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筑波常治「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」

筑波常治さんの『自然と文明の対決』(日本経済新聞社)を読むシリーズ、第3回目は、「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」という章を読んでみます。初出は、昭和50年、雑誌「現代ビジョン」です。

去年、「農家になるには」みたいな、「就農本」とでも言ったらいいようなジャンルのハウツーものが、立て続けに出版されたようでした。目をなごませる「緑」に囲まれて、家族で楽しそうに農作業をしている写真なんかが、ページを飾っているようなやつです。
うちはテレビがないので見てないのですが、新規就農者のドキュメンタリーみたいな番組も、いろいろあったらしいですね。最近、農業って、ブームなんでしょうか。
(「田中さん、先見の明がありますね」なんて言われることがたまにありまして、そんなときは、「わたしがやっているのは農業じゃないんですけど;;;;」と、あせってしまいます。わたしは、失敗者です。6年前に東京から北海道に来たときは、確かに農業を目差していましたが、今は、完全にあきらめています。
北海道では、2反、3反程度の畑では、農業とは見なされません。趣味です。)

この筑波さんの「「農業見なおし論」のまぼろしと現実」が書かれた昭和50年ころにも、農業の大切さを主張する言説が多かったらしいです。わたしも、同時代を生きていましたが、ぼんやりしていたので、気がつきませんでした。
もっとも、農業を持ち上げ、宣伝することは、それこそ、大昔からやられてきたことで、近年にはじまったことではないのです。このように、繰り返して起こる「農業が大切」「農業をやろう」ブームの中に、筑波さんは、農民と都市住民の思いのすれ違い・対立を読み取ります。引用します。

日本の歴史をかえりみると、つぎのことがいえる。それはいつの時代でも、農民のなかから、農業をやめてべつの活動の場をもとうとする人々があらわれ、これに成功することこそが、ほかならぬ「立身出世」になっていたという事実である。(中略)農業からの離脱に成功し、立身出世をとげた人々は、これを「しそこなった」あるいは「おくれをとった」人々にたいし、自分たちとは逆に農村へ足どめさせ、いやおうなく農業に従事させるための手段をとることになった。(中略)かつての日本の主産業は農業であり、日本人は全体として典型的な農耕民族の特徴をあらわしてきたにもかかわらず、その根柢においては「やむを得ず農業をやっている」という姿勢がつねにひそんでいたと考えられる。農業をやめたくてしかたがないという衝動が、いつも脈うっていたのである。(中略)みずからの願望を実現できた人間は、ほかの人間にたいして、反対の道を強制する。そういう農業に農民を従事させるため、農村離脱に成功して出世した支配層の側から、いわゆる狭義の「農本主義」が宣伝された。いわく、農は国の本、百姓は国の御宝、農業ほど健全ないとなみはない、勤勉は美徳である、土を愛し、自然を愛するのが、農耕の基本である……など。(中略)やむなくやらざるを得ない過重労働を、すすんでやるべきものと錯覚させることに、農本主義を鼓吹する目的があったのである。

すごいでしょう? すごいんですよ。
「就農本」や「就農ドキュメンタリー」、あるいは、新規就農者のブログなんかも、筑波さんが言う「狭義の農本主義」なのでしょう。そういうのって、苦労はしつつも、結果的にうまくいっている事例しか伝えてきませんでしょう? そういう情報だけから農村のイメージをつくって、農民に憧れて近づいていくと、いつか、痛いめにあうと思います。
体験農業で田植えや稲刈りの「まねごと(ごっこ)」をやっているレベルでは、わたしたちは「お客さん」なので、農民の「表の顔」しか見られないでしょうが、村人になるかならないか、という微妙なレベルに達すると、「裏の顔」がちらちら見えてきて、どきどきします。
農民の、都市住民に対する、抑圧されていた感情が爆発した例として、筑波さんは、戦争中の、疎開先や軍隊の中での「いじめ」の例を挙げています。

これから農村へ移住しようとしている人は、農民の多くは、農業という仕事を、心の奥底から喜んでやっているのではない、ということを、よく覚えておくといいでしょう。それは、あなたが農村に溶け込むために必要な基礎知識ですが、あなた自身の人生を、しっかりと納得できるものにするために必要な知識でもあるのです。

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