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2010年1月

筑波常治「エピローグ――亡国の思想を!」

筑波常治さんの『自然と文明の対決』(日本経済新聞社)を読むシリーズ。途中をすっ飛ばして、いよいよ最終回です。「エピローグ――亡国の思想を!」を読みます。

筑波さんは、「文明には「寿命」がある」と言います。人間が生まれ、生長し、老衰し、死んでいくのと同じように、文明も、生まれ、生長し、老衰して、死んでいく、ということです。生きものの種属も、突然変異で新しい種属が生まれて、環境に適応すれば、生き残り、適応できなければ、滅んでいくのと同じで、この考え方は、進化論になじんでいるわたしたちには、特に奇異だとは思えません。ある特徴を持った文明が発生し、自然環境に適応しながら発展しますが、何らかの事情で環境に適応できなくなって、やがて衰退して、いつかは亡びるのです。
時間の長さで言えば、一人の人間の一生は、せいぜいがんばって生きても100年ぐらいでしょうが、一つの文明であれば、何百年、何千年という寿命になるでしょう。しかし、一人の人間が、いつか必ず死ぬように、一つの文明も、いつかは必ず滅びていきます。事実、今までも、数多くの文明が滅んできました。一人間や、一文明にとどまらず、人類という種属も、いえ、生物という現象全般も、永遠ではあり得ないでしょう。何億年、何十億年先まで、地球が生命を養える環境であり続けるとは、誰も保証できません。

筑波さんの考えによると、稲作文化を中心に発展してきた日本は、元禄時代に文化の絶頂を迎えたのだそうです。元禄時代には、凶作や地震や富士山の噴火などといった災厄があったにもかかわらず、残された文化は非常に高度で、明るい。筑波さんは、元禄時代を人生にたとえて、「もろもろの生理作用がバランスをたもち、肉体的にもっとも充実した青年期にあたるといえようか」と、言います。
ところが、享保時代あたりから、日本の社会は、人間と環境のズレ、自然と文化のバランスの歪みを増大させていきます。そして、明治以降、西洋文明の急激な摂取によって、社会的バランスの崩壊を早めた。現代の日本は、「文化的バランス」の歪みが、史上かつてないほど極端化している、いわば老衰期なのだ、と、筑波さんは言います。引用します。

 老人には、老人にふさわしい生きかたがある。年齢をわきまえずに青年期や壮年期とおなじにふるまうと、かえって死期をはやめるのみか、その死にかたをぶざまなものにするだろう。過去にも、多くの民族が、そのようにして、まだまだ前途があるつもりで、しだいにジリ貧におちいり、とうとう「史上まれにみる悲惨な滅亡」を遂げたという事例は、それこそ史上にまれでなく存在している。その愚をくり返さないため、この国の滅亡を前提にして、もっとも犠牲少なくそれを完了する準備こそ、何よりも必要ではあるまいか。亡国の過程をみずからの手で積極的に計画すること、これこそが最大の「愛国的」な行為という逆説がなりたつように考えられる。そこに目標をおいて、そこから現状への対策を考える。そのことがかえって逆に、日本の寿命を長びかせるいちばんの有効な処方箋かもしれない。

筑波さんがこの文章を書いてから33年たった今ふりかえって、日本は、ますますぶざまな突然死に近づいているような気がします。経済が落ち込み、人口も減少へ向かいつつある最近になって、やっと気づく人もでてきたようですが。
大切なことは、人間は必ず死ぬ、文明は必ず滅びる、永遠に続くものなどない、という事実を認めることでしょう。これをしないから、みんな失敗するのです。人間でも、文明でも、壮年期を過ぎたら、日常を生きながらも、同時に、上手に死ぬ準備を進めていくべきなのでしょう。どうやって? それは、筑波さんが言うように、「文化的バランス」の歪みを解消するように努力することによって、でしょう。間違った方向に偏ってがんばりすぎたことを深く反省して、生き方を変えていきたいものです。

