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2009年3月

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族絶滅」』(柏書房)、読み終わりました。いやー、すごい人間ドラマですね。「農」に関わる人は、自分がやっていることを少しでも相対化して自覚できるようにするためにも、この本は、絶対に読んだほうがいいです。

以下、感想を述べていきます。引用は、すべてこの本からです。著者の藤原辰史(ふじはらたつし)さんの地の文でない、つまり「孫引き」の場合は、出典と発言者名を【】に入れて表示します。

まず、主な登場人物から。

この時代のドイツを中心にした地域に、最も大きな影響を与えた人物は、言うまでもなく、アードルフ・ヒトラーです。1933年に首相に当選。1945年に自殺するまでの12年間、ひたすらに、戦争と領土拡張をすすめました。
有機農業に関わる情報としては、ヒトラーは菜食主義者で、有機栽培の野菜ばかりを
食べていたそうです。また、タバコぎらいとしても、知られています。「健康マニア」的なところがあったようです。

次に影響力があったのは、ルードルフ・シュタイナーでしょう。人智学の祖です。人智学というのは、一口に言えば、オカルティズムです。ドイツ土着の風俗・習慣をルーツに持っています。
シュタイナーは、ヒトラーより30歳ぐらい年上で、ヒトラーと同時代を生きてはい
ましたが、ヒトラーが政権をとるころには、すでに亡くなっていました。亡くなる前年に、農業についての連続講演をしていて、この講演内容が、シュタイナー亡きあとにも、「バイオ・ダイナミック農法」と呼ばれる農業運動となって、ずっと影響を及ぼしていくことになります。

シュタイナーの農業に関する思想は、「バイオ・ダイナミック農法」という方法論によって引き継がれていきました。バイオ・ダイナミック農法指導者として、バイオ・ダイナミック農法全国連盟の中心人物として活躍したのが、エアハルト・バルチュいう人物です。この「バイオ・ダイナミック農法」が、ヒトラーのナチス・ドイツの農業政策に、大きな影響を与えていくことになります。

ナチス・ドイツ政権の内側で、「バイオ・ダイナミック農法」をとり入れようとしたのが、「帝国食料大臣・帝国農民指導者」の肩書きを持つリヒャルト・ヴァルター・ダレーです。今の日本で言えば、農林大臣にあたります。
ダレーは、ハレ大学で農学士を獲得していて、人種学を畜産学の知識を応用して修得
しました。そして、ナチスの人種イデオローグになりました。
ダレーはまた、喘息・湿疹・肝臓病の持病を持っていました。病気を治したくて、有
機農業に近づく人も、多いですよね。

それから、もう一人います。泣く子も黙る、親衛隊隊長のハインリッヒ・ヒムラー親衛隊と言ったら、公営のテロ組織みたいなもので、その隊長ですから、それはもう、恐ろしい人なわけです。
「バイオ・ダイナミック農法」は、戦時の農法には向かない、とうことで、ナチス・
ドイツでは、表向きには禁止されてしまいますが、ヒムラーたちが、「強制収容所」附属の実験施設で、「バイオ・ダイナミック農法」の方法論を引き継ぐような農園を展開します。
ヒムラーの経歴について書かれている部分を引用します。

ハインリッヒ・ヒムラーは、1922年8月5日ミュンヘン工科大学で農学士号を取得し、化学肥料のコンツェルンに入社したがすぐ辞め、1928年にミュンヘン郊外で50羽分の鶏舎を建て、結婚したばかりの妻と養鶏で身をたてようとして失敗した経験の持ち主でもあった。

なんか、新規就農の典型のような人ですね。会社の仕事になじめなく、奥さんと一緒に就農してみたけれど、それも結局うまくいかなくて、やめちゃった、みたいな。
で、農業をやめたあとに、親衛隊という血なまぐさい仕事に手を染めて、これは適性
があったのか、隊長にまでのぼり詰めます。そして最後は、「強制収容所」という、死臭がたちこめるような場所で、囚人を労働力として使って、かつて自分たちが失敗した有機農業を、再びはじめるのです。けおされるような光景ではありませんか。
ちなみに、ヒムラーも、総統ヒトラーや、官房長官ルードルフ・ヘスなどと同様に、
菜食主義者でした。

