山本鼎「農民美術と私」

栽培生活のホームページの、「田舎の貸し本屋さん」のページで、山本鼎の「農民美術と私」が読めるようになりました。

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山本鼎は、リアリズムの画風の版画家として知られ、作品発表の場として、美術文芸雑誌を発行したりもしました。やがてフランスに留学しますが、ロシア経由で帰国する際に農民美術に触れて、啓発されました。日本農民美術研究所を設立して、農家の副業として美術工芸品をつくることを勧めました。また、学校教育の中で自由画を描くことを提唱しました。

山本は、この「農民美術と私」を書く1年前に、「美術家の欠伸」という文章の中で、次のように言っています。

美術は所謂余剰価値によって栄えてきた

そう、美術は直接間接に、余剰価値(富)によって擁護されますし、美術のがわからは、余剰価値がより栄えるように、それを讃美するのが、務めとなります。
余剰価値のルーツは、備蓄食料です。自然状態では、食料が手に入る量は波があって、それに合わせて、わたしたちの心も波打ちます。美しいものに出会えば感動して、その感動を仲間と共有することもあるでしょう。そのような、変幻する世界に対する自然な表現と、「余剰価値と美術」の関係とは、決定的に異なります。余剰価値というのは、文字どおり、本来必要のない無駄なものであるうえに、困ったことに、これが一度形成されると、継続的に増殖・強化されていってしまう傾向があるのです。
山本は、余剰価値と美術の関係に気づいていましたが、自身が美術家であることは、やめませんでした。山本は、子どもや農民に美術をさせることによって、自らを、非正統的な美術家へと、山本本人の表現で言えば「脱線」させたのでした。
余剰価値に従わせ、余剰価値をさらに蓄積させようとする美術を〈のぼりのエスカレーター〉にたとえるならば、山本は、この〈のぼりのエスカレーター〉の途上を、逆向きにおり続けるパフォーマンスをしてみせていたのではないでしょうか。
「農民美術と私」の中で山本は、次のように言っています。

昨年欠伸した美術家だつた私は(ずつと前から欠伸して居るのだが)今年は脱線した美術家になつてしまつた。

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幕内秀夫『かんたん!おいしい!低カロリー!手作りふりかけ』(学習研究社)

カラー写真のいっぱい載っている料理本を眺めているのは、楽しいです。でも、それらのレシピで実際に料理をするかどうかとなりますと、なかなか実際にはめんどうで、けっきょく、本を眺めているだけで終わってしまうことが多いです、わたしの場合は。
そんな中、この本だけは、つくってみる気にさせる力を感じます。めんどくさがり屋には、お勧め!なのです。ふりかけといえば丸美屋ですが、手づくりふりかけも、おいしそうです。この本には、これでもかーっというほど、いろいろなふりかけのつくり方が出ています。

いろいろある中で、基本だと思いましたのは、大根葉のふりかけです。大根は、うちでも栽培していますが、正直言って、葉っぱは捨てていました。でも、これからは、ふりかけにして、ちゃんと食べます。塩ゆでして、水を切って、細かく刻んで、から煎りすれば、できあがりです。
食べないでいたものを食べるといえば、出しを取ったあとのかつお節や昆布をふりかけにする、というのが、気に入りました。出しがらは、おいしい味を取ったあとの「かす」のように思っていましたが、ちょっと工夫すれば、まだまだおいしく食べられるのですね。
ぜひつくってみたいと思いましたのは、カボチャのふりかけです。カボチャは、うちにはいっぱいありまして、ふつうに煮て食べるのは、きらいではないのですが、さすがに毎日続くと、飽きてしまいます。ふりかけにすれば、見た目が変わって、新鮮な感じがします。カボチャを蒸し煮にして、つぶして、味をつけて、薄く広げて、オーブンで焼いて、さましてから、細かく刻む、というのが、つくり方です。つくり方、超端折ってご紹介しましたが、これだけでぴんときた人は、即台所へ Go! です。分からない人は、ていねいに解説されている本書をごらんください。
びっくりしたのが、米ぬかのふりかけというのです。米ぬかを食べちゃうの? まあ、玄米で食べれば、ぬかの部分を食べているわけですから、精米で別べつにしたものを、おかずにしてまたいっしょにすると思えば、どうということはないのでしょうが、習慣的にぬかを食べたりしないので(ぬか漬けだって、直接食べるわけではない)、へぇー!と思ってしまいました。

ふりかけにしておけば、日持ちがしますし、おかずが少なくて食卓がさびしいときに、サッと冷蔵庫から出せば、食卓がちょっとにぎやかになります。お弁当のおかずにするにも便利です。
ふりかけは、から煎りをしてつくることが多いです。この、から煎りをするときに熱を加えていますが、このときに使う〈火〉のイメージが、ふりかけの諸素材からくるイメージと相まって、ふりかけを食べる人の内に、光や熱のイメージをもたらして、豊かで満たされた気持ちにさせるのかもしれません。実際のふりかけは冷めていても、です。「ふりかけの詩学」なんて、どなたか、探究していただけませんか。

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槌田敦『「地球生態学」で暮らそう』(ほたる出版)

この本には、エントロピー則に則った、持続可能な生態系をつくりだす方法が展開されています。森と農地と海の間で、必要な物質を循環させていこうではないか、と呼びかけているのです。

植物の栄養素(肥料分)がなければ、農地の作物は育ちません。これは、わたしも、以前、2年間ほど、丘の上の畑で栽培をやった経験から、よく知っています。無肥料で栽培ができる場所は、近くの森などから、何らかの栄養素(肥料分)が供給されています。
鳥や、川を遡ってくる魚など、野生の動物たちが、重力に逆らって、海から森へ栄養素を運びます。そして、その栄養素は、今度は重力に従って、水系を流れ下って、農地を肥やし、さらに、海の生物を育てることになります。
生きものが生きていく上で、なくてはならない物質に、鉄があります。窒素やリンがあっても、鉄がないために、プランクトンなどの生物が存在しない海域がたくさんあるそうです。鉄を、どのように上手に、生物が利用できる形にして活用していくかが、生態系を維持するポイントになるようです。

この本で紹介されていて、わたしも、もっと活用されたらいいと思った技術は、人間が食べない海産物を肥料として利用する、というのと、人間や家畜の糞尿を、ため池に入れて、コイや水草に処理させて、そのコイや水草を取り出して、やはり肥料として利用する、というものです。
森と農地と海の間で、このように物質を循環させれば、外部から肥料を輸入する必要はなくなり、自立した生態系を形成できるようになれるのです。
時間的にも、空間的にも、狭い範囲で観察したことを元に物事を考えると、何も問題がないように勘違いしてしまいがちですが、生態系は、ある意味「たやすく」崩壊して、砂漠化していきます。人間が与えてきた損害は、ため込まれています。森林伐採、ダム建設、そして農業……。未来のことを考えて、今のうちにやっておかなくてはならないことが、たくさんあるのです。

面白いと思ったのは、『みの虫革命』の中島正さんの考えを引き継ぎ、発展させているのだと思いますが、この本の著者の槌田さんも、自給以上の食料生産をしてはいけない、と考えているところです。つまり、農産物を自分たちが食べる以上に生産して、それを販売して生計を立てているプロの農家の存在は間違いである、というのです。余剰食料は、国家権力成立の源泉であって、余剰食料こそが、農民が支配される社会をもたらしたのだ、というのです。農民にとって農業は、自縄自縛なのですね。だから、プロの農家としては自己否定的な、しかし、自由に生きる人間としては自己肯定的な生き方が求められるわけです。そのような生き方を、槌田さんは、「半日自給農」という言葉で表現しています。

槌田さんは、また、安全保障の観点から、次のようにも言っています。

 国民が余剰食糧を生産しなければ、他の国々に狙われることも少ない。各家庭に隠されている食糧を探し出して徴発(強制的に取り上げること)するには手間がかかるから、完全徴発はできない。
 これは、かつてルソーがいった「幸福で平穏な共和国」、つまり「隣国の野心を誘発しない国」に相当する(ルソー『人間不平等起源論』1755)。

必要以上に働かない、あってもなくてもどうでもいいような無駄なものは最初から生産しない、これはある意味、知的で合理的な社会文化を目指す、ということなのでしょう。そういう社会は、もちろん、人口も少なくなっているはずです。『老子』にある「小国寡民」のイメージでしょうか。

槌田さんは、砂漠化を防止するために、科学技術といわゆる「自由貿易」にブレーキをかけよう、と呼びかけています。ひたすらに、生産性を向上させることを目指してきた近代農業のイデオロギーに毒されている人には、ぱっと読んで、何を言っているのかよく分からないかもしれません。食料備蓄=余剰価値の形成こそが、人間の文明の諸悪の根源なのですから、生産性を衰退させることは、人の生き方として正しいのです。必死になって食料生産してはいけません。消費することに酔い痴れてはいけません。やるべきことは、自然の恵みで楽して生きていけるような生態系をつくりだしていくことです。近代農業のイデオロギーを、壊されかかった自分の知性から引きはがして、正気を取り戻すためにも、この本を読んで、考え方をきちっと整理することを、わたしは強く強くお勧めします。

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ダムのことが気になっています

9月22日のJANJANニュースに、九鬼信さんの「「ヒジキ」が警告する海の環境異変」という記事が載っていました。いつまで読めるか分かりませんが、とりあえず、リンクしておきます。
http://www.news.janjan.jp/living/0909/0909210501/1.php

身近な〈ひじき〉に含まれる鉄分の話を〈枕〉に、生命活動に鉄分が重要な役割を果たしていること、これが、ダム建設が原因で危機に瀕していること、などが分かります。
この記事の中に引用されている、工藤勲さんの「海は、鉄不足?」(北海道大学)という論文
http://www.hokudai.ac.jp/bureau/populi/edition15/P04_P05_u.htm

と、西村昌数さんの「北海道の沿海の復活を目指して」(帯広畜産大学)という論文
http://www.obihiro.ac.jp/~yakuri/intro/view.html

も、こちらにリンクしなおしておきます。鉄分の大切さと、自然のバランスを理解しないで、目先の利害だけで自然を壊してきた人間の営為が、よく分かります。

民主党政権になって、ダム建設の見直しがはじまりました。北海道には、平取ダム、サンルダム、当別ダムなどの、建設途中のダムがあります。止めることができるのか、‘北海道は特別’で、建設続行になってしまうのか、気になるところです。
Sasaki Akira(佐々木聡)さんの「沙流川二風谷ダム・平取ダム問題」というブログが、参考になりますので、リンクしておきます。
http://mirai00.hp.infoseek.co.jp/nibutani02/

わたしは、勉強不足で、ダムについては、上手に批判できないのですが、ダム建設も、針葉樹を積極的に植林してきた森林政策も、破局的な損害をのちの世代に残す、ということを訴えるしかないのかな、と思っています。
破局は、人類の運命として受け入れるしかないのかもしれませんが、無抵抗で破局へと流れていくのは、生きものの振る舞いとして美しいとは思えませんし、少なくとも、わたし個人には苦痛です。
生態学ですべてを説明しきれるとは思いませんが、生態学の勉強は、絶対にしておいたほうがいいと思います。

リンクばかりの記事になってしまいましたが、ダムのこと、気になっているんだよーという意思表示として、書きとめておきます。

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坂口安吾「日本文化私観」

Sakaguchi

栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページに、坂口安吾の「日本文化私観」を追加しました。

坂口によれば、「やむべからざる必要に応じて」つくられるものこそが、本当に美しい、とされます。美のための美は本物でないから、「法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ」のだそうです。
何が栽培と関係するのかというと、最後の最後のほうに出てくる、次のくだりです。

必要ならば公園をひっくり返して菜園にせよ。それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生まれる。そこに真実の生活があるからだ。

こう言い切ってしまう。かっこいいでしょう? 「やむべからざる必要に応じて」栽培される作物は美しいのです。

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寺田寅彦「草刈り」

Terada

栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページで、寺田寅彦「草刈り」がお読みいただけるようになりました。

寺田寅彦は、物理学者であり、また随筆家でもありました。実験物理学、地球物理学の分野で業績を残しました。また、夏目漱石に出会って、文学にも目覚めました。
「草刈り」は、「路傍の草」に収められている短編です。草に対する飄然とした態度と、考えはじめると、あれこれこだわって「研究」に仕立て上げたがるところが、面白いです。

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佐藤垢石「食べもの」

Satokoseki

栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページに、佐藤垢石「食べもの」を追加しました。

佐藤垢石は、新聞記者を経て、随筆家になった人です。大の釣りずきでした。
戦争中の、配給制度の下での食べもの事情を語っています。疎開+帰農の様子とか、農家を訪ねて食べものを分けてもらう人たちのこととか。

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適正技術

あしたの朝までずっと雨、という予報でしたので、畑には行かないで、家で過ごしていましたが、少なくとも家の窓から見る限り、大して降りませんでした。たまには、こういう日もいいかも、です。
豆を煮たり、小麦をひいて粉にしたりして、過ごしました。石臼を回しながら、小麦粉なんて、買ったほうが早いし、安いし、うまいしで、効率という考え方からすれば、こんなことをしている暇に、どこかでアルバイトをして、得た金で買ってきたほうがはるかにいいのですが、しかし、この不効率が楽しいのですよね。やめられません。昔の人たちは、もっともっと不効率なやり方をやっていたんだなあと、しみじみ感じ入っています。
食品加工だけではなくて、栽培自体も同様です。芋、豆、麦、どれも、買ってきたほうが早い、安い、うまいです。「うまい」だけは、主観なので、自分で育てて収穫した作物はうまい!と思えば、うまいのでしょう。

