畝間1メートル

Komugiunema1m

秋まき小麦、芽が出てきました。
小麦は、当地では、このように条まきではなくて、全面まきに近いまき方をします。わたしは、畝間に1メートルをとりました。近所の人が見たら、なんて無駄な畑の使い方をしているのかと、驚くのではないかと思います。
いいのです。このぐらい畝間があったほうが、間を通って作業をするのが、しやすいのです。草刈りなど、刈り払い機を持って、ダーッと走れば、片付いてしまいます。やろうと思えば、耕耘機を入れて中耕もできます。
小麦だけではなくて、来年は、すべての作目で、畝間1メートルを標準にしようと思っています。秋まきの小麦と、先日植えたニンニクから、このルールを適用しています。
去年は50センチメートル、今年は75センチメートル、そして来年は1メートルと、畝間が年ごとに広がっていきます。いいのです。北海道には、余っている畑地は、いっぱいあるのですから。
今年は、草の勢いに負けて、作物が日陰になって、熟度にばらつきができて、収穫できなくて、無駄になった作物が多かったです(豆類など)。来年は、そういう無駄をなくして、さらに、作業の軽減化をも目指します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地面から黒い虫が

Mushiwaki

虫に詳しい方、教えてください。
畑の地面の草の陰なんかに、写真のような黒い虫が集団でうごめいているのをときどき見かけるのですが、これは何なんでしょうか。まるで、地面から虫が湧き出てきているように見えます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

生きることを肯定すること

伊藤さんのブログの「排除する理由(後編)」という記事、かなり‘来て’ますね。

人間中心主義は、神話が根拠です。神が人間に、人間以外のものを自由に使っていい、と言ったからなのです。生めよ増えよ地に満ちよ、でしたっけ? 進歩・繁栄も、神がそれがいいと言ったからなのです。
ディープエコロジーの人たちは、自然の権利、ということを言います。権利は、人間だけのものではない、と。でも、この‘権利’という概念も、じつは、神によって担保されるものなのです。
‘権利’という概念を使わないで、人間の身勝手さを批判できるのでしょうか。
もしかしたら、‘批判’という行為も、神によって担保されるのかもしれません。
わたしたちにできることは、自由を生きることだけなのではないのか、という気が、最近しています。あるいは、自由を死ぬこと、でも同じです。いつか死ぬから、それまで生きているのですから。
‘○○からの自由’というような、神によってなされたもろもろの禁止の裏返しで幻覚される自由ではなくて、絶対的な自由。ただなるようになる自由です。
ものごとに‘本質’は存在しません。原因を滅すれば、その結果としての‘現実’を滅することもできるのです。変えられないものごとは何もありません。言葉を換えて言えば、ものごとは常に変化し続けているのです。無我だから無常なのです。
奪われていた‘力’を取り戻したとき、そこに現れるのが‘自然’なのでしょう。信じて、‘おまかせ’していいのは、自然の秩序、自然の調和、自然の法則。
伊藤さんの記事の最後にある、「神はイラナイ」の一言に、全幅の共感を献げます。

      camera   camera   camera   camera   camera

カメラを買いました。PENTAX K-m。おもちゃのように小さくて、軽くて、デジタル一眼レフとしては、かなり安価な機種。わたしは、植物の写真を撮ることが多いので、‘ここ’と思うところにピタッとピントが合ってもらわないと困るのです。今回買ったカメラは、きょう畑で‘撮影会?’をやりましたけど、ストレスがなくていいです。カメラ任せで、けっこうよく撮れています。技術の進歩って、すごいですね。
小さくて軽いのに、しっかり握れて、扱いやすいです。こういうポータブルの電子器機は、電源(バッテリー)のトラブルが多いですが、このカメラは、単三アルカリ乾電池を使うので、信頼性が高いですし、電池が切れても、替えが入手しやすくていいです。

