« 「農民の誇り」のつくり方 | トップページ | 一楽照雄と日本有機農業研究会 »

イバン・イリイチ、桜井直文監訳『生きる思想』(藤原書店)

きょうは、10年前の本です。イリイチの論文集『生きる思想』から、「「生命」の偶像崇拝」を読んでみます。そして、そのあとで、日本有機農業研究会の会誌「土と健康」のバックナンバーから、イリイチが指摘する問題とつながるような部分をとり出して、読んでみようと思っています。

その前に、「有機」「オーガニック」という言葉の意味・使われ方ですが、少し詳しい辞書を引いてみました。まず、「有機」を、「講談社日本語大辞典」で調べました

ゆうき【有機】[対義]無機(1)生活機能と生活力を持つこと・もの。organism(2)有機物に関すること。organic

次に、「研究社新英和大辞典」で「organic」を調べてみました。

organic(1)[化]有機の(2)有機体(生物)の(3)臓器の、器官の(4)[病理]器質性の(目で認められるような病気のある)(5)有機的の、組織的な、系統的な(6)(有機体のとっての)生まれながらの、固有の、本質的な、根本的な[法](国家構成上)基本的な、憲法上の[言語](構造が)偶発的でない

まず「有機」のほうから見ていきますと、「農業」を飾る言葉として「有機」を使うことは、(1)(2)どちらの意味でも、おかしいことが分かります。「農業」自体は、有機物でも無機物でもありません。「農業」自体が生活機能や生活力を持ったりしたら、農業を営む人間は要らなくなります。有機物に関する農業、というのも、意味不明です。動植物由来の有機資材を主に使う、という意味ならば、非有機農業を「無機農業」と呼ばない理由が分かりません。
「有機農業」というのは、ようするに、比喩なのです。organic の意味にからめて言
えば、有機農業とは、「有機体(生物)のような農業」という意味なのです。農業を有機体(生物)に、たとえているのです。「有機的」という言葉も、農業を飾る場合は、資材・作物・土壌・微生物・気候・生産者・消費者などの相互関係が、生き物の体のように、系統的に、秩序にしたがって形成されている、という意味なのです。

「有機農業」のように、ある言葉を掲げて「運動」をする場合、やる必要のある作業は、2つあります。対象概念を規定することと、それに名前を付けることの2つです。有機農業に関しては、「無農薬」と「無化学肥料」を条件に定めて、概念規定をしました。日本で有機農業をはじめた人たちは、「オーガニック」の訳に「有機」という多義的な語を選ぶことによって、社会有機体説のような、全体主義に親和的な幻想を、そこに関わる人たちに振りまくことに成功しました。
もっとも、これは、「オーガニック」という語を選んだ、日本の有機農業の思想的源
流である人たちの成功であって、日本有機農業研究会は、見事にぴったりはまった訳語を見つけた、というだけのことなのかもしれません。

ここで注意してほしいのは、1971年に日本有機農業研究会が創設されて、一楽照雄らが「有機農業」という言葉を(同研究会が定める形で)定義したとき、すでに、福岡正信と岡田茂吉の両氏は、それぞれの方法論による「自然農法」の活動をしていた、ということです。福岡正信の農法で特徴的なのは、不耕起ですし、岡田茂吉の農法で特徴的なのは、無施肥です。これらの特徴的な農法を、有機農業は引き継ぎませんでした。そして、自然農法とは別の、有機農業を「あとから」はじめたのです。
有機農業の運動がはじまる何十年も前から自然農法はありました。自然農法の福岡正
信は、日本有機農業研究会の創設にも参加していますが、やはり、自然農法との違いに気づいて、有機農業とは距離を置くようになります。
有機農業が自然農法から「引き算」したものは何でしょうか。それは、不耕起と無施
肥の思想です。なぜそうなったのでしょうか。答えは簡単です。有機農業が農生産の安易な効率化を図ったからです。有機農業は、自然農法に比べれば、はるかに開発型の農業なのです。「農業が自然を守る」などという宣伝は大嘘で、大局的に見れば、農業は、そのはじまりからずっと、自然破壊でした。

もうひとつ、日本有機農業研究会が、自然農法と異なる道を歩んだ理由は、これはわたしの想像ですが、岡田茂吉は世界救世教という宗教団体のリーダーで、はっきりとした宗教家でしたし、福岡正信は、独特の哲学を展開していました。一楽照雄は、それらの方法では、広範な人びとを組織できないと考えたのではないかと思います。