自給が不効率なのは、大型機械を使わないからです。トラクターを使えば、くわで耕すよりも、100倍の面積で栽培ができます。
「効率」という考え方は、測る尺度によって変わってきます。投入されたエネルギーに対する収穫物のエネルギーで計算すると、人力農業が、一番効率がよくなります。機械農業は、直接農業に携わる人を100分の1で間に合うようにしましたが、人が食べるために消費する資源、エネルギーを、爆発的に増大させました。この方向は、持続不可能でして、間違いです。大多数の日本人が米を生産させて食べている、このやり方は不適切です。
このことに気がついた人は、自分から、より適正な食料生産の方法で生産して食べてみるといいと思います。そんなこと無理だ、と、大方の人は言うと思います。それはよく分かっています。こんなことを言っているわたしでさえ、いまだに十分自給できていません。でも、いいのです。やれる範囲でやってみることに意義があるのだと思います。
わたしも、畑をやりたいと思って北海道に引っ越してきてから6年目になりますが、本当にいろいろなことが分かって、有意義な来し方であったと思います。「昔はものを思わざりけり」な感じです。

北海道で、北海道の農業者を見ながら栽培をやってきたことも、学ぶことが多かった理由の一つです。北海道は、大型機械を使った大規模農業をやる人が圧倒的に多いです。大ざっぱに言って、都府県の農業の10倍の規模です。北海道は、日本の食料生産基地です。「開拓」の歴史から言っても、国内植民地です。そういう、一種「際だった」土地柄が、ものごとをクリアに認識する助けになりました。違和感は利用するべきもので、解消するべきものではありませんね。

効率の話に戻しますと、実際に作物を栽培したり、食品加工をしたりするときに使う機械・道具は、どのようなものがいいかを考えるときに、わたしは、エルンスト・フリードリヒ・シューマッハーが、彼の著書『スモール・イズ・ビューティフル』の中で、科学技術に求める条件を述べたくだりを思い出します。

 科学者と技術者には、いったい何を求めたらいいのだろうか。わたしの答えは次のとおりである。科学・技術の方法や道具は、
 ――安くてほとんどだれでも手に入れられ、
 ――小さな規模で応用でき、
 ――人間の創造力を発揮させるような、
 ものでなくてはならない。
 以上のような三つの特徴から非暴力が生まれ、また永続性のある人間対自然の関係が生まれてくる。
(E・F・シューマッハー、小島慶三・酒井懋訳『スモール・イズ・ビューティフル』講談社学術文庫)

安いこと、誰でも利用できる方法・道具であることが大切です。それから、小さい規模で利用できること。大規模化を目指さない方法・道具であること、これも大切。そして、「人間の創造力を発揮させるような」方法・道具であること。使いこなして、楽しく作業ができなければ、だめですね。
これらの条件を備えていれば、「効率」なんて、どうでもいいです。時間がかかっても、その時間が楽しければ、ここちのいい疲れになるのではないでしょうか。
具体的に、どのような方法・道具がいいかは、おかれた条件によって違ってくると思いますので、一人一人で判断してください。

はっきり言って、人間は増えすぎています。食料の調達は、むずかしくなってきています。しかしその困難を、機械化・大規模化で解決しようとするのは、間違っています。無駄なことはやめて、大切なことだけに時間を使うようにすれば、知恵のある人間ですから、うまくやっていけるに違いありません。
この程度のことが言えるようになっただけでも、5年以上、無職・無収入で、畑で遊んできた甲斐があるというものではないでしょうか。

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槌田龍太郎『化学者槌田龍太郎の意見』(化学同人)

槌田敦さんのお父さんの、槌田龍太郎さんの文章を集めた本です。

農業に関心がある人には、この中の「硫安追放」という文章が気になるでしょう。槌田龍太郎の「硫安亡国論(硫安は国を滅ぼす)」と呼ばれる、一連の文章の一つです。昭和32年に書かれた文章です。

槌田龍太郎は化学者です。国民の食料を生産するために肥料が必要だ、ということは、認めています。このへんは、まあ、常識的です。ただ、硫安はだめだ、と言うのです。なぜでしょうか。その理由が、いかにも化学者です。硫安は肥料分を含んでいて、作物をよく生長させます。ところが、作物が肥料分(アンモニア)を吸収したあとに残るのが、硫酸なのです。硫安を作物にやるということは、田畑に硫酸をまいているに等しいのです。名前を見れば分かりますね。酸とアンモニアで硫安なのですから。
そこで、その硫酸を中和させるために、石灰をまくことが奨励されています。硫酸と石灰がバランスよく反応すると、確かに中和はされますが、そこに石膏が残って、やはり作物の根を弱めてしまう、というのです。そうやって、硫安と石灰をやり続けると、やがて、作物が育たない田畑になっていってしまうのです。
このような不都合な肥料は、硫安だけではありません。槌田さんは、硫酸イオンを含む硫酸カリウムも、過燐酸石灰もいけない、と言います。

このように、筋を通して説明されれば分かることなのに、将来に起こる不都合に目をつぶって、その場の利害だけで商品(この場合は肥料)が売られることはよくあることですから、長期的な展望をもって、国策に逆らってでも、間違いは間違いだと告発する、槌田さんのような勇気のある人が出てこなくてはならないのだと思います。
硫安は、残念なことに、いまだに生産されて、販売されている肥料です。速効性のある肥料として人気があります()。使い続けていると、田畑がだめになるのですが……。たとえて言えば、薬を使って、スポーツの記録を上げる、ドーピングのようなものでしょうか。

畑を耕すことによって、珪酸や‘微量成分’を、作物に吸収されやすい地表近くに持っていくことができる、という指摘も、物質の成分とその働きに注目する化学者らしい説明のし方だと思いました。
これについては、わたしは、イネ科のような、根を深く張る作物を栽培すれば、そして、わらやもみがらなどの残渣物を畑に還元するならば、耕さなくても、地中深いところにある、作物の生長に必要な物質を地表近くへ吸い上げさせることができると思います。根を浅く張る作物ばかりを続けて栽培するような場合に限っては、深く耕す必要が出てくるのだと思います。

この本には、槌田龍太郎さんが書いた、いろいろな種類の文章が収められています。昭和31年に書いた、「私はなぜ化学を選んだか」という、中学を卒業して、商業学校に進学した「R(槌田さんご本人)」が、「商業の正体は罪悪だ」ということに気づいて、退学騒ぎになることを描いた文章が、槌田さんの反骨精神を示しているようで、面白かったです。
引用します。

商業学校を志望したのは、父の希望でも先生のすすめによったのでもなかった。商業学校を出て商人になろうと自分で決心したのであった。しかし入学したとたんに幻滅を感じたのである。それは国語の教科書の「機微」という一章であった。河村瑞軒が、江戸の大火に、いちはやく木曾にかけつけ、材木を買い占めて巨利を得る話である。商人はこのように機を見るに敏でなくてはならぬと教える商業教育に疑問をいだいたのである。もし商業が、他人の不幸につけこんで儲けることを肯定するものなら、しかも学校で堂々とこれを奨励するのだったら、そんな教育はまちがってはいないかと思いはじめた。

「ああ、世の中そういうものなのか」で、世間の常識に染められていくことなく、自分の正義感を貫くところがすごい。周囲の人たちと違っていても、自分の信念を通すところが、すがすがしい。適当なところで妥協しないのです。

もう一つ印象に残ったのは、「未来人への侵略」と題された、昭和24年、すなわち、戦後4年目の年に書かれた文章です。
引用します。

だから我々が各種の資源に対して分け前を受ける権利があると同様に、未来人もまたこれに対して当然の要求を持ち得べきである。しかも資源の量には限度があるから現代人の自由な使用や消耗に放任せらるべきものでない事は明らかであろう。即ち一時代の人類がその贅沢あるいは無知のために地下資源を思うままに採掘して濫費することは、一国の人民がその繁栄のために他国民の幸福を犠牲とする侵略戦争と選ぶところがない。だから文化の美名の下に物質とエネルギーの浪費が行われるならば、これは似而非文化であり、文化の破壊である。我々は消費生活においては何等かの限度を守るべき義務を負っているのである。

鉱物資源は、実際には、安く掘り出せるところは、とことん掘り出してしまう、というやり方がされているのが現実です。いい加減掘り尽くされて、効率よく利用できる資源が枯渇してきたときに、その物質の値段が上がって、それによって、やっと消費にブレーキがかかる、という経済システムが支配しています。将来のことは将来考えればいいという、無責任な人たちばかりと言ってもいいと思います。
これはもちろん、50年近く前になくなった槌田龍太郎さんが言っているのではありませんが、今月末の衆院選で、各党がマニフェストを出していますが、どこもみんな、消費を拡大して、景気をよくして、国民の収入を増やして、福祉を充実させて、少子化にブレーキをかけて……みたいなことばかりですが、正解は、全部逆でしょう。なーーーんにも分かっていないと思います。乗せられる国民も国民です。

硫安批判、商業批判、資源浪費批判などの諸テーマは、息子さんの槌田敦さんに、しっかりと受け継がれ、発展させられています。この本は、親と子の思想的なつながりの妙味を感じさせてくれます。

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岡本綺堂「我が家の園芸」

Okamoto 栽培生活のホームページの、「田舎の貸し本屋さん」のページに、岡本綺堂の「我が家の園芸」を追加しました。

岡本綺堂は、小説家、劇作家。作品に、新聞小説「半七捕物帳」などがあります。
この作品は、「綺堂むかし語り」に含まれる一篇です。岡本自身の園芸に関する野性的なこのみを語っています。自然の恵みを無条件に受け入れて楽しんでいる、とのことです。

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アスペクトブータン取材班『幸福王国ブータンの智恵』アスペクト

きょうの新聞の見出しに、「自殺、半年で1万7千人超 過去最悪のペース」とありました。自殺者が増えている日本とは対照的に、自殺者がいない国があります。ブータンです。国民の97パーセントが「幸せ」と感じているのだそうです。どうしたら、そんな幸福な国になるのか、その秘訣を、この本は教えてくれます。
ブータンの‘幸福政策’の、自然と関わる部分をあげれば、「巨大ダムはつくらない」「地下資源は掘り起こさないようにする」「森林は国土の60パーセントを下回らないようにする」などといったことがあります。自然との共生が、幸福の根本なんだ、ということを、ブータンの人たちは教えてくれます。
農業に関連することでは、国民の90パーセントは農民で、ほとんどの野菜は無農薬で作られている、ということがあります。また、歴代の国王は、土地を持たない農民に自分の土地を分け与えて、自立を促してきたそうです。
印象的だったのは、「飾るために花を摘むことは、ブータンではありません」というくだりです。引用します。

 ブータンは、じつに花の美しい国です。しかし、人工的に庭を花で埋め尽くしたり、寄せ植えをしてエリアを飾ったりしているのは見受けられません。自然にある草や木に花が咲いているのを眺めるだけです。そして、それが、とても自然だから美しいのです。

人間があれこれと、美しくしようと作為したものよりも、自然に、ただあるがままのもののほうが美しい、という、どうしようもない真実があります。ブータンの人たちは、そのことをよく分かっているのだろうなあと、想像されます。

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有元葉子『干し野菜のすすめ』(文化出版局)

夏場は、ほとんど本が読めないです。畑から戻って、ご飯をつくって食べると、疲れて眠ってしまいます。根性が足りない? そんなぁ……。
今回読んだのは、写真が多い「レシピ本」です。これぐらいならば、楽に読めます。

『干し野菜のすすめ』です。
「干し野菜」といっても、保存食を作るのではありません。「半干し」にするのです。この本は、1冊全部「半干し」レシピです。トマトでも、シイタケでも、キュウリでも、ニンジンでも、ナスでも、カボチャでも、ズッキーニでも。何でも「半干し」。ただ「半干し」にするだけで、あとは、ふつうの生の野菜を調理するのと、変わりません。数時間干すだけで、生の野菜よりも、格段においしく食べることができるんだそうです。ただのしなびた野菜ではないのです。発想の転換ですね。

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拓殖大学北海道短期大学食農研究会発行「メ・シクーナ」第6号

わたし田中の出身校であります、拓殖大学北海道短期大学の、食農研究会が発行するフリーペーパー、「メ・シクーナ」の第6号が発行されました。伊藤編集長、大活躍です。

〈内容〉
沖縄県 宮古島のお千代さんに会いに
世界のまん中で飯を喰おう 「虫喰う人々」の巻
「自給的栽培」の楽しみ 道具編
土って何だ?〈中編〉
昨日晴耕今日雨読 岡本太郎『歓喜』
今日からできる!ミミズの飼い方 ミミズコンポスト

「自給的栽培」の楽しみ 道具編、というところを、わたしが書きました。

この「メ・シクーナ」第6号を、「栽培生活友の会」会員の方限定で、お申し込み先着9名様に差し上げます。ご希望の方は、メールでご連絡ください。
会員頒布のページ

Mesicuna6 ←写真は、伊藤編集長撮影

お、「直播・無施肥・不耕起」の文字が見えますねー。こういうの、実学的農学系の学生さんたちに、どのぐらい伝わり、響くものなのでしょうか。

トップの、赤堀さんによる記事。北海道の研修農家と、沖縄の包み込むような人情とが対比的です。続きの次号が待ち遠しいです。

伊藤編集長は、「食農研究会」と名乗りながら、グルメにも、ダイエットにも、ヘルシーにも行かなくて、「虫喰い」記事ですから、傑作です。
エビとか、サワガニとかを食べることができるのですから、丘のガサガサした虫たちも、あと一歩ですよね。ウニウニした芋虫系となると、未知の領域ですが、確かに、身近で得やすい栄養源なのでしょう。
でも、うまいからといって、〈珍味〉化されて、食品会社が売り出したとしたら、それはそれで、自然破壊や、本来それを食べるべき人たちから奪うことになってしまったりするのでしょう。自分で捕って食べる場合のみOKということで。
いよいよ食べるものがなくなって困ったときには、参考にさせていただきます。

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統計で見る日本の農業

今回読んだのは、農林水産省大臣官房統計部編集『ポケット農林水産統計 平成20年版』(農林統計協会)です。

「主要国の土地種類別面積」という表があります。
日本の耕地+永年作物地(果樹とか)の面積は、469万2000ヘクタールなのだそうです。これを、平成18年の日本の人口、1億2795万人で割ると、3.7アールになります。農地を国民に均等に分けた場合の、一人の取り分です。穀物食なら、ぎりぎり自給できますか。かなり厳しいかもしれません。もっと少子化が進んだほうがいいですね。
他の国ではどうかといいますと、例えば、アメリカ合衆国が58.5アール。フランスが30.0アール。インドが14.7アール。中国が11.8アール、といったところです。