ヒトラー総統、シュタイナー教祖、バルチュ農法指導者、ダレー農林大臣、ヒムラー隊長。このあたりが、主な登場人物です。ひげのヒトラー以外は、多くの人は、顔を思い浮かべられないと思います。適当に、それっぽい人の顔をはめ込んで、想像してください。では、ドラマのはじまりです。

1928年に、ルードルフ・シュタイナーは、農業についての連続講演をおこないます。この講演の内容は、鉱物性肥料を中心に形成された従来の農法を否定して、堆肥の使用を主軸にした農法を主張します。農場全体を一つの有機体と見る考え方と、「生命が存在するかどうか」を重視するところが、特徴的です。このころ、いわゆる「化学肥料」がつくられるようになりますが、これに対してシュタイナーは、「生命が存在していない」と言って、批判します。
シュタイナーの、この、農業についての連続講演は、本にまとめられて、日本語にも
翻訳されていますが、わたしは、時間の無駄のような気がして、読んでいません。サンプルとして、『ナチス・ドイツの有機農業』に引用されている部分を、孫引きします。

【ルードルフ・シュタイナー『農業講座』】
植物の内部に動物や人間のための食料となる物質が作り出されている場合には、ケイ
石質という回路を通って火星、木星、土星が参与しています。ケイ石質は植物という存在を大宇宙の中へと解き放ち、植物の諸感覚を目ざめさせて、この地球から遠く離れた諸天体が形成したものを、全宇宙圏から受けとるようにするのです。

詩的ですか? わたしは、頭が痛くなってきます。シュタイナーの言説には、有機農業に特徴的に見られるような、「生命」「有機体」のイメージを強調する手法が表れています。藤原さんは触れていませんが、これは、シュタイナーがゲーテから影響を受けたのではないかと、素人考えで思います。
また、藤原さんが、「少なくともシュタイナーの占星学的な言説は、星座の位置で種
を蒔く時期を決めていた農民たちの古くからの伝統と無関係ではなかった」と指摘するように、ドイツの伝統、古くからある風俗・習慣をルーツの一つに持つ点は、シュタイナーの「農業講座」を引き継いだ「バイオ・ダイナミック農法」が見せた、ナチス・ドイツの農業政策との親和性を勘案すると、とても重要なことと思われます。

シュタイナーが、農民をおだてる、農本主義的な発言としては、次のようなものがあります。

【ルードルフ・シュタイナー『農業講座』】
農民の「愚かさ」は神の前では叡智であります。農民たちが自分たちの仕事について
考えてきたことは、学者たちが考えてきたことよりも、はるかに優れたことであったとわたしはいつも思い続けてきました。

農民に働く「意義」を意識させ、生き甲斐を持たせる、このような言説は、戦争国家、領土を拡張していく国家、そして、ナチス・ドイツのように、食料生産の主な担い手が同胞のドイツ人であったような国家にとっては、どうしても必要とされるものであったのです。
その意味で、同じ時期に、イギリス領インドで有機農業をはじめたアルバート・ハワ
ードとは、事情の違いがありました。ハワードは、次のように言っているそうです。

【アルバート・ハワード『土壌と健康』】
インドール方式は一般に知れわたり、大規模プランテーション産業――コーヒー、コ
コア、砂糖、トウモロコシ、タバコ、サイザル麻、イネ、ブドウ――にとって、収量、品質ともに著しく改善されたために、もっとも有利な方法であることが理解されるに至った。