もう一カ所、引用します。

 現在の日本では、相対的な言論の自由のもとで、日本国そのものの罪業への告発が盛んである。たとえばアイヌ人に対し、朝鮮民族に対し、そのほか多くのアジアの人々に対し、さらにはアジア以外の地域の民族に対し、日本はとくに明治以降、少なからぬ悪業を行ってきたというのである。そういった告発の多くに、わたしも同感だ。だが、そういう告発を声高におこなう以上は、それらの「犯罪」に対する代償として、日本人みずからの手で、この国を葬り去るだけの覚悟をかためるべきである。それだけの覚悟もなしに、つまり日本国の存続を空気のように当然のこととして、批判やら告発やらをくり返しているありさまは、生活の不安のない境遇のなかで、老人がグチをこぼしていることと何ら変わるまい。

この筑波さんの本が出版される2年から3年前にかけて、日本人のテロリストたちが「反日」の主張を掲げて、アジアの人びとを苦しめた日本の企業数社に対して、連続的に爆破事件を起こして、多数の死傷者を出しました。日本は、軍事的侵略だけではなく、民間企業の活動によっても、他国の人たちを苦しめてきました。テロリストたちが掲げた「反日」の主張に、筑波さんは「亡国」で呼応したのだと思います。
もちろん、筑波さんは、テロリストたちの犯行に同感したわけではありません。大きな歴史的な流れとしての「文化的バランス」の歪みのあらわれと、テロ事件の背景にひそむ問題とを、重ね合わせているのです。それにしても、多数の死傷者を出した事件のあとで、このような発言をするのは、勇気のいることであったろうと想像します。
日本のこのような、「覚悟をかためるべき」状況は、現在でも、基本的には、変わっていません。日本の軍隊は、アメリカがはじめた理不尽な戦争に追随しています。日本の産業は、諸外国の資源・労働力を安く利用することで成り立っています。現在の日本の文化は、諸外国の人びとの自給的な、「文化的バランス」のとれた暮らしを阻害することによって成り立っている、と言ってもいいのです。
バランスが崩れた文化は、他の周囲の文化のバランスも崩す。他の周囲の文化のバランスが崩れることによって、さらに深く、自らの文化のバランスが崩れていく……。悪循環です。どうやって清算しましょうか?

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筑波常治「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」

筑波常治さんの『自然と文明の対決』(日本経済新聞社)を読むシリーズ、第3回目は、「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」という章を読んでみます。初出は、昭和50年、雑誌「現代ビジョン」です。

去年、「農家になるには」みたいな、「就農本」とでも言ったらいいようなジャンルのハウツーものが、立て続けに出版されたようでした。目をなごませる「緑」に囲まれて、家族で楽しそうに農作業をしている写真なんかが、ページを飾っているようなやつです。
うちはテレビがないので見てないのですが、新規就農者のドキュメンタリーみたいな番組も、いろいろあったらしいですね。最近、農業って、ブームなんでしょうか。
(「田中さん、先見の明がありますね」なんて言われることがたまにありまして、そんなときは、「わたしがやっているのは農業じゃないんですけど;;;;」と、あせってしまいます。わたしは、失敗者です。6年前に東京から北海道に来たときは、確かに農業を目差していましたが、今は、完全にあきらめています。
北海道では、2反、3反程度の畑では、農業とは見なされません。趣味です。)

この筑波さんの「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」が書かれた昭和50年ころにも、農業の大切さを主張する言説が多かったらしいです。わたしも、同時代を生きていましたが、ぼんやりしていたので、気がつきませんでした。
もっとも、農業を持ち上げ、宣伝することは、それこそ、大昔からやられてきたことで、近年にはじまったことではないのです。このように、繰り返して起こる「農業が大切」「農業をやろう」ブームの中に、筑波さんは、農民と都市住民の思いのすれ違い・対立を読み取ります。引用します。