日本の有機農業のはじまりには、国内の自然農法以外にも、外国からの影響もあります。「オーガニック」の名を掲げた農業運動の源流があります。それは、ナチス・ドイツの農業政策です。そして、ナチス・ドイツの農業政策に相互に影響を与え合った、シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」があります。
ドイツではじまった有機農業は、アメリカなどの他の国の農業にも影響を与えますが
、日本有機農業研究会は、ドイツからの影響については、国内で実践者がいる「バイオ・ダイナミック農法」を、たまに「不思議がいっぱいの農法」などという、ビミョーな表現で紹介する程度で、まったくといっていいほど、語りたがりません。一楽照雄は、東大の農学部を優秀な成績で卒業した人なので、海外の動向を知らないわけがありません。「ナチス・ドイツ」という、「印象の悪い」ところが源流なので、隠したのでしょう。

日本の有機農業の本質をまとめます。それは、新しい開発型の、言い換えれば自然破壊型の、農業様式です。「新しい」というのは、農薬と「化学肥料」を使う「古い」農業と比べて「新しい」という意味です。しかし日本の有機農業は、うまく隠してはいますが、じつは、ナチス・ドイツのまねです。この農業様式に「有機」という多義的な名を付けて(正確に言えば、的確な訳語を付けて)、全体主義に親和的な思想を広めました。こうして、もともと全体主義に親和的な、70年代の挫折した左翼たちをとり込むことに成功しました。「自分たちは「有機農業」という特別の、素晴らしい活動をしている」という「ほこり」を持たせることで、農民を農作業を押しつけられやすくなつけて、都市の富裕層を有機農産物を買わせることで「提携」させて、農作業を押しつける罪悪感を麻痺させる、という形で、農業と流通の産業を組織していきました。

さて、それでは、イバン・イリイチの「「生命」の偶像崇拝」を読んでいきましょう。この論文は、元カトリックの神父であったイリイチが、プロテスタント系のアメリカ福音ルーテル教会に招かれておこなった講演が元になっています。教会は「神の言葉(聖書)」に照らして、偶像崇拝を裁け、という考え方が基調になっています。
わたしは、「聖書」は、有害無益なものと思っていますので、イリイチの発想には同
調しませんが、産業社会がわたしたちの日常に埋め込んでくる諸概念を、異化して、批判する手法は、学べるものが多いと思います。

イリイチは、「生命そのもの The Life」と「一つの生命 A life」を区別して、前者は実在するが、後者は虚構だと言います。そして、後者の「生命」は、専門家たちによって管理される対象になりさがっている、と批判します。
イリイチがこのような批判を展開する根拠は、「聖書」です。「「生命」の偶像崇拝」か
ら引用します。

皆さんが船上に掲げているのは、主の福音です。つまり、主がマルタに対して「わたしは生命(いのち)である」と言われたときに、マルタに告げられた福音です。主は「わたしは一つの生命である I am a life」などとは言いませんでした。ただ「生命〔そのもの〕である I am Life」と言ったのです。

ひとりひとりの生命があるのではなくて、生命そのもの(神)があるだけだ、というのです。「生命」という言葉を使えば、そういう実体もあると勘違いしてしまう、わたしたち人間の認識習性を、イリイチは批判しているのです。
もっとも、概念批判ということでしたら、仏教のほうが徹底しています。仏教では「
諸法無我」と言って、すべてのものごとには実体がない、と言います。「わたし」という、人間の中核になるもの、通俗的な言い方をすれば「霊魂」となりますが、そういうものは存在しない、と考えます。すべてのものごとに実体がないのですから、「生命そのもの(神)」も、原理的には、ないことになります。

続いてイリイチは、「生命」という語の使われ方の歴史をたどりますが、注目したいのは、「生命という概念のいかがわしさは、エコロジー論議において、とくにはっきりとあらわれ出る」と言っている部分です。同書から引用します。

 エコロジーとは、まずさしあたって、生あるものと、その住環境との間にむすばれる相互関係についての学問、と言うことができる。しかしさらに、このことばは近年ますますさかんに使われるようになってきて、すべて知りうるかぎりの現象を関連づける、一つの哲学的な方法をさして言うようになってきた。その後エコロジーは、サイバネティック・システムという考え方をさすようになる。このサイバネティック・システムとは、同時にモデルでもあり実在でもある。言いかえれば、自らを観察すると同時に定義し、自らを規制すると同時に維持するようなプロセスである。このような考えかたのスタイルにおいては、生命は、システムと等置されるようになる。つまりこうした考えかたは、生命をおとしめ、かつ同時にそれを構成するという、抽象的な偶像崇拝なのである。

