の発行を手助けした。

同じ文書には、次のような部分もあります。

1971年、元農林中金常務理事の一楽照雄(農文協理事)が日本有機農業研究会を創立した。その宣言に曰く。「有機農業をすすめる農民は、都市民との提携によって消費者の食意識の変革を目指す」。
 つまり、農民が都市民の意識変革をするというのである。およそ人類史上で、農村が都市を領導したことはない。農村は都市文明を受け入れることによってのみ、進歩するものとされてきた。

この文書は、「農文協論説委員会」の署名になっていますが、前回の記事でご紹介した、農文協副会長の坂本尚さんの発言とそっくりです。もしかしたら、坂本さんご本人がお書きになったのかもしれません。
すでに指摘しましたが、これは、ナチス・ドイツの農業思想家ゲオルク・ハルベが、自然に触れる農民こそが世界の本質をよく理解できる、という形で、一楽らが日有研を創設する30年ぐらい昔に言っていることで、人類史上初、ということではありません。

ゲオルク・ハルベは、農民が都市住民を、積極的に「指導(領導?)する」とまでは言ってないかもしれませんが、農民のほうが都市住民よりも物事の本質をよく理解できると、農民文化の優位性を説いていますので、本質的には同等のアイデアであろうと思われます。

以上。まとまりも「オチ」もありませんが、前回の記事の補足、ということで。

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コメント

分析は、お見事です。ほとんど正確に見ていると思います。ただし、操るとか、取り込むとか、隠すとか、そういう陰謀史的な物事の見方は、いい加減にやめた方がいいと思います。本人も気付いていない欠点を指摘することは生産的なことですが、ありもしない悪意をあるかのように言い立てる、クレーマーや破壊活動のようなことは、何の利益も生みませんよ。

投稿: 牧野時夫@有機農研 | 2009年2月19日 07時21分

牧野さん

分析をおほめくださり、ありがとうございます。

わたしは、日本有機農業研究会に悪意があるとは、思っていません。「操る」「とり込む」「隠す」といった言い方は、「外から」団体を描写するときに、よく使われる表現です。国語辞典を引いてみてください。悪意が含まれた意味はないはずです。
悪意どころか、一楽照雄も含めて、本人たちは、「善意」でやっていると感じられます。

ただ、わたしは、テーラワーダ仏教徒として、嘘はつきたくない。「善意」から発したとしても、嘘=論理的な間違いは、指摘しておきたいのです。

国の歴史でも、企業の歴史でも、教会の歴史でも、いろいろな運動団体の歴史でも、「内から」書かれた歴史は、「外から」見たら、信じられないほどの「とり違い」をしていることが多いです。「外から」の分析は、絶対に必要だと思います。

「国家」「組織」「団体」「運動」「宗教」……そのような共同幻想に支えられた活動は、「内から」は意識的に把握することがむずかしいものです。さまざまな「徴候」から分析していって、それらの本質を明らかにすることは、大切なことです。考えること、批判することを、犯罪的なこと、恥ずかしいこと、罪深いこと、などとして、押さえ込むのは、よくないことだと、わたしは思います。(「押さえ込む」という表現が、「陰謀史観」?!)

他人に「陰謀説」とか「陰謀史観」とかのレッテルを貼って、わあわあ難癖をつける人たちが、どういう系統の人たちか、わたしは知っています。要するに、「信者」ですよ。胸に手を当てて、反省してみてはいかがでしょうか。そして、現実を冷静に観察してみてはいかがでしょうか。

念のために言っておきますが、わたしは、今も昔も、左翼であったことはありません。協同組合主義に左翼の同志をとられた、どうしてくれる、というクレームを言っているのではありませんから。

わたしは、わたしの考え方に則って、生きています。その考え方は、折に触れて、表明してきましたし、これからも、語り続けたいと思っています。
わたしの考え方からして間違っているものは、間違っていると、これからも言っていくつもりです。もし、「いや、間違っていない」と反論をお持ちでしたら、どうぞ、おっしゃってください。いっしょに考えましょう。

投稿: 田中敬三 | 2009年2月19日 09時52分

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