Okabohonami

陸稲。一度は枯れかけたのに、よくここまで復帰したものです。

Morokoshi_inakibi

奥の、背の高い、赤っぽい穂が、モロコシ。手前の、黄色っぽい穂が、イナキビ。

Kikuimonoki

キクイモ。一年草なのに、樹木のよう。この勢いのよさが、この植物の身上です。

Egomashussui

白エゴマ。今年は強風にも倒れないで、がんばっています。

Watanoki

ワタです。もう秋だというのに、こんなにしょぼくていいのでしょうか。本当に綿がとれるのでしょうか。

Daizumi

豆の基本、大豆です。

Azukimi2

豆のもう一つの基本、小豆。色づいてきました。

Amakesshu

亜麻も種を結んできています。
↑こういう、ピントとボケで奥行きを感じさせるところが、一眼レフです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

強風

きのうは、強風注意報が出ていました。それでなくても、〈元水田畑〉は、「吹けば強風」の傾向がある地形なのです。強風とカラスの集団が付いてくるのが、この畑の難点です。
きょう、畑を見てみましたら、キクイモが、半分以上倒れていました。根を掘り出して、指ぐらいの小さい芋を、収穫しました。
綿の木が、キクイモの下敷きになっていましたが、救出しました。これからは、キクイモが倒れた分、日当たりがよくなりますから、喜んでいるかもしれません。
キクイモ、倒れて分かったのですが、地上部が大きい割には、根は小さかったです。で、根よりも遠くまで、芋の子どもたちのための地下茎が伸びているのです。少ない元手で派手な商売を展開して、貯蓄は金塊で、遠くスイス銀行に、みたいな感じでしょうか、人間で言えば。自分より次世代を優先しています。
去年、ボキボキに折れまくった白エゴマは、今回はそれほど倒れていませんでした。もう少し育ってから風が吹いたら、危なかったかもしれません。
〈元水田畑〉では、亜麻が倒れまくっていました。
ハトムギ、イナキビ、モロコシは、斜めになりながら、何とか耐えていました。
豆の支柱も、一部壊れていましたが、畝間に草が生えまくっていて、入っていきにくいので、放置することにしました。
小麦の収穫第1陣がすんだ稲架(「とうか」または「はさ」と読みます。うちのは、鉄パイプ製)が、ばっさり倒されていて、隣の畝の作物を潰していました。パイプは、壊れていませんでした。

〈住宅地の中の空き地畑〉では、ヒエが倒れていました。ここも、強風が吹いたのでしょうか。あした、ハウスバンドで、全体をぐるぐる巻きにしてやろうかと思っています。
この畑は、借りて2年目で、今年はヒエも、イナキビも、モロコシも、完全無施肥なのですが、どれも勢いがものすごいです。誰か夜中にこっそり来て、追肥をしているんじゃないかと疑いたくなるほどです。それぐらい、もともとの土がよかったのでしょうし、7月の長雨がよかったのでしょう。しかし、それで倒伏してしまうのですから、ありがた迷惑です。人間、ぜいたくなものですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ノビエ

カッコウが鳴いたら、豆の種を植えていい、と言われています。カッコウは、豆の種のまき時を教えてくれる鳥です。
このカッコウの卵の産み方が変わっています。他の種類の鳥の巣に行って、そこでサッと1個卵を産んで、替わりに前からあった卵から1個を持ち去って、食べてしまうのだそうです。卵をすり替えられた巣の主は、カッコウの卵もいっしょに育てることになります。
カッコウの親が親なら、子も子で、巣の主が産んだ卵たちより早くかえって、他の卵を巣の外に落とすのだそうです。そういう行為を、誰にそそのかされるわけでなく、本能でやってしまうところがすごいです。結局、巣の主は、カッコウの子ども1羽だけのために育児を続けることになるのです。
カッコウのこの一連の習性を、「託卵」と言います。託卵された鳥にしたら、迷惑この上ない話です。