ようするにイリイチは、「神に根拠づけられないシステムは、けしからん」と言っているわけです。神を根拠に、いかがわしい概念を洗い出せと、プロテスタント系にけしかけているのです。こういう方式で批判ができるのなら、いろいろな概念が「いかがわしい」とされて、ぼろぼろ出てくるだろうなあ、と思われますが、事実、イリイチは、次のように、「いかがわしい」概念を、批判しまくります。

 来る日も来る日も、管理された諸事のなかに暮していると、われわれはみな、さまざまな虚構された実体の世界をあたりまえのものとして受けとるようになっていきます。われわれはしだいに、健康管理の進歩だとか、万人の教育だとか、国際的(グローバル)意識だとか、社会開発だとかいった新しいことばで、これら管理された幻について語るようになっていきます。また、それに加えて、誰にも文句のつけようのないような「より良い」「科学的な」「近代的な」「すすんだ」「貧しい者たちの利益になる」といったことばがそえられます。われわれは、管理によってはぐくまれた幻を指して「ことばのアメーバ」と呼んでいますが、こうした「ことばのアメーバ」は、自明性、啓蒙、社会的関心、合理性といった意味合いをもつとしても、けっして、われわれ自身が自分で味わい、嗅ぎ、体験することのできるようなどんなものも言い表すことができないのです。このような、ことばの蜃気楼のゆらぐ「意味論的な砂漠」とも言うべきもののただなかにあって、われわれはどうしても「ライナスの毛布」がほしくなります。つまり、いつも身近にかかえ歩くことができて、聖なる価値を手ぎわよく守ってくれるような気がする、威信ある偶像が必要となるのです。ふり返ってみれば、国内における社会的正義も、海外における開発も、世界平和も、みなこうした偶像であったことがわかります。そして、いまやそうした偶像の新しい名が「生命」だというわけです。

言葉は、考える道具ですが、感じさせられる道具でもあります。考えるということは、身近すぎて分からなくなっている言葉を、自分から引きはがして、距離を置いて見えるところに置くことです。感じるというのは、この逆で、感じさせる言葉の中に没入して、それが客観的に何であるかを分からなくさせてしまうことです。
自分の言葉に酔う人は、論理的にハチャメチャでも、気にならなくなります。「人の
振り見て我が振り直せ」ではありませんが、自戒しなければ、と思います。
イリイチが批判する際に根拠にしている「聖書」は、人間にとってなんの根拠にもならない、とわたしは思いますが、イリイチが、
身近な、わたしたちが疑うこともしないでいる概念を、次から次へと批判していく姿勢には、学ばなくてはならないと思います。

シュタイナーの「バイオ」、ナチス・ドイツの「オーガニック」、日本有機農業研究会の「有機」などは、「生命」という語が持つイメージ喚起力を、とことん利用して、人びとを管理してきた実例として、挙げることができると思います。
ここからは、日本有機農業研究会の活動から、「生命」のイメージ喚起力を利用して
いると思われる例を、挙げていこうと思います。脱会記念スペシャルです。

近年の日本有機農業研究会の活動で、「生命」節を炸裂させたのは、去年の第36回全国大会でした。テーマが「つながるいのち つなげるいのち」です。「繋がる命 繋げる命」と漢字で書かないところがミソです。漢字で書くと、意味が伝わりすぎてしまうのです。「いのち」のほうが、ほんわか、ムードだけが伝わるのです。「つながる」と「つなげる」を並べて、違いの「が」と「げ」に注目させるのも、リアルにイメージさせないための策略です。
こういう全国大会に参集する人たちというのは、「いのち」や「つながり」に飢えて
いるのでしょう。しかし、有機農業は、人を引き寄せようとするだけで、本物の「いのち」には触れられないし、「つながる」ことも、できません。有機農業で作物を育てても、有機農業の作物を買って食べても、ただそれだけのことで、「いのち」や「つながり」とは関係ありません。宣伝というのは、人が集まれば、それでいいのです。
去年の全国大会の記念講演は、『生物と無生物のあいだ』の著者、福岡伸一さん。講
演の題が「生命とは何か? 食べ続けることの意味と有機農業」。ほとんど、「新興宗教いのち教」といった感じです。