日本の歴史をかえりみると、つぎのことがいえる。それはいつの時代でも、農民のなかから、農業をやめてべつの活動の場をもとうとする人々があらわれ、これに成功することこそが、ほかならぬ「立身出世」になっていたという事実である。(中略)農業からの離脱に成功し、立身出世をとげた人々は、これを「しそこなった」あるいは「おくれをとった」人々にたいし、自分たちとは逆に農村へ足どめさせ、いやおうなく農業に従事させるための手段をとることになった。(中略)かつての日本の主産業は農業であり、日本人は全体として典型的な農耕民族の特徴をあらわしてきたにもかかわらず、その根柢においては「やむを得ず農業をやっている」という姿勢がつねにひそんでいたと考えられる。農業をやめたくてしかたがないという衝動が、いつも脈うっていたのである。(中略)みずからの願望を実現できた人間は、ほかの人間にたいして、反対の道を強制する。そういう農業に農民を従事させるため、農村離脱に成功して出世した支配層の側から、いわゆる狭義の「農本主義」が宣伝された。いわく、農は国の本、百姓は国の御宝、農業ほど健全ないとなみはない、勤勉は美徳である、土を愛し、自然を愛するのが、農耕の基本である……など。(中略)やむなくやらざるを得ない過重労働を、すすんでやるべきものと錯覚させることに、農本主義を鼓吹する目的があったのである。

すごいでしょう? すごいんですよ。
「就農本」や「就農ドキュメンタリー」、あるいは、新規就農者のブログなんかも、筑波さんが言う「狭義の農本主義」なのでしょう。そういうのって、苦労はしつつも、結果的にうまくいっている事例しか伝えてきませんでしょう? そういう情報だけから農村のイメージをつくって、農民に憧れて近づいていくと、いつか、痛いめにあうと思います。
体験農業で田植えや稲刈りの「まねごと(ごっこ)」をやっているレベルでは、わたしたちは「お客さん」なので、農民の「表の顔」しか見られないでしょうが、村人になるかならないか、という微妙なレベルに達すると、「裏の顔」がちらちら見えてきて、どきどきします。
農民の、都市住民に対する、抑圧されていた感情が爆発した例として、筑波さんは、戦争中の、疎開先や軍隊の中での「いじめ」の例を挙げています。

これから農村へ移住しようとしている人は、農民の多くは、農業という仕事を、心の奥底から喜んでやっているのではない、ということを、よく覚えておくといいでしょう。それは、あなたが農村に溶け込むために必要な基礎知識ですが、あなた自身の人生を、しっかりと納得できるものにするために必要な知識でもあるのです。

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筑波常治「日本的自然観と環境破壊」

筑波常治さんの『自然と文明の対決』(日本経済新聞社)を読むシリーズ第2回目は、「日本的自然観と環境破壊」です。初出は、昭和46年、雑誌「自由」。

この章の内容をまとめると、欧米に比べて日本の自然の浄化力はすぐれていたので、日本人は長いあいだ、汚い廃棄物は自然が浄化してくれると信じてきたが、自然の浄化力を超える廃棄物を出すようになって、この「信仰」が崩れてしまった、ということになります。
そして、汚い廃棄物によって破壊された環境を前にして、その原因を、機械文明の力不足のせいにする人たちと、機械文明を拒否しようとする人たちとに分かれて、けんかをしている、と筑波さんは言います。このへんの解説は、わたしには、説得力がないように感じます。こういうような2派に分かれて「けんかしている」ようには思えません。
確かに、機械文明を極端に拒否する動きを説明する方法として、自然の浄化力への「信仰」を挙げるのは、分かりやすいと思います。わたしは、筑波さんは、上記2派の中間の「機械を制御しつつ使いこなす」に結論を持っていきたくて、「2派に別れて……」のような解説をしているのではないか、と想像しています。そんな言い方をしなくても、極端な機械文明拒否の動きに対して、その観念性を指摘すれば、ことは足りるのではないでしょうか。実際に使ってみて問題の少ない、いわゆる「適正技術」であれば、いくら使ってもいいのですから。少なくとも、30年以上前に筑波さんがこの本を書かれた時代ではなく、今現在の一般的な日本人の機械文明に対する感覚としては、落ち着きを取り戻しているように、わたしは感じます。