「主要国の産業別就業者数」という表があります。
〈農業・狩猟業・林業の就業者数〉を〈就業者総数〉で割ってみます。国民の何%が農林業者かということですが、日本は3.9%です。
他の国の数字も、ちょっとご紹介しますと、ブラジルが20.5%。ポーランドが15.7%。ロシアが9.7%。お隣、大韓民国が7.4%となっています。

「農林水産物の輸出入額」という表では、輸入が8兆5574億2400万円であるのに対して、輸出は5159億7100万円で、圧倒的に輸入超過です。
輸出品目別輸出額のランキングで意外に思ったのは、3位に〈真珠〉が入っていたことです。年間365億2800万円も、真珠を輸出しているのですね。

ちょっと、社会科のクイズをしてみましょうか。輸入農産物の、輸入相手国の上位3カ国を言いますので、農産物の品目を当ててください。ヒントは、牛肉、小麦、大豆、バナナのうちの、どれかです。
第1問。アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア。
第2問。アメリカ合衆国、カナダ、ブラジル。
第3問。オーストラリア、アメリカ合衆国、ニュージーランド。
第4問。フィリピン、エクアドル、台湾。
簡単すぎますか?
第1問と第2問は、似ています。3位がオーストラリアかブラジルかが違います。答えは、オーストラリアのほうが、小麦です。ブラジルのほうが、大豆です。アマゾンの森をつぶして、遺伝子組み換えの大豆畑にして、日本の豆腐・納豆・みそ・しょう油用の大豆を作っています。
第3問は? 牛肉ですね。OGビーフオージービーフ(オージーって‘Aussie’と綴るそうです。OGというのは、卒業した女子先輩を指す和製英語なんですって。間違えました)。1位のオーストラリアは、2位のアメリカの10倍以上の、圧倒的な輸入量です。アメリカの牛肉は、きらわれているんですね。産地をチェックしにくい外食とか、加工食品とかに使われているのでしょう。
第4問は、そう、バナナです。

国内に目を向けて、「都道府県別農業産出額」の表を見てみましょうか。
農業が盛んな都道府県ランキング、ダントツトップは、日本の食料生産基地=国内植民地の北海道です。桁違いの1兆飛んで527億円。
農業生産額第2位の県は、どこでしょうか。南へ飛んで鹿児島の4079億円なのです。3位以下は、千葉県、茨城県、宮崎県と続きます。

「耕作放棄地」の表があります。全国の耕作放棄地は、38万5791ヘクタールあるそうです。耕地面積が、田と畑を合わせて465万ヘクタールですから、8.3%が耕作放棄地、ということになります。けっこうあるものですね。

「耕作目的の田畑売買価格」という表があります。田んぼや畑を買うとしたら、どのぐらいの値段がするのでしょうか。
全国平均で、10アール当たり、101万4000円だそうです。うーん、高いですね。でも、耳寄り情報です。北海道は、やはり10アール当たり、なんと13万円ぽっきりだそうです。家族で〈3反農業〉をやって、40万円弱。これなら、買えるかもしれません。

農地を買うのではなしに、借りるんだったら、年にいくらぐらいで貸してもらえるのでしょうか。「田畑別実納小作料」という表があります。これによると、10アール当たり、全国平均で、6225円だそうです。貸し農園とかに、謝礼を払いすぎていませんか? 北海道では、4311円ですって。〈実納〉の平均ですから、場所によっては、ただみたいな小作料で借りている人もいるんでしょうね。北海道にいらっしゃいますか?

〈新規就農〉という言葉がはやっていますが、どういうような人たちなのでしょうか。
「就農形態別新規就農者数」という表があります。平成18年の数字で、〈自営業就農者〉、つまり、学校を卒業して、農業をやっている親の跡を継ぐようなケースが、7万2350人。〈雇用就農者〉、つまり、法人などに雇われる農業労働者が、6510人。〈新規参入者〉、つまり、農地を買うか借りるかして、独自経営で農業をはじめる人が、2180人なのだそうです。必ずしも、新規就農者=新規参入者ではないのですね。親の跡を継ぐ人を除けば、むしろ、新規参入者よりも雇われて農業をする人のほうが、約3倍も多い。このへんは、飛び込む前に、イメージをつかんでおいたほうがいいです。

では、雇われた場合の給料は?ということですが、「主要産業と農業賃金の比較」という表があります。
平成18年のデータで、1日当たりの賃金ですが、製造業は、1万3476円。運輸業は、1万5480円。卸売・小売業が、1万2340円。飲食店・宿泊業が、6876円。農業臨時雇賃金は、データが男女別になっていて、男が、8653円。女が、6538円です。
女の農業が最低で、男の農業は、かろうじて、飲食店・宿泊業よりはまし、という結果です。農家に雇われるよりも、工場で働くか、運送業をやったほうが金になる、というわけです。

もう一つ、農家の借金のデータがあります。平成18年のデータで、農家1戸当たりの借入金は、全国平均で、217万5000円だそうです。これが、北海道に限定すると、1034万8000円になります。北海道は、規模の大きな農業が多く、大型機械など、設備にお金をかけることが多いので、運が悪いと、たちまち借金もふくらみます。平均して約一千万円の借金ということは、もちろん、借金などなく、貯蓄をしている人もいますから、逆に多い人は、億単位の借金を抱えていたりする人も、いくらでもいるわけなのです。
経営で赤字が出ることが予測できながら、お金を貸し付け続けてきた、農協の責任が問われるのではないでしょうか。

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備蓄・定住・農耕

地球は、だいたい、今から46億年ぐらい前にできました。そして、だいたい今から40億年ぐらい前に、地球上に生命が発生しました。それがいろいろ進化して、だいたい、今から500万年ぐらい前に、二足歩行して、音声言語を使えて、家族を最小単位に生活する、現代人につながる、〈人類〉が、誕生しました。それから、今から1万年ぐらい前まで、人類は、人口400万人ぐらいで、安定した暮らしをしていました。マーシャル・サーリンズが言う「始原のあふれる社会」です。
人口が400万人ぐらいだったころの人類は、自然が自然状態で人類を養える範囲内で生活を営んでいましたから、食べものは、特に苦労しなくても、おなかのすいたときに狩猟採集をすることで、簡単に得ることができました。今でも、狩猟採集民は、1日平均、4~5時間程度働くだけで、必要な物のすべてを得ることができています。
ところが、今から1万年ぐらい前に、人類は、食べものを備蓄するようになりました。食料を保存するようになると同時に、必要以上の食料を集めて、剰余が発生するようになったのです。これがきっかけになって、人口が増えはじめます。
やがて、農業や牧畜の技術が発明されて、あるいは進歩して、人口増加に拍車がかかります。そして、人類500万年の歴史の中で、長い間400万人ほどまでで安定していた人口が、最後の1万年で、一気に1000倍以上にふくれあがってしまったのです。

自然が自然状態で養える人口の1000倍以上ですから、食料生産は困難を極めますが、狩猟採集時代に比べたら、はるかに激しく、躍起になって働くことで、必要以上の収穫を得られるようになりました。備蓄された食料は、富となり、権力が発生し、都市が形成されます。食料生産は、奴隷によって担われるようになりました。
現代の農業は、化石燃料を大量に投入することで、かろうじて成り立っています。現代の農民を「奴隷」と呼ぶのは、語弊がありますが、農業が底辺労働であることには、変わりありません。特に、輸入食品について考えると、プランテーションでの、児童労働を含む、労働者の過酷な労働、そして、いわゆる〈飢餓輸出(国内に深刻な飢餓を抱えている国が食料を輸出すること)〉も考え合わせると、まさに「奴隷」によって文明は支えられている、と言うことができます。

ローマ、中華、ビザンツ、イスラーム、ヨーロッパ……歴史上の帝国は、すべて農業を経済の基礎に置いていました。農業がなかったら、人間は滅んでしまう、という強迫観念は、歴史的事実に基づいていますが、逆に言えば、事実によって、代替的想像力が押し殺されてきたとも言えます。

わたしは、自分の政治的な立場は、超反動だと思っています。例えば、千数百年ぐらい昔の、大化の改新の時代の社会あたりにあこがれる反動派なんて、まだまだ中途半端で、もう1万年ほどさかのぼって、縄文時代にまで戻ろうとしなくては、本物ではないと、わたしは本気で思っています。
縄文時代の生活は、現代に比べたら、物質的な所有物の量としては、とても「貧しい」のですが、主観的な意識としては、はるかに「豊か」で、幸福であったろうと想像します。

さて、ここで疑問に思えてくるのは、なぜ人類は、約1万年ぐらい前に、とてつもなく激しく働くようになったのか、食料を備蓄するようになったのか、定住して農業をはじめたのか、ということです。高校の歴史の授業でどう教わったか、忘れてしまいましたが、「新石器革命」とか言って、優れた道具が生産性を上げた、というような説明を聞いたような、かすかな記憶があります。
優れた道具が作れるようになったから、人類の社会が変わってしまった? では、なぜ、そのような道具が作れるようになったのでしょうか。偶然? 「新石器革命」という考え方は、わたしには、あまり説得力があるようには思えません。
とは言っても、こんな批判的な発想ができるようになったのは、高校を卒業して30年近く経った今だからなのですから、学校教育が、学生の心に、教育内容に対する批判精神が芽生えないように、どれほど抑圧的な教育をしているかが、分かります。

この、「今から約1万年前に何があったのか」という疑問に答えてくれる本がありました。

西田正規『人類史のなかの定住革命』講談社学術文庫、です。

この本によると、今から約1万年前に、地球上では、温暖化がはじまったのだそうです。言い換えると、氷河期が終わったのだそうです。
わたしのような、北海道のような寒冷地で栽培をやっている立場からすると、温暖化すれば、作物がよく生長して、結構なことではないか、と思ってしまいがちですが、事は、そう単純なことではなかったようです。
この本によりますと、今から約1万年前にはじまった地球温暖化は、低緯度の、熱帯・亜熱帯地方には、あまり影響がなかったそうです。高緯度地方は、それまで氷河に被われていた地が、現在の寒帯・亜寒帯のようになりました。温暖化の影響を、一番激しく受けたのは、中緯度地帯です。それまでは、草原や疎林が多い地域だったのですが、この時代を境に、温帯森林が形成されていったのでした。そして、この地域こそ、人類が多く住んでいた地域なのでした。
引用します。

 氷河期の中緯度地域には、亜寒帯的な草原や疎林に棲むトナカイ、ウマ、バイソン、マンモス、オオツノジカ、ウシなどが広く分布し、後期旧石器時代の狩猟民は、これら大型有蹄類の狩猟に重点を置いた生計戦略を持っていたと予想される。しかし氷河が後退し、草原や疎林に代わって温帯性の森林が拡大してくれば、これらの有蹄類は減少するし、またそれまでの、視界のきく開けた場所で発達してきた狩猟技術は効果を発揮しなくなるだろう。

ということなのです。
この頃の人類は定住していませんから、食料を求めて移動していくのですが、広範囲で草原が森林になったのでは、行き場がなくなるわけです。で、大型の動物中心の食料を、植物性食料か魚類中心の食料に切り替えていくことになるわけです。
ところが、大型動物に比べると、植物性食料や魚類は、収穫できる量が、季節によって大きく変動します。「実りの秋」に収穫して、それを冬中食べて、春につないでいかなくてはならなくなります。このような必要から、食料の備蓄が行われるようになったのではないか、というのです。
大型動物を主食にしていた人類が、植物性食料や魚類を中心にした食料に代えていく、というのは、大変難しいことだったのではないかと想像します。これができなかったグループは、滅んでいったのかもしれません。
これは、わたしのいい加減な想像ですが、この時期に人間は、死に対する恐怖を感じるようになったのではないでしょうか。そして、この死に対する恐怖を紛らすために、〈とてつもなく激しく働くこと〉も、同時に思いついたのではないかと想像します。
この、〈とてつもなく激しく働くこと〉は、のちに現れる農耕民が持っている、〈とてつもなく激しく働こうとする心性〉に、つながっていきます。

ところで、

アラン・テスタール、山内昶訳『新不平等起源論 狩猟=採集民の民族学』法政大学出版局

という本があります。書名の通りで、民族学の立場から、社会的不平等の発生について考察した本です。
著者のテスタールさんによると、「狩猟=採集民/農耕=遊牧民という対立は、不平等論の探究に主要な準拠枠とはなりえない」のだそうです。では、何が不平等発生の原因か、というと、「不平等の技術=経済的な基礎は、定住生活様式と大規模な食料備蓄にほかならなかった」のだそうです。このあたりの事情を表にまとめると、次のようになります。いろいろな民族の社会を比較・分類する具体的な考察は、この本を読んでください。

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食料備蓄が不平等の起源である、と。一言で言えば、そういうことです。そして、この食料備蓄の起源は、西田さんの本に出ていたように、気象変動による試練だったわけです。

西田さんの本とテスタールさんの本から備蓄型社会と非備蓄型社会の文化的な違いをまとめると、以下のようになると思います。

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縄文時代の社会は、非備蓄型―定住型―狩猟採集民ですから、上の表の、真ん中の白い部分、〈サゴの採集民〉と同じ部分にあたると思います。縄文時代は、のちの弥生時代のように、水田が作られ、邪馬台国のような国ができ、支配者の墓である古墳が作られるような時代よりも、ずっとストレスの少ない、自由で伸びやかな生活が展開されていたのだろうなあと、あこがれの気持ちを込めて、わたしは想像しています。
社会的不平等の起源に気象変動という要因があったにしても、だから不平等は、し方がないんだ、受け入れなければならないんだ、ということを言おうとして、これらの研究を、わたしは紹介したのではありません。それらの事実と、文明の弊害とを両方知った上で、これからわたしたちの社会を、どういう方向へ変えていったらいいのかを、議論していくべきだと思うのです。
そして、その議論の過程では、「人類は滅んではいけない」という、死に対する恐怖の集団化された観念や、「人類は繁栄するべきだ」という間違った観念が、自然環境を破壊して、かえって、人類にとっても危機的な状況を招いた、そして精神文化的にも、仏教で〈一切皆苦〉と呼ばれているような、苦しみに満ちた状況を招いた、そんな人類の愚かさを、しっかりと認識しなければならないと思います。