同じく、去年の全国大会での基調講演として、一楽照雄とともに日本有機農業研究会の創設に参加した坂本尚さんが、「創立者一楽照雄と有機農業」という題で、次のように語っています。

 1972年、国連人間環境会議(ストックホルム)が開かれています。この国際的な会議でいろいろ検討をし、自然と人間の敵対矛盾関係を正していこうと論議しています。国連の会議というのは、そういうことが世界各地で検討されていたから開けたわけですね。それが1972年です。
 そのような時、一楽照雄は日本にいて、有機農業研究会をつくるにあたって、そう
いう世界の動きをちゃんと認識して有機農業の意味を把握し、そのことを宣言した。もう少し私なりの意味を申し上げますと、階級闘争の歴史は終わって、すなわちブルジョアジーとプロレタリアートの敵対矛盾関係ではなくて、自然と人間との敵対矛盾関係に地球がさらされている。70年代は、そこをどうするかを問題にする時代に入った。
 その、自然と人間の敵対矛盾関係を克服する能力をもっているのは、工場労働者=
プロレタリアートではなくて、農民なんだということを、一楽はその根底で考えています。およそ人類史上初めて、一楽は、農家が都会の人々を指導するべきだということを言った。そこに大きな意味があるということを申し上げたい。こんなことを言った人は、それまでただの一人もいなかった。

「人類史上初めて」ではありませんね。わたしが書いた前回の記事(「農民の誇り」のつくり方)でも触れましたが、藤原辰史さんが『ナチス・ドイツの有機農業』の中に引用している、ゲオルク・ハルベが、一楽の30年も前に、同じようなことを言っています。もう一度、前回の記事と同じ部分を引用します。

 例えば、ナチ期農業思想の重要な担い手のひとり、ゲオルク・ハルベは、有機農法を単に様式としてばかりでなく、人間の自然認識変革をもたらすものとしても捉えていた。ハルベは、ユダヤ人やイギリス人がもたらした「物質主義的世界観」が現在の自然科学の基礎となっていると指摘し、都市の研究室や実験用農場で得られた研究成果で満足する自然科学者の自然科学観を徹底的に攻撃している。その根拠となるのが、ゲーテの次の言葉だ。「自然を把握しそれを直接利用することは、人間にはほとんどできない。認識と実用のあいだに、人間は、妄想を見いだそうとする。かれらは、それを入念につくり出し、それにかまけて、利用するはおろか対象そのものを忘れる」。ハルベは、そうした人間の傲慢さを最も体現しているのが、生きたものを死んだものとして把握する自然科学者だと批判する。そして、生きたものとして把握できる農民をそれに対置させる。そのうえで農民は、農場内の土壌、植物、動物、人間のつながりのなかで生き、そうした有機的関連性のなかで自然を把握するので、化学肥料ではなく、農場内の家畜が排出した糞尿を肥料として用いるべきだと推奨している。いうまでもなく、その家畜の飼料も、農場内で育った植物でなくてはならない。最後には、有機農法を「国民社会主義的な仕事」として称賛さえしているのだ。

ナチス・ドイツは印象が悪いから、影響を受けたことを言わないでおこう、ぐらいまでは、まあ、同情もできますが、「人類史上初めて」の名誉まで奪うことまでやっては、やっぱり、まずいでしょう。これが、講演者の坂本尚さんの思い違いならばいいのですが、どうも、一楽照雄自身が、当時から、「自分たちが一番だ」と言っていたような印象を受けます。
こういう、自分たちに都合がいいように言う、正しくなくても、人が思ったように動
けばそれでいい、という発想で言う、「大本営発表」みたいな体質になるのは、一番最初に「有機」という、多義的な語を看板に掲げた最初の時点で、もう運命づけられていたような気が、わたしにはしてなりません。

|

« 「農民の誇り」のつくり方 | トップページ | 一楽照雄と日本有機農業研究会 »

理念」カテゴリの記事

草生雨読」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175263/44023505

この記事へのトラックバック一覧です: イバン・イリイチ、桜井直文監訳『生きる思想』(藤原書店):

« 「農民の誇り」のつくり方 | トップページ | 一楽照雄と日本有機農業研究会 »