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「献体」という選択

わたしは、「葬送の自由をすすめる会」のお世話になって、父の遺骨は山梨県内の森に、母の遺骨は宮城県内の森に散骨(自然葬)してきた。それで、わたし自身が死んだときにはどうしようかと考えた。わたしは、身内の者がいない独り暮らしなので、周囲の人たちに死んだ後の処理に面倒をかけるのは心苦しい。そんなときに思い浮かんだのが、「献体」という選択だ。どのような体でも、死んだ後にでも利用価値があるらしい。引き取っていただけるというのだ。わたしは、北海道大学白菊会というところに連絡して、献体を申し込んだ。引き取っていただく先方が迷惑に思っていないらしいところが、ありがたい。また周囲の人たち(ご近所とか職場とか)に、なぜそういう選択をしたかを解ってもらうための「大義名分(医学の進歩とか)」もあるのが、都合がいい。北海道大学には納骨堂もあって、利用された後は火葬されて、そこに納めてもらえるし、大学の関係者がお参りもしてくださっているそうなので、気持ち的にも落ち着けると思う。自分が死んだ後の葬送のやり方について考えている人は、選択肢の一つとして「献体」を検討してみてはどうだろうか。

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