以上です。
以下は、2冊の本を読んで、面白いと思ったところで、まあ、〈おまけ〉です。

西田さんの本にあるエピソードで、面白いと思ったのは、南米にいるハキリアリがキノコを栽培する、という話です。アリが、植物の葉っぱを切り取って、巣に持ち帰って、それを咬み砕くと、そこからキノコが生えてきて、それを食べて生きている、ということです。一種の共生関係なのでしょうが、栽培が本能に組み込まれるようになることがあることを知って、興味深く思いました。
でも、アリの社会をモデルに、変なふうに人間のほうへ話を敷衍したりするのは、わたしは、ちょっとパスですけど。アリとかハチとかの社会に理想を見るのがすきな人、いますものね。

テスタールさんの本からは、「財宝は、それを占有する人の威信の印しに役立つ以外の使用価値をもっていない」という言葉と、C・キングさんの研究による、チュマシュ族のシステムについての考察が、面白いです。
チュマシュ族というのは、カリフォルニアに住む部族で、階層化された社会を形成しています。チュマシュ族では、財が過剰になりそうになると、インフレーションを防ぐために、その財に対する組織的な破壊が行われるそうです。壊すために作るなんて、完全に無駄なのですが、階層化された社会には、このような無駄が必要とされるのですね。
いろいろな財を、せっせと買い集めては、せっせと〈ごみ〉として捨てている、わたしたち「先進国」の日常も、これと同じ。都市の建造物は、破壊するために建てているようなものなのです。

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豊島与志雄「お月様の唄」

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栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページに、豊島与志雄(とよしま・よしお 1890-1955)の「お月様の唄」を追加しました。

豊島与志雄は、小説家、翻訳家、児童文学作家でした。法政、明治、両大学の教授もしました。

「お月様の唄」は、むかしむかしの、ある国の王子と森の精との交流を描いたファンタジーです。
城下の人びとが増えてくると、森の木を切って、建築用の木材にする必要がでてきます。あるいは、木を切ったあとを、食料生産のための畑にする必要がでてきます。繁栄のために森を利用する人間と、それによって消えてゆく森の精たち。
森の精の王女である「千草姫」が言います。
「悲しいことには、いつかは私達の住む場所がなくなってしまうような時が参るでしょう。私達は別にそれを怨めしくは思いませんが、このままで行きますと、かわいそうに、あなた方人間は一人ぽっちになってしまいますでしょう」

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内山愚童「平凡の自覚」

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栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページに、内山愚童(うちやま・ぐどう、1874‐1911)の「平凡の自覚」を追加しました。

内山愚童は、曹洞宗の僧侶です。社会主義者たちに影響を受け、「禅仏教に基礎をおいた社会主義」を深化させました。
内山は、週刊「平民新聞」に、初期のころから寄稿しています。また、住職を務める箱根の林泉寺で、仏像の壇に隠した印刷機で、秘密出版もしていました。そして、いわゆる「大逆事件」で、幸徳秋水らとともに連座して、処刑されました。
曹洞宗からは、僧籍剥奪・教団永久追放の処分を受けましたが、1993年になって、ようやくこの処分は取り消され、名誉が回復されました。

「平凡の自覚」は、内山による獄中手記です。平凡の自覚とは、自由に生活することが当然だと、深く理解することを言います。まず、自らの意識を変えて、続いて、家族との会話をとおして、家庭を変えていこうと、呼びかけています。「食事は、家族でそろって食べよう」なんてことも、言っています。
平凡で、当たり前でいることが、なかなかできないのが、わたしたちです。それをやっていこうよ、というのです。天下国家の、上のほうからどうにかしようという話ではなくて。それを、えん罪で処刑されようとしている人が言っているのですから、その達観ぶりには、驚かされます。
内山は、この手記の中で、農地公有論を提唱しています。

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藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族絶滅」』(柏書房)、読み終わりました。いやー、すごい人間ドラマですね。「農」に関わる人は、自分がやっていることを少しでも相対化して自覚できるようにするためにも、この本は、絶対に読んだほうがいいです。

以下、感想を述べていきます。引用は、すべてこの本からです。著者の藤原辰史(ふじはらたつし)さんの地の文でない、つまり「孫引き」の場合は、出典と発言者名を【】に入れて表示します。

まず、主な登場人物から。

この時代のドイツを中心にした地域に、最も大きな影響を与えた人物は、言うまでもなく、アードルフ・ヒトラーです。1933年に首相に当選。1945年に自殺するまでの12年間、ひたすらに、戦争と領土拡張をすすめました。
有機農業に関わる情報としては、ヒトラーは菜食主義者で、有機栽培の野菜ばかりを
食べていたそうです。また、タバコぎらいとしても、知られています。「健康マニア」的なところがあったようです。

次に影響力があったのは、ルードルフ・シュタイナーでしょう。人智学の祖です。人智学というのは、一口に言えば、オカルティズムです。ドイツ土着の風俗・習慣をルーツに持っています。
シュタイナーは、ヒトラーより30歳ぐらい年上で、ヒトラーと同時代を生きてはい
ましたが、ヒトラーが政権をとるころには、すでに亡くなっていました。亡くなる前年に、農業についての連続講演をしていて、この講演内容が、シュタイナー亡きあとにも、「バイオ・ダイナミック農法」と呼ばれる農業運動となって、ずっと影響を及ぼしていくことになります。

シュタイナーの農業に関する思想は、「バイオ・ダイナミック農法」という方法論によって引き継がれていきました。バイオ・ダイナミック農法指導者として、バイオ・ダイナミック農法全国連盟の中心人物として活躍したのが、エアハルト・バルチュいう人物です。この「バイオ・ダイナミック農法」が、ヒトラーのナチス・ドイツの農業政策に、大きな影響を与えていくことになります。

ナチス・ドイツ政権の内側で、「バイオ・ダイナミック農法」をとり入れようとしたのが、「帝国食料大臣・帝国農民指導者」の肩書きを持つリヒャルト・ヴァルター・ダレーです。今の日本で言えば、農林大臣にあたります。
ダレーは、ハレ大学で農学士を獲得していて、人種学を畜産学の知識を応用して修得
しました。そして、ナチスの人種イデオローグになりました。
ダレーはまた、喘息・湿疹・肝臓病の持病を持っていました。病気を治したくて、有
機農業に近づく人も、多いですよね。

それから、もう一人います。泣く子も黙る、親衛隊隊長のハインリッヒ・ヒムラー親衛隊と言ったら、公営のテロ組織みたいなもので、その隊長ですから、それはもう、恐ろしい人なわけです。
「バイオ・ダイナミック農法」は、戦時の農法には向かない、とうことで、ナチス・
ドイツでは、表向きには禁止されてしまいますが、ヒムラーたちが、「強制収容所」附属の実験施設で、「バイオ・ダイナミック農法」の方法論を引き継ぐような農園を展開します。
ヒムラーの経歴について書かれている部分を引用します。

ハインリッヒ・ヒムラーは、1922年8月5日ミュンヘン工科大学で農学士号を取得し、化学肥料のコンツェルンに入社したがすぐ辞め、1928年にミュンヘン郊外で50羽分の鶏舎を建て、結婚したばかりの妻と養鶏で身をたてようとして失敗した経験の持ち主でもあった。

なんか、新規就農の典型のような人ですね。会社の仕事になじめなく、奥さんと一緒に就農してみたけれど、それも結局うまくいかなくて、やめちゃった、みたいな。
で、農業をやめたあとに、親衛隊という血なまぐさい仕事に手を染めて、これは適性
があったのか、隊長にまでのぼり詰めます。そして最後は、「強制収容所」という、死臭がたちこめるような場所で、囚人を労働力として使って、かつて自分たちが失敗した有機農業を、再びはじめるのです。けおされるような光景ではありませんか。
ちなみに、ヒムラーも、総統ヒトラーや、官房長官ルードルフ・ヘスなどと同様に、
菜食主義者でした。

ヒトラー総統、シュタイナー教祖、バルチュ農法指導者、ダレー農林大臣、ヒムラー隊長。このあたりが、主な登場人物です。ひげのヒトラー以外は、多くの人は、顔を思い浮かべられないと思います。適当に、それっぽい人の顔をはめ込んで、想像してください。では、ドラマのはじまりです。

1928年に、ルードルフ・シュタイナーは、農業についての連続講演をおこないます。この講演の内容は、鉱物性肥料を中心に形成された従来の農法を否定して、堆肥の使用を主軸にした農法を主張します。農場全体を一つの有機体と見る考え方と、「生命が存在するかどうか」を重視するところが、特徴的です。このころ、いわゆる「化学肥料」がつくられるようになりますが、これに対してシュタイナーは、「生命が存在していない」と言って、批判します。
シュタイナーの、この、農業についての連続講演は、本にまとめられて、日本語にも
翻訳されていますが、わたしは、時間の無駄のような気がして、読んでいません。サンプルとして、『ナチス・ドイツの有機農業』に引用されている部分を、孫引きします。

【ルードルフ・シュタイナー『農業講座』】
植物の内部に動物や人間のための食料となる物質が作り出されている場合には、ケイ
石質という回路を通って火星、木星、土星が参与しています。ケイ石質は植物という存在を大宇宙の中へと解き放ち、植物の諸感覚を目ざめさせて、この地球から遠く離れた諸天体が形成したものを、全宇宙圏から受けとるようにするのです。

詩的ですか? わたしは、頭が痛くなってきます。シュタイナーの言説には、有機農業に特徴的に見られるような、「生命」「有機体」のイメージを強調する手法が表れています。藤原さんは触れていませんが、これは、シュタイナーがゲーテから影響を受けたのではないかと、素人考えで思います。
また、藤原さんが、「少なくともシュタイナーの占星学的な言説は、星座の位置で種
を蒔く時期を決めていた農民たちの古くからの伝統と無関係ではなかった」と指摘するように、ドイツの伝統、古くからある風俗・習慣をルーツの一つに持つ点は、シュタイナーの「農業講座」を引き継いだ「バイオ・ダイナミック農法」が見せた、ナチス・ドイツの農業政策との親和性を勘案すると、とても重要なことと思われます。

シュタイナーが、農民をおだてる、農本主義的な発言としては、次のようなものがあります。

【ルードルフ・シュタイナー『農業講座』】
農民の「愚かさ」は神の前では叡智であります。農民たちが自分たちの仕事について
考えてきたことは、学者たちが考えてきたことよりも、はるかに優れたことであったとわたしはいつも思い続けてきました。

農民に働く「意義」を意識させ、生き甲斐を持たせる、このような言説は、戦争国家、領土を拡張していく国家、そして、ナチス・ドイツのように、食料生産の主な担い手が同胞のドイツ人であったような国家にとっては、どうしても必要とされるものであったのです。
その意味で、同じ時期に、イギリス領インドで有機農業をはじめたアルバート・ハワ
ードとは、事情の違いがありました。ハワードは、次のように言っているそうです。

【アルバート・ハワード『土壌と健康』】
インドール方式は一般に知れわたり、大規模プランテーション産業――コーヒー、コ
コア、砂糖、トウモロコシ、タバコ、サイザル麻、イネ、ブドウ――にとって、収量、品質ともに著しく改善されたために、もっとも有利な方法であることが理解されるに至った。

ハワードの有機農業が普及したのは、大英帝国の植民地・自治領で、安価な労働力をふんだんに使える国ぐにであったのです。
ハワードは、シュタイナーのオカルティズムを批判しました。これは、文化的ルーツ
の違いというよりは、シュタイナーは、同じドイツ人を農業へ動機付けしなければならなかったのに対して、ハワードには、その必要がなかった、そういう背景の違いではなかったかと思われます。
アメリカやソ連のように機械・肥料・農薬を使うか、ハワードのような植民地有機農
業でやるか、シュタイナーのようなオカルト有機農業で農民を鼓舞するか、当時の、食料増産の課題に対応する方法は、このような選択肢になっていたようです。

このように、農業というものは、「やらせる」工夫をしなくては成り立たないような、《いやな》仕事なわけなのです。
おそらく、根本的な問題は、食料増産をしなくてはいけないという指向、国は繁栄し
なくてはいけないという指向、自分たちの文化を他所の地域に拡張していかなくてはいけないという指向、なのでしょう。ここを解決しなくては、人類は、永遠に苦しみ続けなくてはならないでしょう。
どのような農業が悪いのかではなくて、もっと根本的に、農業というものは、すべて
悪いのではないか、という視点が必要になってくるのだと思います。
↑この段は、わたし田中の意見で、藤原さんは、こんな「非常識」なことは言ってい
ません。念のため。

「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの有機農業との間には、宗教的なレベルでの共通性があります。ナチ党員で、農園経営者のヘルマン・ラウシュニングが書いた『アードルフ・ヒトラーとの対話』の中に、次のようなヒトラーの発言があるそうです。地の文に組み込まれた引用になっているので、ヒトラーの発言の部分だけを抜き書きします。

【ヘルマン・ラウシュニング『アードルフ・ヒトラーとの対話』の中のヒトラーの発言】
ドイツの農民は、未来への信仰を忘れはしなかった。キリスト教精神は、そのうえに
覆い被さっているだけである。ドイツの農民は、キリスト教を捨てて独自の信仰に到達しなければならない。教会は、農民が本来もっていた、自然、神性、姿なきもの、デモーニッシュなものについての神秘的知覚を破壊してきた。しかし、農民気質はキリスト教を破壊できる。なぜなら、農民の背景には、自然と血に根ざした真の信仰の力がひそんでいるからである。

農民が風俗・習慣として伝えていた、そしてもちろん「農法」としても伝えていた、ドイツ的な伝統を大切にしたシュタイナーの思想と、このようなヒトラーの発想とは、よく似ています。時代の前後関係からすれば、ヒトラーがシュタイナーから学んだのでしょうが。