ハワードの有機農業が普及したのは、大英帝国の植民地・自治領で、安価な労働力をふんだんに使える国ぐにであったのです。
ハワードは、シュタイナーのオカルティズムを批判しました。これは、文化的ルーツ
の違いというよりは、シュタイナーは、同じドイツ人を農業へ動機付けしなければならなかったのに対して、ハワードには、その必要がなかった、そういう背景の違いではなかったかと思われます。
アメリカやソ連のように機械・肥料・農薬を使うか、ハワードのような植民地有機農
業でやるか、シュタイナーのようなオカルト有機農業で農民を鼓舞するか、当時の、食料増産の課題に対応する方法は、このような選択肢になっていたようです。

このように、農業というものは、「やらせる」工夫をしなくては成り立たないような、《いやな》仕事なわけなのです。
おそらく、根本的な問題は、食料増産をしなくてはいけないという指向、国は繁栄し
なくてはいけないという指向、自分たちの文化を他所の地域に拡張していかなくてはいけないという指向、なのでしょう。ここを解決しなくては、人類は、永遠に苦しみ続けなくてはならないでしょう。
どのような農業が悪いのかではなくて、もっと根本的に、農業というものは、すべて
悪いのではないか、という視点が必要になってくるのだと思います。
↑この段は、わたし田中の意見で、藤原さんは、こんな「非常識」なことは言ってい
ません。念のため。

「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの有機農業との間には、宗教的なレベルでの共通性があります。ナチ党員で、農園経営者のヘルマン・ラウシュニングが書いた『アードルフ・ヒトラーとの対話』の中に、次のようなヒトラーの発言があるそうです。地の文に組み込まれた引用になっているので、ヒトラーの発言の部分だけを抜き書きします。

【ヘルマン・ラウシュニング『アードルフ・ヒトラーとの対話』の中のヒトラーの発言】
ドイツの農民は、未来への信仰を忘れはしなかった。キリスト教精神は、そのうえに
覆い被さっているだけである。ドイツの農民は、キリスト教を捨てて独自の信仰に到達しなければならない。教会は、農民が本来もっていた、自然、神性、姿なきもの、デモーニッシュなものについての神秘的知覚を破壊してきた。しかし、農民気質はキリスト教を破壊できる。なぜなら、農民の背景には、自然と血に根ざした真の信仰の力がひそんでいるからである。

農民が風俗・習慣として伝えていた、そしてもちろん「農法」としても伝えていた、ドイツ的な伝統を大切にしたシュタイナーの思想と、このようなヒトラーの発想とは、よく似ています。時代の前後関係からすれば、ヒトラーがシュタイナーから学んだのでしょうが。

この、ラウシュニングが書いた別の本、『保守的革命』から、アメリカの有機農業運動の指導者ジェローム・アーヴィング・ロデイルの主著『黄金の土』に、ナチス・ドイツの有機農業の思想的に重要な部分か引用されていることを、藤原さんは指摘して、その引用部分を再引用しています。『黄金の土』は、一楽照雄が日本語に訳して、日本有機農業研究会の活動に大きな影響を与えました。日本有機農業研究会は、ロデイルを日本に呼んだりもしています。
ロデイルつながりで言えば、ナチ党政権時代に、「バイオ・ダイナミック農法」の実
践家、エーレンフリート・プファイファーが、はるか遠いアメリカに移住して、農園を営みます。プファイファーは、ロデイルに直接的な影響を与えています。プファイファーは、英語で『バイオ・ダイナミック農法および園芸』という本を出版していることも、藤原さんは指摘しています。プファイファーという人は、すごいことをしているわけです。
もう一つ、ロデイル関連で付け足しますと、「自然農法」の岡田茂吉も、ロデイルと深い
関係があるらしいですが、わたしは、岡田茂吉の本を読んだことがないので、それがどのような関係なのか、判然としません。ネットで検索すると、岡田茂吉からロデイルへ多額の活動資金の提供があったような記述が、ちらほらありますが、どこまで信じていいのか判断できません。

