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2010年12月

土が凍る

深川市から平取町に引っ越してきて、環境的に大きな違いを感じたのは、雪が少ないということです。深川市から引っ越しの荷物を積んだ軽トラで出たときは、運悪く暴風雪の日で、荷台にかけたシートの上にごっそり雪が積もっていたのですが、平取町に着いてみたら、風は吹いていましたが、雪なんかなくて、雪を積んで走っている車なんて自分だけ、という状態でした。
深川市は雪が多い地方で、毎日家のまわりの雪かきをしないと、雪に閉じ込められて、家から出られなくなります。そんな心配のない平取町は、楽といえば楽です。ただ雪は、地面を寒風から守る断熱材の役割を果たしているので、雪が積もらないで地面がさらけているところは、土が凍ります。これが、根で冬越しをする植物に害を与えます。
深川市の自宅の前の庭で育てていた桃の木と食用菊の株を持ってきて、平取町の自宅の前の庭に植えたのですが、さて、来年まで生き延びることができるか、どうでしょうか。地元の方の助言では、木の根元に籾殻をまいてみてはどうだろう、ということなので、近日中にそうしてみようと思います。
深川市のような雪の多いところでは、木の枝に積もった雪の重みで枝が折れるので、雪囲いと言って、冬の間中、むしろなどで木を囲むことをするのですが、こちら平取町では、雪が少ないので、そういうことはしないそうです。
雪が少なく、寒さも比較的厳しくない地方の人の感覚では、「雪が多い=寒い」というイメージがあると思いますが、実際は、雪が少ない地域のほうが、寒風が直接に吹きすさぶ分、寒いのです。野菜なども、雪の中ならば保存できますが、雪のない天然冷凍庫状態のところでは、凍って傷んでしまうのです。

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海を見た

きょう、軽トラの車検の住所変更をするために、室蘭まで出かけました。強風波浪警報と、大雨雷注意報が出ていたのを、強行しました。海岸沿いの国道を行きました。
離れたところから見る海は、水面が持ち上がったり、沈み込んだりしていて、波は、岸に近いところまで来て初めて、スローモーションのように、白く崩れていきます。
道のすぐわきが海のところもあって、そういうところでは、波は大迫力で、見えているだけでなくて、崖にぶつかってできた波しぶきを、もろに車にかぶることになります。
波の高いときには波しぶきをかぶるようなところに、家が建っていて、人が住んでいる、というのは、海の近くに住んだことのないわたしには、不安な気分にさせられる光景です。
横風が強かったので、ハンドルを取られそうでした。

7年間住んだ深川市は内陸にあって、海がありません。北海道で海を見たのは、東京から友達が来たときに留萌に行ったときと、母の、礼文島の丘の上にある上村占魚の句碑を見たい、という要望を叶えに礼文島に渡ったときの、2回だけです。
留萌の海は、泳げるところではなく、釣りをする趣味もないので、適当に歩いて、磯の雰囲気を味わって、お刺身定食を食べて帰ってきただけでした。穏やかな海でした。
礼文島の海は、丘の上から見下ろしたので、遠くまでよく見えて、パノラマのようでした。漁師さんたちの生活も垣間見られました。フェリーの航行の速さに合わせて飛ぶ海鳥も、面白かったです。

わたしは、子供のころは、千葉県船橋市に住んでいました。太宰治の「黄金風景」に、その雰囲気が描写されている、船橋です。
あのころは、京成船橋駅のあたりでは、磯の匂いがしたものです。焼きハマグリなんかも、売られていました。今、ららぽーとTOKYO-BAYになっているあたりには、船橋ヘルスセンターというレジャー施設があって、そこで潮干狩りをすることができました。
もっとも、船橋市全体を見れば、多くは、関東ローム層の台地で、わたしはその台地のほうで育ったので、海には親しくありません。

当時はまだ冷凍庫を積んだ自動車はなくて、村に一軒だけあった魚屋さんでは、氷で魚を冷やしながら運んできて、店で売っていました。あまり活きのいい魚ではなく、店のまわりは、いつも生臭くて、近くを通るのさえ、いやでした。
そんなわけで、わたしは、活きのいい、おいしい魚を知らなかったので、魚を食べる習慣が身につきませんでした。
魚の顔とか、うろことかを見ると、食べられたがっていない「気配」を感じて、食べようとすることが気持ち悪くなることがあります。子供のころに形成された習慣は、一生ついてまわりますね。

海を見たら、昔のことを、いろいろ思い出しました。

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