この、ラウシュニングが書いた別の本、『保守的革命』から、アメリカの有機農業運動の指導者ジェローム・アーヴィング・ロデイルの主著『黄金の土』に、ナチス・ドイツの有機農業の思想的に重要な部分か引用されていることを、藤原さんは指摘して、その引用部分を再引用しています。『黄金の土』は、一楽照雄が日本語に訳して、日本有機農業研究会の活動に大きな影響を与えました。日本有機農業研究会は、ロデイルを日本に呼んだりもしています。
ロデイルつながりで言えば、ナチ党政権時代に、「バイオ・ダイナミック農法」の実
践家、エーレンフリート・プファイファーが、はるか遠いアメリカに移住して、農園を営みます。プファイファーは、ロデイルに直接的な影響を与えています。プファイファーは、英語で『バイオ・ダイナミック農法および園芸』という本を出版していることも、藤原さんは指摘しています。プファイファーという人は、すごいことをしているわけです。
もう一つ、ロデイル関連で付け足しますと、「自然農法」の岡田茂吉も、ロデイルと深い
関係があるらしいですが、わたしは、岡田茂吉の本を読んだことがないので、それがどのような関係なのか、判然としません。ネットで検索すると、岡田茂吉からロデイルへ多額の活動資金の提供があったような記述が、ちらほらありますが、どこまで信じていいのか判断できません。

話は前後しますが、ヒトラーの発言の中にあった「自然と血に根ざした真の信仰」に関連するエピソードを、藤原さんは紹介しています。1940年に、帝国食料大臣ダレーに会見した、報知新聞特派員、藤澤親雄が、『戦時下のナチス独逸』で伝えているダレーの、次のような発言です。

【藤澤親雄『戦時下のナチス独逸』の中の、ダレーの発言】
ナチスの世界観は、日本の神道に非常に近い。そこで我々は、日本のやうに先祖崇拝
の感情を振興しようと思ふ。この感情が起つてこそ、過去の伝統と現在の生活とが固く結ばれる。斯かる意味に於て、独逸は日本に学ぶ点が多い。

ドイツ人という人種の「血」に、とことんこだわるナチスが、先祖崇拝という形で、自然に「血」の意識を持っている日本の文化に学びたいと言っているのです。
ドイツ人が、キリスト教を押しつけられる前に持っていた信仰世界に郷愁を感じるよ
うに、わたしたち日本人も、近代化以前からあった神道的な世界観(ゆがめられた国家神道ではなくて)に、理想を重ねがちなことを考え合わせると、「血」という概念の持つ強さ、しぶとさに、改めて驚かされます。
「血」と言えば、わたくしごとですが、わたしは、父方も母方も元は「田中」姓では
なく、また、きょうだいがなく、配偶者も子どももなく、「田中家の墓」なんてのもないので、「家」的な観念が、さっぱり分かりません。加えて、子どものころ、まだ赤ん坊の生まれ方といいますか、人間の生物学的発生のし方のようなことを知らないころに、周囲の大人たちが、「血がつながっている」とか「誰それの血を引く」とか「血を分けた」とか「血縁」とか「血統」とか「血族」とか「混血」とか言っているのを聞いて、てっきり、赤ん坊は、両親の血を混ぜてつくるのだと、思い込んでいたのですが、真実を知ったときには、「だまされた!」というくやしさがこみ上げてきたのを、はっきりと覚えています。胎児と母体は、胎盤をとおして、酸素・栄養・老廃物の交換をしていますが、血は、一滴も混ざっていません。わたしは「血」という概念によって、「言葉は実体を伴わない」ということを、身にしみて知りました。

「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの有機農業との間には、宗教的な共通性があるほかにも、「生命」というイメージを横溢させたり、農民を農作業へ動機づけたりと、共通する性質が多くあって、互いによく共鳴し合いましたが、1941年、ナチスは、「バイオ・ダイナミック農法」を禁止します。バイオ・ダイナミック農法全国連盟のメンバーが逮捕されたり、機関誌が発禁になったりします。食料増産を急ぐあまり、化学肥料をとり入れたり、まどろっこしい「オカルト儀式」をやめさせたり、したくなったのではないかと思います。
しかし、「バイオ・ダイナミック農法」は、ナチスの外では、名前を変えて、「農業
研究所」のような形で残ったり、ナチスの内側では、ハインリッヒ・ヒムラーのような人が、「生命法則農法」という名前で、引き継いでいきます。
「バイオ・ダイナミック農法」のような、似ていて微妙に違うものを、利用するか、
禁止するかという判断、言い換えれば、とり込むか、排除するかという判断は、非常にむずかしいと思われます。「歴史に‘イフ’はない」と言いますから、もし「バイオ・ダイナミック農法」が禁止されていなければ、ということは、考えてもしようがないのかもしれません。でも、1941年に、はっきり禁止されていたからこそ、ナチ党と心中しないで、戦後も生き残れたことを思えば、「バイオ・ダイナミック農法」の側からすれば、禁止されてよかったのかもしれません。ちなみに、人智学自体は、すでに1935年に、禁止されています。

藤原さんは、「バイオ・ダイナミック農法」が、辺境を求めて、世界各地に拠点を築き上げていていることを指摘しています。ヨーロッパ東部への進出に関しては、ナチスは、「バイオ・ダイナミック農法」が開拓した拠点を利用していけばよかったのです。
この、ナチスと「バイオ・ダイナミック農法」との関係のくだりを読んで、わたしは
、植民地を拡大していた時期の、列強各国の、キリスト教教会と帝国軍隊の関係を思い浮かべさせられました。「バイオ・ダイナミック農法」が、農園開拓の形で周辺諸国へ「進出」していくのと同じように、キリスト教の教会も、軍隊による植民地化の露払い役を果たしてきたからです。

「血」の観念に関わる論題を、もう一つ。
藤原さんが本書の中で何度も繰り返して訴えていること、それは、ナチスが、生命に
対して、ディープ・エコロジー的な、豊かで、慎ましい感覚を持っていながら、なぜ、大勢の異民族を殺すことができたのか、ということです。引用します。

アードルフ・ヒトラーは、1933年11月24日、「動物を不必要に苛めたり手荒く虐殺すること」(第1条(1))と「麻酔なしの非専門的方法で動物に苦痛をともなう手術を行うこと」(第2条の(9))を禁じた「動物の保護に関する法律」を定め、1934年7月3日には狩猟の制限を定めた「狩猟に関する法律」、1935年6月26日には、「帝国自然保護法」を制定していたのである。マイヤーに代表されるナチスのこうした「生命に対する感覚」、自然に対する慎ましやかな態度は、人間の「生物学的抹殺」を傍観するどころか、むしろそれに積極的にかかわっていたのである。その一方で、ヒトラーやマイヤーたちナチスは、近代西洋の膨張と工業化を支えた「自然=無尽蔵」の思想に抵抗し、人間の無力さと自然の偉大さを強調し、「人間中心主義」的世界観からの脱却を図ろうとしているのだ。

マイヤーというのは、3100万人の他民族をシベリアに追いやり、そのうち1700万人を虐殺するという、「東部総合計画」を立案した、ベルリン大学教授の、コンラート・マイヤー=ヘトリンクのことです。
動物の権利を認めながら、人間は殺すことができる。このちぐはぐさを、藤原さんは
、ボリア・サックスの言葉を引きながら説明します。

【ボリア・サックス『第三帝国における動物たち――ペット、スケイプゴート、ホロコースト』】
ナチスのやり方は、動物と人間とのあいだの境界を曖昧にすることで、人間の殺害を
動物を殺すように見せることだった。

人間と自然との共生を謳い、人間を自然に溶け込ませようとするエコロジー的思想が、人間と動物との境界を曖昧にさせて、人間の殺害に抵抗を持たせなくさせる、ということらしいです。こういう解説は、なるほどと思わせなくもないですが、しかし、生き物を殺したいという「憎悪・敵意」を説明しているとは、わたしには思えません。この考え方は、心理的に人間を殺しやすくした説明にはなっても、人間を殺そうとした直接の動機を説明するものではありません。人は、たとえ小さな虫でも、「憎悪・敵意」がなければ、あえて殺そうとは思わないものです。
「憎悪・敵意」をあおったものは、何だったのでしょう。藤原さんは、あまり積極的
にはお書きになっていませんが、わたしは、それは、優生思想だったのだと思います。優生思想に、人種(幻想としての「血」です!)への偏見を結びつけて、非ドイツ人種への「憎悪・敵意」をあおったのです。
仕事で栽培や牧畜をしたことがある人ならば分かると思いますが、それらの活動には
、優生思想が深く浸透しています。充実した種を選んで、畑に植えます。遺伝する障碍がある家畜には、子を産ませません。こういう優生思想に、非ドイツ人種への偏見を結びつければ、人びとの意識は、容易に迫害へ向かいます。
まあ、優生思想についての解説は、「言い古されて」いるので、あえて、今まであま
り言われてこなかったエコロジー的思想の落とし穴を強調してみせたのかもしれませんが。

ナチスの思想は、反キリスト教的ではありますが、被迫害意識をかきたてて、怒りや憎しみの感情を外部にぶつける心性は、キリスト教から感染したのかもしれないと、わたしは思います。
旧約聖書に見られる選民意識と、ドイツ民族の優秀性を信じる姿は、大変よく似ています。自民族へのプライドが高まると、過去に受けた屈辱を、何らかの形ではらしたくてしようがなくなるのではないでしょうか。それも、直接屈辱を加えた相手ではなく、屈辱を加えられたという事実を隠すように、攻撃する対象をずらして、悪感情をぶつけていくのです。

もう一つは、地政学的な条件が、ナチス・ドイツを、「人種」迫害に向かわせた、と考えることもできます。他の列強諸国が、本国とは遠く離れた、人口密度の低い植民地で、ただ同然の労働力がいくらでも使える状況であったのに比べて、当時のドイツは、いわば周囲を全部「敵」に囲まれた中で、領土を拡張していかなくてはならず、獲得した領土に元もと住んでいた人たちを奴隷にするのもむずかしく、結局、追いやるか、殺すしかなかったのではないか、と思われます。つまりナチス・ドイツは、土地がほしかったのであって、そこに住む人びとは、いらなかったのです。
もっとも、地政学がナチス・ドイツで発展した学問であることを考え合わせると、こ
ういう地政学的発想は、あと付けの言い訳にすぎないとも言えますが。

本書の一連の考察で見てきたことが、ナチス・ドイツだけに限った問題でないことは、わたしたち日本人も、「満州」で、これと同じような植民活動をしたことを思い出せば、すぐに理解できます。藤原さんは、「満州」の農業政策に影響を与えた、黒澤酉蔵(くろさわとりぞう)の「循環農法」の思想をとりあげています。
黒澤酉蔵といえば、北海道ではよく知られている人です。雪印乳業の創業者ですし、
キリスト教主義学校の酪農学園大学の創設者でもあります。酪農学園は、「神を愛し、人を愛し、土を愛する」三愛精神というのを、建学の精神として掲げています。
黒澤の「循環農法」は、家畜の糞尿を肥料として利用する、物質的に地域で完結する
有畜農業で、人間と作物と家畜と土との関係の考え方が、ナチスの「生命空間」の思想ときわめてよく類似している、と、藤原さんは指摘しています。そして、黒澤が、ナチスの人種思想に共鳴していたことを裏付けるものとして、次のような発言を引用しています。

【黒澤酉蔵『健土国策と有畜機械農業』】
我々の食物を考へて見るといふと、化学肥料といふものは丁度卵か牛肉といふもので
あるのであります。蛋白質であります。それでは蛋白質ばかり食つて居ればよいかといふと、さうでない。我々の主食となるのは米なり、麦なり、粟なり、稗なりといふものが主食であつて、さうして魚とか肉とかいふものは、これは所謂栄養の不足分を補ふ補助食物であります。補給食物であります。実は我々欧米の間違つた文化が世の中に広がりまして、これをユダヤ医学と言ひ、ユダヤ文明と申して居りますが、学問の中毒といふものになつて、何でも御馳走さへ食へればよいといふことで、却つて健康を害して居る。

藤原さんは触れていませんが、一楽照雄(いちらくてるお)が日本有機農業研究会を設立するときに、肝心の「オーガニック」を日本語で何と訳すかを黒澤酉蔵に相談しています。一楽は、ロデイルをとおしても、ナチス・ドイツの有機農業に影響を受けています。「生命」のイメージを横溢させたり、農民をおだてたりする手法は、そっくりと言ってもいいほどです。
上に引用した黒澤の発言にも見られますが、有機農業にまつわる言説には、偏見が入
り込みやすい傾向があるようです。わたしたちは、言葉のムードに溺れることなく、批判的な心構えをしっかり保って、言葉の手品にだまされないように気をつけたいものです。

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一楽照雄と日本有機農業研究会

日本有機農業研究会については、前回の記事イバン・イリイチ、桜井直文監訳『生きる思想』(藤原書店))で触れましたが、若干の補足をしておきます。日本有機農業研究会と農業関連の諸潮流との関係図をつくってみました。

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農文協の設立が1940年です。このころ、各国で、近代的な農法に対する批判が起こってきます。それは、農薬や化学肥料の多用によって、農民の生命や自然環境が破壊されたことへの反発が、原因しています。
このような批判は、多分に、農本主義的な性格を持っています。問題があっても、農業をやめるわけにはいかず、農民を叱咤激励する必要が出てくるからです。
また、このような批判には、たとえば、シュタイナーのように、前近代的な風俗・習慣・信仰をとり込む傾向があります。問題は近代化であるとされて、近代主義に対する反動の動きが形成されてくるからです。