話は前後しますが、ヒトラーの発言の中にあった「自然と血に根ざした真の信仰」に関連するエピソードを、藤原さんは紹介しています。1940年に、帝国食料大臣ダレーに会見した、報知新聞特派員、藤澤親雄が、『戦時下のナチス独逸』で伝えているダレーの、次のような発言です。

【藤澤親雄『戦時下のナチス独逸』の中の、ダレーの発言】
ナチスの世界観は、日本の神道に非常に近い。そこで我々は、日本のやうに先祖崇拝
の感情を振興しようと思ふ。この感情が起つてこそ、過去の伝統と現在の生活とが固く結ばれる。斯かる意味に於て、独逸は日本に学ぶ点が多い。

ドイツ人という人種の「血」に、とことんこだわるナチスが、先祖崇拝という形で、自然に「血」の意識を持っている日本の文化に学びたいと言っているのです。
ドイツ人が、キリスト教を押しつけられる前に持っていた信仰世界に郷愁を感じるよ
うに、わたしたち日本人も、近代化以前からあった神道的な世界観(ゆがめられた国家神道ではなくて)に、理想を重ねがちなことを考え合わせると、「血」という概念の持つ強さ、しぶとさに、改めて驚かされます。
「血」と言えば、わたくしごとですが、わたしは、父方も母方も元は「田中」姓では
なく、また、きょうだいがなく、配偶者も子どももなく、「田中家の墓」なんてのもないので、「家」的な観念が、さっぱり分かりません。加えて、子どものころ、まだ赤ん坊の生まれ方といいますか、人間の生物学的発生のし方のようなことを知らないころに、周囲の大人たちが、「血がつながっている」とか「誰それの血を引く」とか「血を分けた」とか「血縁」とか「血統」とか「血族」とか「混血」とか言っているのを聞いて、てっきり、赤ん坊は、両親の血を混ぜてつくるのだと、思い込んでいたのですが、真実を知ったときには、「だまされた!」というくやしさがこみ上げてきたのを、はっきりと覚えています。胎児と母体は、胎盤をとおして、酸素・栄養・老廃物の交換をしていますが、血は、一滴も混ざっていません。わたしは「血」という概念によって、「言葉は実体を伴わない」ということを、身にしみて知りました。

「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの有機農業との間には、宗教的な共通性があるほかにも、「生命」というイメージを横溢させたり、農民を農作業へ動機づけたりと、共通する性質が多くあって、互いによく共鳴し合いましたが、1941年、ナチスは、「バイオ・ダイナミック農法」を禁止します。バイオ・ダイナミック農法全国連盟のメンバーが逮捕されたり、機関誌が発禁になったりします。食料増産を急ぐあまり、化学肥料をとり入れたり、まどろっこしい「オカルト儀式」をやめさせたり、したくなったのではないかと思います。
しかし、「バイオ・ダイナミック農法」は、ナチスの外では、名前を変えて、「農業
研究所」のような形で残ったり、ナチスの内側では、ハインリッヒ・ヒムラーのような人が、「生命法則農法」という名前で、引き継いでいきます。
「バイオ・ダイナミック農法」のような、似ていて微妙に違うものを、利用するか、
禁止するかという判断、言い換えれば、とり込むか、排除するかという判断は、非常にむずかしいと思われます。「歴史に‘イフ’はない」と言いますから、もし「バイオ・ダイナミック農法」が禁止されていなければ、ということは、考えてもしようがないのかもしれません。でも、1941年に、はっきり禁止されていたからこそ、ナチ党と心中しないで、戦後も生き残れたことを思えば、「バイオ・ダイナミック農法」の側からすれば、禁止されてよかったのかもしれません。ちなみに、人智学自体は、すでに1935年に、禁止されています。