筑波さんはまた、環境破壊の責任を大企業経営者の利益追求と、これを擁護する政府・政治家を非難するだけの人たちも、批判します。こういう人たち(端的に言えば「左翼」ですね)は、ソビエト連邦が崩壊して20年以上たった今でも存在しています。社会的に適当に安泰な位置にいつつ、言葉だけは威勢のいい、きれいごとを並べています。そして、似たような境遇の仲間が集まって、集団自己満足的な言葉を交わし合っています。
筑波さんの文を引用します。

 この立場に立つことは、本人にとって快適にちがいない。諸悪の根源は社会「体制」にあり、「政治」にあるのであって、自分たちにはない。
(中略)
巨大な悪党にたいし、弱者たる自分たちが団結してその非をあばくのだと思いこむことで、正義感は二重にくすぐられる。同時に、具体的にして根本的な解決策をあみだす責任のわずらわしさは、抽象的な「政治」におっかぶせることで、みずからは負わない。そして他方、日常生活では、機械文明の産物たるものを存分に享受し、便利な毎日を楽しんでいる。
 まさに社会科学の皮相的な理解こそ、自然への無条件な信頼にかわり、戦後民主主義のもたらした新宗教といえる。多くの日本人がこれにすがり、独善的な安心立命にひたっている。

初出の雑誌「自由」の版元の自由社は、いろいろ変遷があったようですが、この時代に、こんな原稿を載せていたわけで、「へえー」という感慨が湧いてきます。
筑波さんの、この文章が発表された時代に比べて、今の日本の環境破壊は、急性の劇症は緩和されてきましたが、慢性化・複合化は進んでいます。全国各地に建設されたダムや、原子力発電所など、のちの世代にまで引きずらされる問題が、たくさんあります。
世界に視野を広げれば、中国に代表されるような、これから大きく発展していくであろう国での環境破壊をどうするか、日本としては、発展の「先輩」として、技術的・政策発案的な分野で、協力できるところは協力していくべきでしょう。
空疎な言葉のぶつけ合いではなく、一人一人から、具体的・実践的な方法で、調和のとれた、持続可能な生活を創造していきたいものです。

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筑波常治「環境原論――日本農業と自然保護」

筑波常治さんの『自然と文明の対決』(日本経済新聞社)という、面白くてためになる本を、古本で見つけて、今、読んでいるところです。雑誌などに発表した12本のエッセー+エピローグで構成されています。このエッセーを、きょうから毎日一つずつ読んでいくことにします。
筑波常治(つくば・ひさはる)さん。日本農業技術史、生物学史の研究者で、エッセーも書いていらっしゃいます。昭和5年生まれなので、今年で80歳になられます。
今回読む本は、33年前に出版された本で、新刊でもそうですが、古本でもまず、手に入りません。出会えたわたしは、とても幸運でした。道立図書館には蔵書されていますので、近くの市立図書館とかでリクエストしておけば、取り寄せてもらえると思います。

では、最初の「環境原論」から、はじめます。初出は、昭和46年、雑誌「思想の科学」です。「原論」というだけあって、用語の吟味からはじまります。
「自然保護」という言葉が使われるけれども、筑波さんは、まず、自然と人工が対立概念であることを確認します。そして、保護とは人工的に手を加えることだから、自然に保護を加えたとたんに、それは厳密な意味での自然ではなくなる、と言います。ところが、どんなに人工的な風景でも、水と緑があれば自然があると、特に都会に暮らす人たちは誤解する、と言います。田畑を見て、「自然が豊富にある」と言ったりするのがそうです。この誤解は、日本の文化が、豊富な水や植物に依存して成り立っていたことに起因するのだろうと、筑波さんは言います。
田畑は、自然ではありません。人工的に作られた、生態学的に、非常に不安定な場所です。人間と雑草や害虫との攻防が繰り返されている場所なのです。ヨーロッパ農業が「三圃式」と言って、3年に1度休耕して雑草を生やしていたのに対して、日本の田畑は昔から極端に人工的です。そうなった理由として、筑波さんは、日本の気候や、生える草の性質を挙げています。
雑草や害虫の駆除が人力で限界までなされていた日本の農業では、戦後の農薬の普及は当然であったろうと筑波さんは言います。その上で、農薬禍の原因を製薬資本の営利主義だけのせいにするのは、農民に対する侮辱であり、都会人の思い上がりだと指摘しています。「下部構造は上部構造を規定する」というマルクスの言葉ではありませんが、どこに生まれて、生活基盤をどこに置くかによって、ものの見方、考え方が規定されてしまう現象が、ここにも見られるわけです。
わたしも、農業をやろうとして北海道に来て、そして、その困難さに気づいてあきらめたことによって、はじめて気がついた貴重な発見がいっぱいあります。自分の立ち位置を変えることは、非常に大切です。自分の生活の成り立ちを変えられない人は、いつまでたっても、それ相応の狭い考え方から抜けられないでしょう。