日本有機農業研究会は、一楽照雄が主導していた団体と言っていいと思います。一楽の思想は「協同組合主義」であると言っていいと思います。一楽は、農林中金の常任理事でした。
一楽の日有研をあやつるやり方を見ると、全体主義に親和的な団体の運営法がどのようなものかを知ることができます。まず、設立が1971年だということに注目してください。近代農法を批判する諸潮流が1940年前後からはじまるのから、30年遅れて、はじまっています。これは、坂本尚さんも指摘していますが、左翼的な、階級闘争的な運動よりも、人間の自然破壊と闘う運動のほうが重要だ、という思想を、日有研が打ち出したことに関係があります。
わたし流の言い方をすれば、時代的にちょうど政治闘争に挫折していた左翼たちを、うまく農業関連産業にとり込んだわけです。左翼は、具体的な個と個の関係からよりも、国家や社会といった「全体」の有り様からものごとを発想しがちです。つまり、全体主義に親和的です。なので、全体の関係性(有機体のような、とか)を強調して宣伝する有機農業に、あるいは生産者として、あるいは関連産業として、あるいは有機農産物の消費者として、すんなりととり込まれやすかったのです。

これも、前回の記事で述べましたが、日有研の「有機農業」は、30年も前から、福岡正信や岡田茂吉などによっておこなわれていた「自然農法」から、「不耕起」と「無施肥」の思想を抜きとった、より開発主義的、自然破壊的、農業周辺産業振興的性格を持っています。有機資材は、輸入されたものも多くあります。日有研の「有機農業」は、既存の農業関連産業を全否定しているわけではありません。このへんも、団体操縦術としては、注目しなくてはなりません。

シュタイナーやナチス・ドイツから受けた影響を隠したり、岡田茂吉や福岡正信が持っている「宗教性」を遠ざけたりしていることは、前回の記事でも述べましたが、このことについては、もう一人、日有研の有力な発起人の一人である梁瀬義亮に関しても、言うことができます。梁瀬は医師として農薬の危険性について発言したりしていましたが、大乗仏教の勉強会などの活動もしていました。梁瀬が現在の日有研で、ほとんど語られることがないのは、その「宗教性」がきらわれているのではないかと想像します。
日有研の本流を「脱宗教化」することで、広範な人たち、殊に政治運動で挫折した左翼の人たちの受け皿として、受け入れやすい雰囲気づくりが配慮されたのでしょう。しかしこれは、有機農業自体が、「生命(有機)」という言葉が持つイメージ喚起力をとことん利用した、「いのち教」と呼んでもいいような、「宗教代替物」であることを、巧妙に隠しながら、ではあるのですが。

日有研の有機農業は、農本主義の一形態なのだと、わたしは考えています。「特別な農業」をやっていると農民に思わせて、それを「誇り」にさせて、農業生産を農民に押しつけやすいようになつけると同時に、「提携」と称して、都市の富裕層に「特別な農産物」を割高に買わせて、農民に農業生産を押しつける罪悪感を麻痺させる仕組みなのです。有機農産物は、免罪符みたいなものです。

一楽の「協同組合主義」の反映ではないかと思えて、おもしろく感じたことがあります。それは、日有研のホームページのトップページの「情報交差点」という記事(広告ではない)で紹介されている「鯉淵学園農業栄養専門学校」の、そのホームページの中に、学校の運営主体である財団法人農民教育協会の沿革が、次のように出ているところです。

 財団法人農民教育協会は、昭和23年5月、全国農業会が解散し全国農業協同組合中央会に改組されたことに伴い、全国農業会の教育事業であった「全国農業会高等農事講習所」(現在の鯉淵学園農業栄養専門学校)などを受け継ぎ、農村社会の有為なる形成者の養成及び農村指導者の研修を目的として農林水産省の認可を受けて設立された財団法人です。
 また、昭和63年より、公益性の高い特定公益増進法人として農林水産大臣より証明を受けております。

山下一仁さんが、『農協の大罪』の中で、スクープのようにして明かした、農協は戦中の統制組織を引き継いだだけのものだ、ということを、むしろ、みずから誇らしげに(?)宣伝しているのです。
そして、そのような出自の学校を、日有研がそのホームページで、“有機農業や自然食品”に関心がある人、“田舎暮らしで家庭菜園”を楽しみたい人、これから“本格的に農業をしたい”人は、この学校の社会人研修コースで学んでみませんか?と、勧誘しているのです。トップページの記事からのリンクで、この学校だけへと、勧誘しているのです。

日有研と農文協の関係については、農文協のホームページに「「農村空間」が新しい時代をつくる」という文書がありまして、そこに、このあたりの事情が出ています。一部を引用します。

 有機農研の運動を積極的に助けたのが岩渕直助が指導する農文協であった。財政基盤のない「有機農研」に農文協の事務室を提供し、有機農研の機関誌『たべものと健康』(現在の『土と健康』)の発行を手助けした。

同じ文書には、次のような部分もあります。

1971年、元農林中金常務理事の一楽照雄(農文協理事)が日本有機農業研究会を創立した。その宣言に曰く。「有機農業をすすめる農民は、都市民との提携によって消費者の食意識の変革を目指す」。
 つまり、農民が都市民の意識変革をするというのである。およそ人類史上で、農村が都市を領導したことはない。農村は都市文明を受け入れることによってのみ、進歩するものとされてきた。

この文書は、「農文協論説委員会」の署名になっていますが、前回の記事でご紹介した、農文協副会長の坂本尚さんの発言とそっくりです。もしかしたら、坂本さんご本人がお書きになったのかもしれません。
すでに指摘しましたが、これは、ナチス・ドイツの農業思想家ゲオルク・ハルベが、自然に触れる農民こそが世界の本質をよく理解できる、という形で、一楽らが日有研を創設する30年ぐらい昔に言っていることで、人類史上初、ということではありません。

ゲオルク・ハルベは、農民が都市住民を、積極的に「指導(領導?)する」とまでは言ってないかもしれませんが、農民のほうが都市住民よりも物事の本質をよく理解できると、農民文化の優位性を説いていますので、本質的には同等のアイデアであろうと思われます。

以上。まとまりも「オチ」もありませんが、前回の記事の補足、ということで。

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イバン・イリイチ、桜井直文監訳『生きる思想』(藤原書店)

きょうは、10年前の本です。イリイチの論文集『生きる思想』から、「「生命」の偶像崇拝」を読んでみます。そして、そのあとで、日本有機農業研究会の会誌「土と健康」のバックナンバーから、イリイチが指摘する問題とつながるような部分をとり出して、読んでみようと思っています。

その前に、「有機」「オーガニック」という言葉の意味・使われ方ですが、少し詳しい辞書を引いてみました。まず、「有機」を、「講談社日本語大辞典」で調べました

ゆうき【有機】[対義]無機(1)生活機能と生活力を持つこと・もの。organism(2)有機物に関すること。organic

次に、「研究社新英和大辞典」で「organic」を調べてみました。

organic(1)[化]有機の(2)有機体(生物)の(3)臓器の、器官の(4)[病理]器質性の(目で認められるような病気のある)(5)有機的の、組織的な、系統的な(6)(有機体のとっての)生まれながらの、固有の、本質的な、根本的な[法](国家構成上)基本的な、憲法上の[言語](構造が)偶発的でない

まず「有機」のほうから見ていきますと、「農業」を飾る言葉として「有機」を使うことは、(1)(2)どちらの意味でも、おかしいことが分かります。「農業」自体は、有機物でも無機物でもありません。「農業」自体が生活機能や生活力を持ったりしたら、農業を営む人間は要らなくなります。有機物に関する農業、というのも、意味不明です。動植物由来の有機資材を主に使う、という意味ならば、非有機農業を「無機農業」と呼ばない理由が分かりません。
「有機農業」というのは、ようするに、比喩なのです。organic の意味にからめて言
えば、有機農業とは、「有機体(生物)のような農業」という意味なのです。農業を有機体(生物)に、たとえているのです。「有機的」という言葉も、農業を飾る場合は、資材・作物・土壌・微生物・気候・生産者・消費者などの相互関係が、生き物の体のように、系統的に、秩序にしたがっ形成されている、という意味なのです。

「有機農業」のように、ある言葉を掲げて「運動」をする場合、やる必要のある作業は、2つあります。対象概念を規定することと、それに名前を付けることの2つです。有機農業に関しては、「無農薬」と「無化学肥料」を条件に定めて、概念規定をしました。日本で有機農業をはじめた人たちは、「オーガニック」の訳に「有機」という多義的な語を選ぶことによって、社会有機体説のような、全体主義に親和的な幻想を、そこに関わる人たちに振りまくことに成功しました。
もっとも、これは、「オーガニック」という語を選んだ、日本の有機農業の思想的源
流である人たちの成功であって、日本有機農業研究会は、見事にぴったりはまった訳語を見つけた、というだけのことなのかもしれません。

ここで注意してほしいのは、1971年に日本有機農業研究会が創設されて、一楽照雄らが「有機農業」という言葉を(同研究会が定める形で)定義したとき、すでに、福岡正信と岡田茂吉の両氏は、それぞれの方法論による「自然農法」の活動をしていた、ということです。福岡正信の農法で特徴的なのは、不耕起ですし、岡田茂吉の農法で特徴的なのは、無施肥です。これらの特徴的な農法を、有機農業は引き継ぎませんでした。そして、自然農法とは別の、有機農業を「あとから」はじめたのです。
有機農業の運動がはじまる何十年も前から自然農法はありました。自然農法の福岡正
信は、日本有機農業研究会の創設にも参加していますが、やはり、自然農法との違いに気づいて、有機農業とは距離を置くようになります。
有機農業が自然農法から「引き算」したものは何でしょうか。それは、不耕起と無施
肥の思想です。なぜそうなったのでしょうか。答えは簡単です。有機農業が農生産の安易な効率化を図ったからです。有機農業は、自然農法に比べれば、はるかに開発型の農業なのです。「農業が自然を守る」などという宣伝は大嘘で、大局的に見れば、農業は、そのはじまりからずっと、自然破壊でした。

もうひとつ、日本有機農業研究会が、自然農法と異なる道を歩んだ理由は、これはわたしの想像ですが、岡田茂吉は世界救世教という宗教団体のリーダーで、はっきりとした宗教家でしたし、福岡正信は、独特の哲学を展開していました。一楽照雄は、それらの方法では、広範な人びとを組織できないと考えたのではないかと思います。

日本の有機農業のはじまりには、国内の自然農法以外にも、外国からの影響もあります。「オーガニック」の名を掲げた農業運動の源流があります。それは、ナチス・ドイツの農業政策です。そして、ナチス・ドイツの農業政策に相互に影響を与え合った、シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」があります。
ドイツではじまった有機農業は、アメリカなどの他の国の農業にも影響を与えますが
、日本有機農業研究会は、ドイツからの影響については、国内で実践者がいる「バイオ・ダイナミック農法」を、たまに「不思議がいっぱいの農法」などという、ビミョーな表現で紹介する程度で、まったくといっていいほど、語りたがりません。一楽照雄は、東大の農学部を優秀な成績で卒業した人なので、海外の動向を知らないわけがありません。「ナチス・ドイツ」という、「印象の悪い」ところが源流なので、隠したのでしょう。

日本の有機農業の本質をまとめます。それは、新しい開発型の、言い換えれば自然破壊型の、農業様式です。「新しい」というのは、農薬と「化学肥料」を使う「古い」農業と比べて「新しい」という意味です。しかし日本の有機農業は、うまく隠してはいますが、じつは、ナチス・ドイツのまねです。この農業様式に「有機」という多義的な名を付けて(正確に言えば、的確な訳語を付けて)、全体主義に親和的な思想を広めました。こうして、もともと全体主義に親和的な、70年代の挫折した左翼たちをとり込むことに成功しました。「自分たちは「有機農業」という特別の、素晴らしい活動をしている」という「ほこり」を持たせることで、農民を農作業を押しつけられやすくなつけて、都市の富裕層を有機農産物を買わせることで「提携」させて、農作業を押しつける罪悪感を麻痺させる、という形で、農業と流通の産業を組織していきました。

さて、それでは、イバン・イリイチの「「生命」の偶像崇拝」を読んでいきましょう。この論文は、元カトリックの神父であったイリイチが、プロテスタント系のアメリカ福音ルーテル教会に招かれておこなった講演が元になっています。教会は「神の言葉(聖書)」に照らして、偶像崇拝を裁け、という考え方が基調になっています。
わたしは、「聖書」は、有害無益なものと思っていますので、イリイチの発想には同
調しませんが、産業社会がわたしたちの日常に埋め込んでくる諸概念を、異化して、批判する手法は、学べるものが多いと思います。

イリイチは、「生命そのもの The Life」と「一つの生命 A life」を区別して、前者は実在するが、後者は虚構だと言います。そして、後者の「生命」は、専門家たちによって管理される対象になりさがっている、と批判します。
イリイチがこのような批判を展開する根拠は、「聖書」です。「「生命」の偶像崇拝」か
ら引用します。

皆さんが船上に掲げているのは、主の福音です。つまり、主がマルタに対して「わたしは生命(いのち)である」と言われたときに、マルタに告げられた福音です。主は「わたしは一つの生命である I am a life」などとは言いませんでした。ただ「生命〔そのもの〕である I am Life」と言ったのです。

ひとりひとりの生命があるのではなくて、生命そのもの(神)があるだけだ、というのです。「生命」という言葉を使えば、そういう実体もあると勘違いしてしまう、わたしたち人間の認識習性を、イリイチは批判しているのです。
もっとも、概念批判ということでしたら、仏教のほうが徹底しています。仏教では「
諸法無我」と言って、すべてのものごとには実体がない、と言います。「わたし」という、人間の中核になるもの、通俗的な言い方をすれば「霊魂」となりますが、そういうものは存在しない、と考えます。すべてのものごとに実体がないのですから、「生命そのもの(神)」も、原理的には、ないことになります。

続いてイリイチは、「生命」という語の使われ方の歴史をたどりますが、注目したいのは、「生命という概念のいかがわしさは、エコロジー論議において、とくにはっきりとあらわれ出る」と言っている部分です。同書から引用します。

 エコロジーとは、まずさしあたって、生あるものと、その住環境との間にむすばれる相互関係についての学問、と言うことができる。しかしさらに、このことばは近年ますますさかんに使われるようになってきて、すべて知りうるかぎりの現象を関連づける、一つの哲学的な方法をさして言うようになってきた。その後エコロジーは、サイバネティック・システムという考え方をさすようになる。このサイバネティック・システムとは、同時にモデルでもあり実在でもある。言いかえれば、自らを観察すると同時に定義し、自らを規制すると同時に維持するようなプロセスである。このような考えかたのスタイルにおいては、生命は、システムと等置されるようになる。つまりこうした考えかたは、生命をおとしめ、かつ同時にそれを構成するという、抽象的な偶像崇拝なのである。