藤原さんは、「バイオ・ダイナミック農法」が、辺境を求めて、世界各地に拠点を築き上げていていることを指摘しています。ヨーロッパ東部への進出に関しては、ナチスは、「バイオ・ダイナミック農法」が開拓した拠点を利用していけばよかったのです。
この、ナチスと「バイオ・ダイナミック農法」との関係のくだりを読んで、わたしは
、植民地を拡大していた時期の、列強各国の、キリスト教教会と帝国軍隊の関係を思い浮かべさせられました。「バイオ・ダイナミック農法」が、農園開拓の形で周辺諸国へ「進出」していくのと同じように、キリスト教の教会も、軍隊による植民地化の露払い役を果たしてきたからです。

「血」の観念に関わる論題を、もう一つ。
藤原さんが本書の中で何度も繰り返して訴えていること、それは、ナチスが、生命に
対して、ディープ・エコロジー的な、豊かで、慎ましい感覚を持っていながら、なぜ、大勢の異民族を殺すことができたのか、ということです。引用します。

アードルフ・ヒトラーは、1933年11月24日、「動物を不必要に苛めたり手荒く虐殺すること」(第1条(1))と「麻酔なしの非専門的方法で動物に苦痛をともなう手術を行うこと」(第2条の(9))を禁じた「動物の保護に関する法律」を定め、1934年7月3日には狩猟の制限を定めた「狩猟に関する法律」、1935年6月26日には、「帝国自然保護法」を制定していたのである。マイヤーに代表されるナチスのこうした「生命に対する感覚」、自然に対する慎ましやかな態度は、人間の「生物学的抹殺」を傍観するどころか、むしろそれに積極的にかかわっていたのである。その一方で、ヒトラーやマイヤーたちナチスは、近代西洋の膨張と工業化を支えた「自然=無尽蔵」の思想に抵抗し、人間の無力さと自然の偉大さを強調し、「人間中心主義」的世界観からの脱却を図ろうとしているのだ。

マイヤーというのは、3100万人の他民族をシベリアに追いやり、そのうち1700万人を虐殺するという、「東部総合計画」を立案した、ベルリン大学教授の、コンラート・マイヤー=ヘトリンクのことです。
動物の権利を認めながら、人間は殺すことができる。このちぐはぐさを、藤原さんは
、ボリア・サックスの言葉を引きながら説明します。

【ボリア・サックス『第三帝国における動物たち――ペット、スケイプゴート、ホロコースト』】
ナチスのやり方は、動物と人間とのあいだの境界を曖昧にすることで、人間の殺害を
動物を殺すように見せることだった。

人間と自然との共生を謳い、人間を自然に溶け込ませようとするエコロジー的思想が、人間と動物との境界を曖昧にさせて、人間の殺害に抵抗を持たせなくさせる、ということらしいです。こういう解説は、なるほどと思わせなくもないですが、しかし、生き物を殺したいという「憎悪・敵意」を説明しているとは、わたしには思えません。この考え方は、心理的に人間を殺しやすくした説明にはなっても、人間を殺そうとした直接の動機を説明するものではありません。人は、たとえ小さな虫でも、「憎悪・敵意」がなければ、あえて殺そうとは思わないものです。
「憎悪・敵意」をあおったものは、何だったのでしょう。藤原さんは、あまり積極的
にはお書きになっていませんが、わたしは、それは、優生思想だったのだと思います。優生思想に、人種(幻想としての「血」です!)への偏見を結びつけて、非ドイツ人種への「憎悪・敵意」をあおったのです。
仕事で栽培や牧畜をしたことがある人ならば分かると思いますが、それらの活動には
、優生思想が深く浸透しています。充実した種を選んで、畑に植えます。遺伝する障碍がある家畜には、子を産ませません。こういう優生思想に、非ドイツ人種への偏見を結びつければ、人びとの意識は、容易に迫害へ向かいます。
まあ、優生思想についての解説は、「言い古されて」いるので、あえて、今まであま
り言われてこなかったエコロジー的思想の落とし穴を強調してみせたのかもしれませんが。