これと似たことが、畑で起こっています。畑の中でカッコウに相当するのは、ノビエです。こいつです(中央の、穂がついているやつ)。

Nobie ヒエはヒエでも、作物のヒエではなくて、自生するヒエ、勝手に生えてくるヒエです。「ヤングマン」の振りの「Y」みたいに、葉っぱを脳天気に、斜め上に突き出しています。
嘘か本当かは分かりませんが、植物の種は、土の中で20年ぐらい種の形で生きていて、周囲の環境が発芽に適する状態になるときを待っている、という話を聞いたことがあります。もちろん種を植えてなんかいないノビエが、小さなマルチの穴の中に生えてきて、作物の成長を抑えて、いつの間にか主の顔をして、繁り栄えているのですから、「種20年間忍耐説」も、ありえそうに思えます。

ノビエは、どの畑からも生えてくるのですが、それほど大きくなる前に気づかれて、抜かれるか、刈られるかされてしまいます。ところが、ヒエ・イナキビ・モロコシ、陸稲、小麦、オオムギ、ハトムギなんかの、葉っぱの形が似ている作物のあるところに生えると、気がつかれないことが多いのです。穂が出てみて、「あ、これ違う!」と気づくのです。
わたしは、何も生えていない土に種をまいて、発芽を確認しました。作物以外の芽が育っているなんて、思いもよりません。ところが、いつの間にか生えて、葉っぱが似ているから見落とされて、少しずつ勢いを付けていって、最後には、植えた作物を抑えて、主人顔をして威張っているようなことになるのです。「穂が違う!」と気づいたときには、もう手遅れ。しょうがない、ここまで育ててきちゃったんだから、このままうちの子ということにしておきましょう、なーんてことになるのですね。ならないか。

ノビエ、手軽においしく食べられるのだったら、このたくましさは「買い」なんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

麦畑

Mugibatake

きのうの、麦畑の様子です。手前から、ハトムギ、オオムギ、陸稲、秋まき小麦です。秋まき小麦、スズメのえさ場と化しています。さっさと刈り取ってしまおうか、もう少し熟させようか、どうしたものか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドクダミ

わたしが今年借りている、3つの畑のうちの1つは、〈家庭菜園引き継ぎ畑〉と呼んでいるところで、たいして広くはないのですが、高いところあり、低いところあり、日当たりのいいところあり、日陰あり、乾いたところあり、湿ったところありで、とても変化に富んでいて、面白いところです。
均質な作物を量産しなくてはならないプロの農家にとっては、扱いづらい畑なのでしょうが、作物と環境についての理解が深まる、という意味では、わたしにとっては、実験室のような、学ぶことの多い、ためになる畑です。
この畑の角地に、掘ったら水が湧くのではないかと思うほど、なぜかものすごく湿った場所があります。このあたりは、草は生えるのですが、作物の種をまいても、根腐れするのか、草の陰になるのか、まともには育ちません。そんなところに、勝手に生えてくるのが、ドクダミです。
わたしは、このドクダミの葉っぱと花を摘んで、干して、ドクダミ茶を作ろうと思っています。水洗いして、一枚一枚見て、きれいな葉っぱを選んで、平ざるに広げて、干しています。

Dokudamihishi

ドクダミは、北海道から沖縄まで、広く分布しています。湿った環境をこのむようです。
どうやって、海を渡って、北海道に広まったのでしょうか。人間が持ってきて、栽培していたのでしょうか。ドクダミがこのみそうなところを見ると、ちゃんとはえているところがすごいです。適応できない地域や時代にあっては、種や地下茎の形で、じっと耐えてきたのでしょうか。

ドクダミは、独特の臭いがあって、きらわれることが多いのですが、お茶にすると、その臭いも、ほとんど気にならなくなります。ほかのお茶、わたしが栽培しているものの中では、たとえば、エゴマ茶とか、キクイモ茶とか、あるいは、今年初めて栽培するハトムギもお茶になりますが、それらとブレンドすると、ますますおいしくなります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

スベリヒユを食べてみる

畑の「雑草」を食べよう、のコーナーです。(←いつからそんなコーナーができたんだ?)
Suberihiyu01 スベリヒユです。アカザに負けず劣らず、「端正な面持ち(©サユール・イトシロさん)」ですね。特徴は、葉っぱに少し厚みがあって、てかてかしていることです。畑のそこかしこに出まくりです。取ったら食べろ、ということで、食べてみました。