最初に出てきた自然保護という言葉の吟味にも関連するのですが、筑波さんは、日本で唱えられる「自然保護」は「特別な自然物の保護」だと言います。野鳥を愛する人たちは、美麗でも美声でもないカラスやスズメに冷淡なように。このような傾向を、筑波さんは「農業的感覚」の自然保護だと言います。言い得て妙です。
「自然保護」に関連して、もう一つ大切な指摘があります。それは、「自然界には生物種属間の栄枯盛衰が存在する」ということです。自然のままにしておけば、滅びる種属が必ずあり、新しい種属が必ず興ってくる、と、筑波さんは言います。しかし、「自然保護」は、この自然の営みに抵抗して、特定の種属を滅びないように保護する。
この問題提起は、人間の個別の文化とか、民族とか、あるいは人類そのものの「滅び」とつながる、重要な論題だと思われます。つまり、栄えることもあれば、滅びることもある、それが自然の姿だ、ということです。

「農業は自然破壊だ」という観点から、筑波さんは次のように言います。引用します。

 どれほど美しい野草であり、野鳥であろうとも、自然のままにしておくなら、少なくともその一部は絶滅へむかう。これが自然界の法則である。それをあえて保護するとなれば、そのために要する手間・管理は、これまた時代とともに増強されざるを得ない。この結果、現在のところ野鳥および野草とよばれている生物のいくつかが、将来は完全な人間の管理下におかれることになるだろう。自然保護の帰結はそういうことであり、つまり新しい農業(すなわち自然破壊)の再現なのである。

ここでは、「自然保護」は、農業化していく、という指摘をおさえておいて、少し角度を変えて考えてみましょう。
コリン・タッジという人が『農業は人類の原罪である』という本を書いています。英語の原題は、全く意味の違うものらしいのですが、中で言っていることは、題名どおりなので、この題名をいじってみましょう。
キリスト教の考え方によると、わたしたち人間は全員、原罪と呼ばれる罪を抱えているらしいのです。人間の本質として、罪を抱えている、という発想です。そしてこの罪は、救世主によってあがなってもらわなくてはならない、と誘導していくわけです。
仏教は、ものごとにはすべて本質がない(諸法無我)と考えます。ですから、「原罪なんてない」と、あっさり言ってしまいます。「あると言うなら、持ってきて見せてよ」と。
フロイトの晩年の文化論は面白いのですが、キリスト教が原罪を実在化したように、諸行動の根源としての「欲望」というものを実在化しているので、「人間というものは、欲望に動かされているものだ」という宿命論になってしまっています。
仏教思想の核心は、縁起・縁滅説です。ものごとは、すべて原因があって現象している。だから、その原因を滅すれば、その結果として現象している現実世界も滅することができる、と説きます。仏教は、「このよう」ではない別の世界を想像させる思想であり、世界を「このよう」ではなくさせる方法論まで教えてくれています。
わたしたち日本人が、なぜ雑草や害虫を忌み嫌うのか、なぜ勤勉に働きたがるのか、なぜ季節の変化に敏感なのか。そういったような性質は、日本人の本質ではありません。そういう性質を持った民族が日本人であり、日本人とはそういう性質を持った民族だ、と、同義反復的に言ってしまっては、何も説明したことになりませんし、何も変えられなくなります。神話というものは、有無を言わさず人びとの思考を型にはめるための道具だと言っていいでしょう。
現象には原因があるのですが、まずその前に、現象を把握することが、なされなければなりません。自分たちがまさにそのただ中にいる現象は、当のわたしたちに、非常に認識されにくい。視点を変えることによって、見えてくることがあるでしょう。異文化の中で暮らしてみるとか、社会的立場を変化させてみるとかいったことが、助けになるかもしれません。都市に住む労働者から農民や漁民に生活の基盤を変えてみるのも、とてもいいことだと思います。
現象の把握に続いてなされるべきことは、その原因の究明です。筑波常治さんがこの本の中で展開しているやり方は、とても参考になります。歴史的に見た、気候や、雑草や、作物の日本的特殊性を把握することによって、日本人のどのような性質がどのように形成されていったかを考えるのです。
自分たちの性質を知り、その性質が形成された原因を知ることによって、その性質の解消=克服の方法も分かってきます。方法論の面に限って言えば、仏教と科学は、大変よく似ています。