ナチスの思想は、反キリスト教的ではありますが、被迫害意識をかきたてて、怒りや憎しみの感情を外部にぶつける心性は、キリスト教から感染したのかもしれないと、わたしは思います。
旧約聖書に見られる選民意識と、ドイツ民族の優秀性を信じる姿は、大変よく似ています。自民族へのプライドが高まると、過去に受けた屈辱を、何らかの形ではらしたくてしようがなくなるのではないでしょうか。それも、直接屈辱を加えた相手ではなく、屈辱を加えられたという事実を隠すように、攻撃する対象をずらして、悪感情をぶつけていくのです。

もう一つは、地政学的な条件が、ナチス・ドイツを、「人種」迫害に向かわせた、と考えることもできます。他の列強諸国が、本国とは遠く離れた、人口密度の低い植民地で、ただ同然の労働力がいくらでも使える状況であったのに比べて、当時のドイツは、いわば周囲を全部「敵」に囲まれた中で、領土を拡張していかなくてはならず、獲得した領土に元もと住んでいた人たちを奴隷にするのもむずかしく、結局、追いやるか、殺すしかなかったのではないか、と思われます。つまりナチス・ドイツは、土地がほしかったのであって、そこに住む人びとは、いらなかったのです。
もっとも、地政学がナチス・ドイツで発展した学問であることを考え合わせると、こ
ういう地政学的発想は、あと付けの言い訳にすぎないとも言えますが。

本書の一連の考察で見てきたことが、ナチス・ドイツだけに限った問題でないことは、わたしたち日本人も、「満州」で、これと同じような植民活動をしたことを思い出せば、すぐに理解できます。藤原さんは、「満州」の農業政策に影響を与えた、黒澤酉蔵(くろさわとりぞう)の「循環農法」の思想をとりあげています。
黒澤酉蔵といえば、北海道ではよく知られている人です。雪印乳業の創業者ですし、
キリスト教主義学校の酪農学園大学の創設者でもあります。酪農学園は、「神を愛し、人を愛し、土を愛する」三愛精神というのを、建学の精神として掲げています。
黒澤の「循環農法」は、家畜の糞尿を肥料として利用する、物質的に地域で完結する
有畜農業で、人間と作物と家畜と土との関係の考え方が、ナチスの「生命空間」の思想ときわめてよく類似している、と、藤原さんは指摘しています。そして、黒澤が、ナチスの人種思想に共鳴していたことを裏付けるものとして、次のような発言を引用しています。

【黒澤酉蔵『健土国策と有畜機械農業』】
我々の食物を考へて見るといふと、化学肥料といふものは丁度卵か牛肉といふもので
あるのであります。蛋白質であります。それでは蛋白質ばかり食つて居ればよいかといふと、さうでない。我々の主食となるのは米なり、麦なり、粟なり、稗なりといふものが主食であつて、さうして魚とか肉とかいふものは、これは所謂栄養の不足分を補ふ補助食物であります。補給食物であります。実は我々欧米の間違つた文化が世の中に広がりまして、これをユダヤ医学と言ひ、ユダヤ文明と申して居りますが、学問の中毒といふものになつて、何でも御馳走さへ食へればよいといふことで、却つて健康を害して居る。

藤原さんは触れていませんが、一楽照雄(いちらくてるお)が日本有機農業研究会を設立するときに、肝心の「オーガニック」を日本語で何と訳すかを黒澤酉蔵に相談しています。一楽は、ロデイルをとおしても、ナチス・ドイツの有機農業に影響を受けています。「生命」のイメージを横溢させたり、農民をおだてたりする手法は、そっくりと言ってもいいほどです。
上に引用した黒澤の発言にも見られますが、有機農業にまつわる言説には、偏見が入
り込みやすい傾向があるようです。わたしたちは、言葉のムードに溺れることなく、批判的な心構えをしっかり保って、言葉の手品にだまされないように気をつけたいものです。

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