北海道農業改良普及協会発行の、『カラーグラフ 山菜の楽しみ』によりますと、

利用部位 根を除いた全草。5~9月ころ摘む。
料理法 揚げ物とし、熱湯でゆでて水に浸し、あえ物、ひたし、酢の物、油いためとする。ゆで干して保存もできる。

Suberihiyuitame だそうで、さっそくゆでて、水にさらして、油いためにしました。塩味です。
調理すると、葉っぱのボリュームがなくなって、茎を食べているような感じになります。ツルムラサキのようなぬめりがあります。
酸味がありますが、水にさらす時間を多くすることによって、抜くことができます。おひたしにするのでしたら、少し長めにゆでたほうがいいと思います。

Suberihiyuhoshiami 「保存もできる」ということなので、干し網かごに入れて、乾燥させています。
材料はいっぱいありますので、保存食がいっぱいできそうです。
そのうち、「深川名物・干しスベリヒユ」なんて、売り出していたりして。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

草だらけ

Kusadarake

〈家庭菜園引き継ぎ畑〉の現状です。
大根、ニラ、ニンジン、八列とうきびなんかが見えます。
地主さんとしては、田中に使わせておけば、草だらけにならないですむ、と思ったのかもしれませんが、そんな目論見は、軽~く粉砕されています。

Kusadarahikage_2

地主さんの自宅の陰になる部分。キクイモ、亜麻、ニンジン、八列とうきびは育っていますが、意外にも、ヒエが消滅しかけています。ヒエは光をほしがる作物なんですねー。

Suzumaruhatake53

ここだけは、作物がきちんと整列していて、「畑」っぽいでしょう? スズマル大豆の畑です。こういう「きちん」とした畑というのは、突然全滅したりするので、油断できません。
ああ、でも、スズマル、食べたい! 伸びぃろ、伸びぃろ、スズゥマルの木ぃ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年はたまたま、育苗に適した土が、掘れば掘るだけとれるという、恵まれた条件であったので、ポリポットで育苗した作物が多かったです。ハトムギ、大麦、陸稲、白エゴマ、カボチャ、ズッキーニ、などがそうでした。
ポリポットで育苗していて驚いたのは、苗がまだ1~2センチメートルしか育っていないのに、根のほうは、ポリポットいっぱいに広がって、鉢底の穴からはみ出しはじめている、という状態であるのを、しばしば見たことでした。わたしたちはふだん、植物の地上部分しか見ませんが、植物たちにとっては、地上部よりも、地下部に大きく広がって生きているのです。麦類など、地上部は、せいぜい、わたしのひざから腰までぐらいしかありませんが、地下部は、わたしの背の高さを超えるほど広がっているのだろうと思われます。

地下に生きているのは、植物の根だけではありません。いろいろな菌たちや動物たちも、地下にたくさん住んでいます。

去年・今年と使わせてもらっている3カ所ある畑のうち、一番広い畑は、わたしが使いはじめる前は、水田でした。春、雪がとけたあとに見たら、前の年の稲の切り株が残っていました。水田は農薬を使うから、という原因もありますが、それよりも、田んぼという水浸し環境から、畑という乾いた環境に移行して、生物相ががらりと変わったためでしょう、最初のうちは、畑に、まったくと言っていいほど、生き物がいませんでした。それが、畑を使いはじめて2年目になって、ミミズや、昆虫の幼虫や、カエルや、それらの小さな生きものや畑の作物なんかを食べる、もうちょっと大きい生き物なんかも、まわりから流入してきて、住み着くようになりました。

ジャガイモの畑で、ジャガイモのまわりの草を刈って、ジャガイモに光を当てようとしていましたら、突然地面が陥没して、つんのめってしまいました。陥没してできた穴をのぞくと、けっこう太い穴が地下に広がっている様子です。モグラが掘ったのでしょうか。分かりませんが、何か動物がいた(今もいる?)ようです。そのうち、ご対面することになるかもしれません。その場面を想像すると、どきどきしてきます。

生き物の世界は、地下にも広がっているんだ、ということを教えてもらった体験でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)