ようするにイリイチは、「神に根拠づけられないシステムは、けしからん」と言っているわけです。神を根拠に、いかがわしい概念を洗い出せと、プロテスタント系にけしかけているのです。こういう方式で批判ができるのなら、いろいろな概念が「いかがわしい」とされて、ぼろぼろ出てくるだろうなあ、と思われますが、事実、イリイチは、次のように、「いかがわしい」概念を、批判しまくります。

 来る日も来る日も、管理された諸事のなかに暮していると、われわれはみな、さまざまな虚構された実体の世界をあたりまえのものとして受けとるようになっていきます。われわれはしだいに、健康管理の進歩だとか、万人の教育だとか、国際的(グローバル)意識だとか、社会開発だとかいった新しいことばで、これら管理された幻について語るようになっていきます。また、それに加えて、誰にも文句のつけようのないような「より良い」「科学的な」「近代的な」「すすんだ」「貧しい者たちの利益になる」といったことばがそえられます。われわれは、管理によってはぐくまれた幻を指して「ことばのアメーバ」と呼んでいますが、こうした「ことばのアメーバ」は、自明性、啓蒙、社会的関心、合理性といった意味合いをもつとしても、けっして、われわれ自身が自分で味わい、嗅ぎ、体験することのできるようなどんなものも言い表すことができないのです。このような、ことばの蜃気楼のゆらぐ「意味論的な砂漠」とも言うべきもののただなかにあって、われわれはどうしても「ライナスの毛布」がほしくなります。つまり、いつも身近にかかえ歩くことができて、聖なる価値を手ぎわよく守ってくれるような気がする、威信ある偶像が必要となるのです。ふり返ってみれば、国内における社会的正義も、海外における開発も、世界平和も、みなこうした偶像であったことがわかります。そして、いまやそうした偶像の新しい名が「生命」だというわけです。

言葉は、考える道具ですが、感じさせられる道具でもあります。考えるということは、身近すぎて分からなくなっている言葉を、自分から引きはがして、距離を置いて見えるところに置くことです。感じるというのは、この逆で、感じさせる言葉の中に没入して、それが客観的に何であるかを分からなくさせてしまうことです。
自分の言葉に酔う人は、論理的にハチャメチャでも、気にならなくなります。「人の
振り見て我が振り直せ」ではありませんが、自戒しなければ、と思います。
イリイチが批判する際に根拠にしている「聖書」は、人間にとってなんの根拠にもならない、とわたしは思いますが、イリイチが、
身近な、わたしたちが疑うこともしないでいる概念を、次から次へと批判していく姿勢には、学ばなくてはならないと思います。

シュタイナーの「バイオ」、ナチス・ドイツの「オーガニック」、日本有機農業研究会の「有機」などは、「生命」という語が持つイメージ喚起力を、とことん利用して、人びとを管理してきた実例として、挙げることができると思います。
ここからは、日本有機農業研究会の活動から、「生命」のイメージ喚起力を利用して
いると思われる例を、挙げていこうと思います。脱会記念スペシャルです。

近年の日本有機農業研究会の活動で、「生命」節を炸裂させたのは、去年の第36回全国大会でした。テーマが「つながるいのち つなげるいのち」です。「繋がる命 繋げる命」と漢字で書かないところがミソです。漢字で書くと、意味が伝わりすぎてしまうのです。「いのち」のほうが、ほんわか、ムードだけが伝わるのです。「つながる」と「つなげる」を並べて、違いの「が」と「げ」に注目させるのも、リアルにイメージさせないための策略です。
こういう全国大会に参集する人たちというのは、「いのち」や「つながり」に飢えて
いるのでしょう。しかし、有機農業は、人を引き寄せようとするだけで、本物の「いのち」には触れられないし、「つながる」ことも、できません。有機農業で作物を育てても、有機農業の作物を買って食べても、ただそれだけのことで、「いのち」や「つながり」とは関係ありません。宣伝というのは、人が集まれば、それでいいのです。
去年の全国大会の記念講演は、『生物と無生物のあいだ』の著者、福岡伸一さん。講
演の題が「生命とは何か? 食べ続けることの意味と有機農業」。ほとんど、「新興宗教いのち教」といった感じです。

同じく、去年の全国大会での基調講演として、一楽照雄とともに日本有機農業研究会の創設に参加した坂本尚さんが、「創立者一楽照雄と有機農業」という題で、次のように語っています。

 1972年、国連人間環境会議(ストックホルム)が開かれています。この国際的な会議でいろいろ検討をし、自然と人間の敵対矛盾関係を正していこうと論議しています。国連の会議というのは、そういうことが世界各地で検討されていたから開けたわけですね。それが1972年です。
 そのような時、一楽照雄は日本にいて、有機農業研究会をつくるにあたって、そう
いう世界の動きをちゃんと認識して有機農業の意味を把握し、そのことを宣言した。もう少し私なりの意味を申し上げますと、階級闘争の歴史は終わって、すなわちブルジョアジーとプロレタリアートの敵対矛盾関係ではなくて、自然と人間との敵対矛盾関係に地球がさらされている。70年代は、そこをどうするかを問題にする時代に入った。
 その、自然と人間の敵対矛盾関係を克服する能力をもっているのは、工場労働者=
プロレタリアートではなくて、農民なんだということを、一楽はその根底で考えています。およそ人類史上初めて、一楽は、農家が都会の人々を指導するべきだということを言った。そこに大きな意味があるということを申し上げたい。こんなことを言った人は、それまでただの一人もいなかった。

「人類史上初めて」ではありませんね。わたしが書いた前回の記事(「農民の誇り」のつくり方)でも触れましたが、藤原辰史さんが『ナチス・ドイツの有機農業』の中に引用している、ゲオルク・ハルベが、一楽の30年も前に、同じようなことを言っています。もう一度、前回の記事と同じ部分を引用します。

 例えば、ナチ期農業思想の重要な担い手のひとり、ゲオルク・ハルベは、有機農法を単に様式としてばかりでなく、人間の自然認識変革をもたらすものとしても捉えていた。ハルベは、ユダヤ人やイギリス人がもたらした「物質主義的世界観」が現在の自然科学の基礎となっていると指摘し、都市の研究室や実験用農場で得られた研究成果で満足する自然科学者の自然科学観を徹底的に攻撃している。その根拠となるのが、ゲーテの次の言葉だ。「自然を把握しそれを直接利用することは、人間にはほとんどできない。認識と実用のあいだに、人間は、妄想を見いだそうとする。かれらは、それを入念につくり出し、それにかまけて、利用するはおろか対象そのものを忘れる」。ハルベは、そうした人間の傲慢さを最も体現しているのが、生きたものを死んだものとして把握する自然科学者だと批判する。そして、生きたものとして把握できる農民をそれに対置させる。そのうえで農民は、農場内の土壌、植物、動物、人間のつながりのなかで生き、そうした有機的関連性のなかで自然を把握するので、化学肥料ではなく、農場内の家畜が排出した糞尿を肥料として用いるべきだと推奨している。いうまでもなく、その家畜の飼料も、農場内で育った植物でなくてはならない。最後には、有機農法を「国民社会主義的な仕事」として称賛さえしているのだ。

ナチス・ドイツは印象が悪いから、影響を受けたことを言わないでおこう、ぐらいまでは、まあ、同情もできますが、「人類史上初めて」の名誉まで奪うことまでやっては、やっぱり、まずいでしょう。これが、講演者の坂本尚さんの思い違いならばいいのですが、どうも、一楽照雄自身が、当時から、「自分たちが一番だ」と言っていたような印象を受けます。
こういう、自分たちに都合がいいように言う、正しくなくても、人が思ったように動
けばそれでいい、という発想で言う、「大本営発表」みたいな体質になるのは、一番最初に「有機」という、多義的な語を看板に掲げた最初の時点で、もう運命づけられていたような気が、わたしにはしてなりません。

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「農民の誇り」のつくり方

藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)を読んでいます。シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの農業政策との関わりについて研究した本です。プロローグとエピローグを読み終わりました。全部読み終わったら、改めて感想の記事を書きます。
とりあえず、読み終わったところ(プロローグとエピローグ)の内容について、わたしの立場から言えることは、これは、「農民の誇り」のつくり方の研究ではないか、ということです。シュタイナーにしてもナチス・ドイツにしても、農民をおだてて、農業労働をやらせようとして、農業にまつわる「神話(物語)」をつくったのではないでしょうか。それが、「有機農業」だったのではないでしょうか。

日本有機農業研究会では、シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」とナチス・ドイツの農業政策については、まるで知らなかったような扱いをしていますが、有機農業の源流は、間違いなく、ドイツにおけるこの2つの思潮の交流にあります。そして、有機農業の本質、つまり、「生命(バイオ)・有機(オーガニック)=生命力を有するの意味」という言葉が持つイメージ喚起力を最大限利用する、という点では、発足時から現在に至るまでの日本有機農業研究会は、有機農業の源流である、ドイツにおけるこの2つの思潮と、まったく同質だと言えます。

シュタイナーの「バイオ・ダイナミック農法」のほうは、「どうしてこのような儀式のような農法をするのですか」とたずねても、象徴的な、神秘主義的な答えしか返ってこないのではないかと想像しますが、ナチス・ドイツの農業政策は、現代の日本人が聞いても、よく分かりますし、非常に魅力的に聞こえます。
ナチ(国民社会主義)党政権は、革命やクーデターで成立した政権ではありません。選挙で、国民の支持を集めて当選しました。ドイツ国民は、ヒットラーの演説に熱狂していました。熱狂するほど、魅力的だったのです。

『ナチス・ドイツの有機農業』に引用されている、ナチス・ドイツの農業政策を見てみましょう。まずは、1935年に制定された「帝国自然保護法」前文「そのもの」です。

 今も昔も、森や野原の自然は、ドイツ民族の憧憬であり、喜びであり、保養地である。
 昔と比べると、故郷の景観は根本的な変化を遂げ、その植物相も、集約的な農業や林業、一面的な耕地整理と針葉樹林の植林によってしばしば変質した。植物相の生命空間(レーベンスロイメ)が減少することによって、多種多様な、森や野原を活気づけていた動物世界も次第に消えていった。
 こうした展開は、多くの場合、経済的必要性によるものだった。今日では、ドイツの景観をそのように改造したところで、観念上の、あるいは経済的な損失が公然のものとなっている。
 世紀転換期の頃に生まれた「天然記念物保護区」は、部分的にしか指定されなかった。なぜなら、本質的な、政治的および世界観的前提に欠けていたからである。ドイツ人の改造があってはじめて、有効な自然保護の前提が作り出された。
 ドイツの帝国政府は、最も貧しい民族同胞にさえも自然の分け前を確保することをみずからの義務としている。それゆえ、帝国政府は、下記の帝国自然保護法を制定し、ここに公布する。

どうでしょうか。「生命空間」とか、ちょっと怪しげな言葉も出てきますが、大筋で間違ってはいませんでしょう? 現代の環境政党が起草した法律だと言っても、とおりそうではありませんか。
藤原辰史さんは、この『ナチス・ドイツの有機農業』のプロローグの中で、こう言っています。

「人間中心主義」批判と「動物への権利」の主張。ディープ・エコロジーが目指す理想を、ナチスは、1935年の「自然保護法」と1933年の「動物保護法」という二つの法律ではっきりと描いていた。つまり、〈第三帝国〉は「人間中心主義」から「生物圏平等主義」へという未知の領域に踏み込む実験を、国家規模で、しかもディープ・エコロジーが登場する40年前に、法律上においてはじめて断行した国家なのである。言い換えれば「人間」だけではなく、人間も動物も植物も包括する「生命」を国家の軸に据えようとしたはじめての試みなのである。

わたしが当時のドイツにいたら、ナチ党の農業政策に賛同して、喜んで有機農業をやっていたかもしれません。
もう1カ所、「プロローグ」から引用しましょう。

 例えば、ナチ期農業思想の重要な担い手のひとり、ゲオルク・ハルベは、有機農法を単に様式としてばかりでなく、人間の自然認識変革をもたらすものとしても捉えていた。ハルベは、ユダヤ人やイギリス人がもたらした「物質主義的世界観」が現在の自然科学の基礎となっていると指摘し、都市の研究室や実験用農場で得られた研究成果で満足する自然科学者の自然科学観を徹底的に攻撃している。その根拠となるのが、ゲーテの次の言葉だ。「自然を把握しそれを直接利用することは、人間にはほとんどできない。認識と実用のあいだに、人間は、妄想を見いだそうとする。かれらは、それを入念につくり出し、それにかまけて、利用するはおろか対象そのものを忘れる」。ハルベは、そうした人間の傲慢さを最も体現しているのが、生きたものを死んだものとして把握する自然科学者だと批判する。そして、生きたものとして把握できる農民をそれに対置させる。そのうえで農民は、農場内の土壌、植物、動物、人間のつながりのなかで生き、そうした有機的関連性のなかで自然を把握するので、化学肥料ではなく、農場内の家畜が排出した糞尿を肥料として用いるべきだと推奨している。いうまでもなく、その家畜の飼料も、農場内で育った植物でなくてはならない。最後には、有機農法を「国民社会主義的な仕事」として称賛さえしているのだ。

分かりますでしょうか。要するに、「農民が一番!」という、おだてです。ただの農業でおだてても効果が薄いので、有機農業という、「特別な」農業に限定することによって、「ありがたさ」を増幅せようという目論見です。
牛・豚・鶏といった家畜は、実在します。それら家畜は、糞尿を排泄します。これも実在することです。それら糞尿をを田畑の肥料に使うこと、それ自体は、なんの問題もありません。問題なのは、そのような農作業に「バイオ(生命)」だとか「有機(オーガニック)=生命力を有するの意味」だとかいった、実体のない、ただの観念の「おふだ」をはりつけて、さも特別な農法であるかのように飾り立てて、農民や都市住民をだますことだと思います。