「環境原論」に戻ります。
筑波さんは、自然保護区の矛盾を指摘します。一定の土地を柵で囲って、内部に手を加えずにいても、自然は保護されない。保護区を自然界に近い状態に保つためには、人間による入念な管理が必要だ、と筑波さんは言います。田畑においてするような入念な管理が。
田畑は、土と作物以外のものを極力排した人工的な空間ですが、自然保護区は、定義上、人工的に手を加えてはいけないものを、人工的に入念に管理しなければいけない、という、にっちもさっちもいかないことになってしまうわけです。
このこともまた、わたしの悪いくせで、仏教にからめて言うと、ものごとは変化し続けている(諸行無常)、なのにそれを、「自然とは、これこれこういうものである」という固定的なイメージにとどめておこうとするから、無理なのだ、ということになると思います。

続いて筑波さんは、自然保護運動が地元民に冷たいことを指摘します。自然保護運動は、おうおうにして、地元民が文明の恩恵に浴することを妨げてしまうのです。「自然保護論者の大部分には、都会人のエゴイズムがあるように思われる」と、筑波さんは言います。そして、「これこそは、農村を〝都会の植民地〟たらしめようとする発想にほかなるまい」とも。都市と農村が分化して以来、農村は都市の植民地でした。週末に旅をして、農村の「豊かな自然」に触れて癒されたい。そのためにも、農村にある「豊かな自然」を破壊するな、と叫ぶ、都市住民のエゴイズムが、都市住民自身によって、それがエゴイズムであると自覚されることはあるのでしょうか。
中国の文明がこれ以上発展すると、公害がひどくなるとか、日本へ輸出する食料を自国消費に回されて困る、とか言っているのは、これと同じことです。中国人の立場で考えられない、エゴイズムの一種です。
丘浅次郎が、「所謂自然の美と自然の愛」の中で、自然を利用するしかない人間が、自然を愛するなどと言うのは欺瞞だ、という意味のことを言っていますが、それと同じ欺瞞が、自然保護運動の中にはあるのです。ちなみに、筑摩書房版の『近代日本思想大系 丘浅次郎集』の編集をなさったのは、筑波常治さんです。
いったい、どうすればよいのか。引用します。

 いったい、どうすればよいのか。自然保護にまつわる安易な幻想を捨てるべきだと思う。人間が自然を保護できるというのは、完全な思い上がりにすぎない。文明の起源とともに、人間が自然に対してなし得ることは〝破壊〟だけに限定されてしまった。現代人はこの宿命をしょいつづけるほかないのである。

「宿命をしょいつづける」とは、また悲観的な言い振りですが、まず、ここをきっちりさせないと、先へは進めません。もちろん、このような自然と人間の関係を十分理解した上で、非常に逆説的なやり方で折り合いをつける方法はあるのですが、それはまた別の文章になりますので、きょうは、ここまで、です。

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