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海を見た

きょう、軽トラの車検の住所変更をするために、室蘭まで出かけました。強風波浪警報と、大雨雷注意報が出ていたのを、強行しました。海岸沿いの国道を行きました。
離れたところから見る海は、水面が持ち上がったり、沈み込んだりしていて、波は、岸に近いところまで来て初めて、スローモーションのように、白く崩れていきます。
道のすぐわきが海のところもあって、そういうところでは、波は大迫力で、見えているだけでなくて、崖にぶつかってできた波しぶきを、もろに車にかぶることになります。
波の高いときには波しぶきをかぶるようなところに、家が建っていて、人が住んでいる、というのは、海の近くに住んだことのないわたしには、不安な気分にさせられる光景です。
横風が強かったので、ハンドルを取られそうでした。

7年間住んだ深川市は内陸にあって、海がありません。北海道で海を見たのは、東京から友達が来たときに留萌に行ったときと、母の、礼文島の丘の上にある上村占魚の句碑を見たい、という要望を叶えに礼文島に渡ったときの、2回だけです。
留萌の海は、泳げるところではなく、釣りをする趣味もないので、適当に歩いて、磯の雰囲気を味わって、お刺身定食を食べて帰ってきただけでした。穏やかな海でした。
礼文島の海は、丘の上から見下ろしたので、遠くまでよく見えて、パノラマのようでした。漁師さんたちの生活も垣間見られました。フェリーの航行の速さに合わせて飛ぶ海鳥も、面白かったです。

わたしは、子供のころは、千葉県船橋市に住んでいました。太宰治の「黄金風景」に、その雰囲気が描写されている、船橋です。
あのころは、京成船橋駅のあたりでは、磯の匂いがしたものです。焼きハマグリなんかも、売られていました。今、ららぽーとTOKYO-BAYになっているあたりには、船橋ヘルスセンターというレジャー施設があって、そこで潮干狩りをすることができました。
もっとも、船橋市全体を見れば、多くは、関東ローム層の台地で、わたしはその台地のほうで育ったので、海には親しくありません。

当時はまだ冷凍庫を積んだ自動車はなくて、村に一軒だけあった魚屋さんでは、氷で魚を冷やしながら運んできて、店で売っていました。あまり活きのいい魚ではなく、店のまわりは、いつも生臭くて、近くを通るのさえ、いやでした。
そんなわけで、わたしは、活きのいい、おいしい魚を知らなかったので、魚を食べる習慣が身につきませんでした。
魚の顔とか、うろことかを見ると、食べられたがっていない「気配」を感じて、食べようとすることが気持ち悪くなることがあります。子供のころに形成された習慣は、一生ついてまわりますね。

海を見たら、昔のことを、いろいろ思い出しました。

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コメント

久々に訪れてみると、なっ、なんと平取町にお引越しとか?! 何地区なのでしょうか? 平取町は、10年以上も前のサラリーマン時代に、仕事で行ったことがあります。
農業大学校での研修時に、平取町でトマト栽培での就農を目指す夫婦と知り合いましたが、以前に新聞で見て、今は成功しているようです。平取の農協はトマトに力入れてますもんね。
自由に移動できるのがうらやましくもあります。ここはやっぱり雪が多すぎる! 好きで来たとはいえ、現在でも雪が残っているのは全国でも幌加内町だけ。ある意味すごいけど・・・。
菊芋、漬物で食べています。

また、新たな出発に期待しています!

投稿: ポンコツ | 2010年12月 6日 15時36分

ポンコツさん

北海のヒグマさんですね。

深川市を出るときは、暴風雪だったのですが、平取町に着いたら、雪?どこに?な感じで、拍子抜けです。

二風谷の町営住宅に入れてもらえました。
仕事として農業をやるのは、やめるつもりなのですが、未練がましく、耕耘機やら鉄パイプの稲架やらを運んできて、大変でした。
「新たな出発」と、前向きな言い方をしていただけると、元気が出ます。ふつうの、一般的な見方では、挫折=行き詰まりでありますので……。

平取といえば、やはり、トマトですね。さっそく、袋いっぱいのトマトをいただいて、食べました。

キクイモ、わたしも掘ってきました。近日中に味噌漬けにします。
このブログの「検索フレーズランキング」を見ると、「菊芋の味噌漬け」で検索して来る人が、ここ最近非常に多いのですが、はやっているのでしょうか??

投稿: 田中敬三 | 2010年12月 6日 18時41分

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