わたしは、このブログで何度も言ってますが、有機農業と非有機農業の境界線は、非常に恣意的に引かれています。たとえば、有機JASでの線引き(やっていいこと/悪いこと、使っていい資材/悪い資材)の根拠を示そうとしても、それは相当に気まぐれ・ご都合主義的に定められたものだ、ということが分かるだけなのです。ですから、有機と認定されたとたんに、突然特別な農産物になるわけではありません。有機と認定されたとたんに、その農作業をする農民が、特別な存在になるわけでもありません。しかし、特別になったような「気がする」効果だけは、絶大なのです。しちめんどくさい認定作業は、「気がする効果」を際だたせるための「儀式」のようなものです。

有機農業は、自分や自分の家族だけは「安心・安全」な食べものを食べたい、という、エゴ丸出しの富裕層の需要をまかなうためだけではなく、農民に「自分は特別な農法でがんばってるんだ」という意識を持たせて、農民であることを誇れるように仕向けるためのものでもあるのです。
そうやって、おだてられた農民は、人がいやがる農作業を、自発的に引き受けるように仕向けられます。国やマスコミが「農業は大切だ」というキャンペーンを、よくはっていますが、ああいうのを見ると、ほんとに、「おまえが田んぼに入って、米をつくれよ」と言いたくなります。

わたしは、以前このブログで、「ほこりを持たないで生きていくということ」という記事を書きました。

ほこりを持たないで生きていくということ

皮肉な言い方かもしれませんが、目の前に「誇り」というエサをぶらさげられて、働かされることほど、著しく誇りを傷つけられることはありません。
では、何のために働くのか、と聞かれれば、わたしの答えは、「食べるため」でしょう。もう少し広く、「生活するため」と言ってもいいです。わたしは、生きる現実のために生きたいとは思いますが、「誇り」などという幻想のために生きたいとは思いません。
わたしのこういう感覚を分かっていただくために、農業まつわる、わたし田中による「神話(物語)」を、以下に、サクッと広げておこうと思います。つきあってもらえると、うれしいのですけど。

地球は、だいたい、46億年ぐらい前にできました。で、だいたい40億年ぐらい前に、地球上に生命が発生しました。それがいろいろ進化して、だいたい500万年ぐらい前に、二足歩行して、音声言語を使えて、家族を最小単位に生活する、現代人につながる、「人類」が、誕生します。1万年ぐらい前までは、人口400万人ぐらいで、安定した暮らしをしていました。マーシャル・サーリンズが言う「始原のあふれる社会」です。

マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』(法政大学出版局)

そのころ人類は、自然が自然状態で人類を養える範囲内で生活を営んでいましたから、食べものは、特に苦労しなくても、おなかのすいたときに狩猟採集することで、簡単に得ることができました。
ところが、1万年ぐらい前に、人類は、食べものを必要以上に備蓄するようになって、これがきっかけになって、人口が増えはじめます。(アラン・テスタール『新不平等起源論』法政大学出版局、参照)
やがて、農業や畜産・酪農の技術が発明されて、人口増加に拍車がかかります。そして、人類500万年の歴史の中で、長い間400万人ほどで安定していた人口が、最後の1万年で、一気に1000倍以上にふくれあがってしまったのです。

自然が自然状態で養える人口の1000倍以上ですから、食料生産は困難を極めます。備蓄された食料は、富となり、権力が発生し、都市が形成されます。食料生産は、奴隷によってになわれるようになりました。
奴隷は、昔は、鞭でたたいて、強制労働させていましたが、曲がりなりにも民主国家においては、そのようなことはできません。そこで発明された「道具」の一つが、農民をおだてることです。農業は素晴らしい、食料生産をになうことは名誉なことだ、という農本主義的な「神話(物語)」がつくられ、教え込まれました。

「有機農業神話」も、このようなものの一つなのだと思います。神話によって、つらい思いを紛らわせたい農民と、同じ神話によって、農民に食料生産を押しつけている罪悪感を紛らわせたい都市住民とが結託して、自分たちは何か崇高なことをおこなっていると信じ込ませるような、自己催眠をかけているのです。
そうはいっても、世界の人口は、まだまだ増えている、どうしたらいいのか、という話になります。強制的な人口抑制策が間違っている、という記事も、以前に書きました。

人口抑制策批判 その1

人口を急激に減少させようとするのは、危険な発想です。そんな発想を許せば、それこそ、ハルマゲドンを自演しようとする人たちが現れかねません。1万年かけて増加したのですから、1万年かけて減少させるぐらいの、長期戦の心構えがなければ、絶望してしまいます。
短期戦では負けます。負けてもし方がないのです。これは、それほど、人間性の深い部分にある、人間の本質に関わる戦いなのですから。負けても、負けても、いつか人間は変われると信じて、伝え続けたいと思います。
人類が、自然が自然状態で養える範囲内で、つつましく生きていくことを目指していきたいです。人類が歩んできた間違った方向性を指摘することと、間違った方向に発達した社会から自分の生活を引きはがして、自立した生き方をはじめることとを、とりあえずの実践方法としたいと思います。一口で言えば、自給を目指す、ということです。

最後に、わたくしごとですが、先日、わたしは、日本有機農業研究会を退会しました。電話で住所と氏名を言って、退会する旨を伝えました。会のほうからは、「長い間のご支援、ありがとうございました」ぐらいの大人の挨拶ができれば大したものだと思っていたのですが、実際に返ってきたセリフは、「あ、そう。はい」だけでした。

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バイオダイナミック農法

今、藤原辰史『ナチス・ドイツの有機農業』(柏書房)を読みはじめたところです。この本は、ルドルフ・シュタイナーの「バイオダイナミック農法」とナチス・ドイツの農業政策の相互関係を中心に研究した本です。

有機農業について考えるのだったら、たとえば、1971年の、日本有機農業研究会の設立あたりから調べればいいと思うかもしれませんが、「バイオダイナミック農法」にも、ナチス・ドイツの農業政策にも、現代の日本の有機農業と共通する思想が貫かれていることが分かるので、いわば「源流」として、この2つについては、知らなくてはならないと、わたしは思います。
著者の藤原辰史(ふじはらたつし)さんが、この研究によって受賞した、日本ドイツ学会奨励賞の授賞式での「受賞のあいさつ」で、日本有機農業研究会の設立者の一楽照雄が訳して、今、農文協の「人間選書」の一冊として出ている、ロデイルの『黄金の土』(=邦訳『有機農業』)には、元ナチ党員であり、農場主でもあったヘルマン・ラウシュニングの農芸化学批判が引用されている、ということを明かしています。こういう思想的「つながり」は、無視できないと思います。

『ナチス・ドイツの有機農業』の感想は、読み終わってから、別の記事として、述べるつもりでいます。

「バイオダイナミック農法」は、現在の日本でも、実践している人たちがいます。実践者の例として、「ウインディーヒルズ・ファーム」を挙げておきます。ファームのホームページから、農法に関する部分を引用します。

バイオダイナミック農法では、農薬や化学肥料をいっさい使わず、鉱物、植物、動物から特別な方法によって作られる「調合剤」を使います。
また、太陽、月、星々の運行が生み出す宇宙のリズムが植物に与える影響をも深く洞察しながら作業を進めます。 それによって、光と風と熱と水と大地の力が植物に結集し、植物はいきいきと成長するのです。

「調合剤」をつくる方法が、宗教の儀式のように思えるのは、わたしだけでしょうか。「雌鹿の角にシリカ(ケイ酸化合物・水晶の粉)を入れ」るとか、「ノコギリソウを乾燥させ、牡鹿の膀胱に入れて土に埋め、特別な季節に掘り出」すとか、「カモミールの花を牛の腸に詰め、堆肥に少量加える」とか、「樫の樹皮を牛の頭蓋骨に詰め」るとか、「牛の腸隔膜にタンポポの花を詰め」るとかといった具合です。
また、月の動きは、潮の満ち引きがあるぐらいですから、植物の生長にも影響するかもしれない、ぐらいは想像できますが、「太陽系内の惑星の運行を考慮した農法」とまで言われると、わたしの感覚では、引いてしまいます。

「バイオダイナミック農法」をはじめたルドルフ・シュタイナーという人は、どういう人だったのでしょうか。にわか勉強をしてみましたが、正直言って、よく分かりません。
シュタイナーは、まず、ゲーテの研究者として、出発しているようです。ゲーテの「有機体思想」を研究した、と、ある資料には、ありました。ここに、有機農業に共通する「有機」という語が出てきました。
ゲーテは、生物学(形態学)の研究もしていましたが、ここでいう「有機体」は、生物学のそれではなく、社会学的な概念です。わたしが、全体主義と親和性がある、と指摘した、社会有機体説のことです。

シュタイナーは、人智学協会の設立者ですが、その前に、神智学協会のドイツ支部が設立されたときに、書記長に就任した人です。
この人智学(Anthroposophie、「人間の叡智」の意味)も、その前に関わっていた神智学(Theosophy、「神聖な叡智」の意味)も、ヨーロッパで古い伝統を持つ、オカルティズムの流れをくむ思想です。
人智学と神智学の違いが、わたしにはよく分からないのですが、共通するのは、人間の本質を宇宙のヒエラルヒー(階層制、ピラミッド型の上下関係に整序された組織)の中に位置づけようとしていることと、一部の選ばれた少数の人間にだけ伝授される「奥義」を持っていることであろうと、思われます。

有機農業の運動が、自分たちを呼ぶのに「有機(オーガニック)」という語を選んだのは、偶然ではありません。有機農業の運動の中では、資材として生物由来のもの(有機物)を使う、という意味だけではなくて(この意味だけなら、無機物も使うのですから、「有機」と呼ぶのは変です)、生産者や消費者を含む、人びとの関係をも「有機」という概念でとらえて、この両方の用法を「かさねた」ものの呼称として「有機」という語が使われることが多いです。同じ「有機」という語を「かさね」て使うことによって、両方の用法に、ともに正当性があるかのように見せかけているのだと思います。単純な、言葉のマジックです。
有機農業の運動に見られる神秘主義的傾向(人間の知性を超えたものを尊重する傾向)は、神智学や人智学の神秘主義の流れを引くか、さらに源流の、諸オカルティズムに、あるいは土着のオカルティズムに、直接・間接の影響を受けて表れているのだろうと思います。

神智学・人智学については、それぞれ日本の法人がホームページを持っていますので、リンクしておきます。本人たちが言っていることを、確かめてみてください。わたしには、難解すぎて、分からないところが多いです。分からないのは、分かりやすく表現してないからで、分からないわたしの責任ではありません。

いろいろな言葉が出てきますが、怖がる必要はありません。言葉は、所詮、言葉にすぎません。完全にぴったり一致する実物を持ってきて見せられない言葉は、信じなければいいでしょう。そして、発せられた言葉に距離を置いて、なぜその言葉を使うのか、その言葉を使う相手の意図を推理する習慣を持つと、迷わなくて、いいと思います。

神智学協会ニッポン・ロッジ

日本アントロポゾフィー協会

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山下一仁『農協の大罪』宝島社新書

農協が、農産物の販売のような、農業に関わる部門で赤字を出していて、金融や保険といった、直接には農業に関わらない部門で黒字を出してそれを補填していて、というように、農業と関わらない部門に、より重心を置いて経営されているので、日本の農業の衰退を加速してしまっている、政策面でも、農協は、同様な社会的機能をはたしている、ということでしょうか。農協が「農家のための農協」ではなくて、「農協のための農協」になっている、と。それで、日本の食料自給率をますます下げている、ということでしょうか。この本の趣旨を荒っぽくまとめると。

借地型小規模自給農の立場からコメントします。

農協が、自分の足元(農業)を掘り崩すような経営をしていることで、行き詰まって、崩壊の危機を迎えるとしても、全崩壊にはならないと思います。どこかで、バランスをとって、踏みとどまるのではないでしょうか。
農家の側からすれば、農協がなくても、農業はやれます。むしろ、農協の農業関連部門が衰退したほうが、農家の自発性がひきだされて、いいと思います。
農協の仕事が、ほとんど金融と保険だけになったとしても、誰も困らないのではないでしょうか。名前と実態がずれた組織は、いくらでもあります。生活協同組合なんかも、似たようなものです。
日本の食料自給率が低下しても、輸入食品を食べれば、困りません。「食料安全保障」の角度から危険性を指摘する声もありますが、どこの国からも食料を調達できなくなる、という事態は、まず考えられません。戦争状態のような場合になれば、食料の輸入が止まることもあり得ますが、「戦争したら食べられなくなる」という危機感があったほうが、戦争に突入することへの抑止力になって、かえっていいと思います。いや、食べものを強引に調達する商社を護衛するために自衛隊を派遣するような事態になって、かえってまずいでしょうか。よく分かりません。
現在の食料自給率も、輸入された肥料、燃料、資材、飼料、農薬、種苗などに依存して、保持されています。たとえば、燃料が輸入されなくなるだけで、日本の農業(畜産・酪農を含む)は、ほぼ完全にストップします。危機だと言えば、今現在も危機ですし、危機でないと言えば、たとえ食料自給率がゼロになっても、危機ではありません。
「輸入食品は安心できない」という決めつけや、「自分と自分の家族だけには安心な食べものを!」などという、エゴ丸出しの消費者感情には、わたしは、つきあいきれません。「それなら、自分でつくってみれば?」と、言いたくなります。

日本の農家は、全人口比で3%ぐらいありますが、小規模兼業が多いので、その実質的なイメージを「世界がもし100人の村だったら」ふうに思い描くと、「1人の人に食料をつくらせて、他の99人は、それを食べるだけ」というふうになります。輸入食品を含めても、このイメージは、だいたい同じだろうと思います。
こういうかたよったことをやっていて、「食料の安全保障」も何も、あったものではないと思います。心配な人は、自分でつくればいいのです。

食料生産の技術を持っている人が100人中1人の状態で戦争になれば、たちまち危機になりますが、みんなに知識・技能があれば、危険は分散されます。
できれば、そのような「みんなが分かち持つ」食料生産技術は、輸入物資に依存しないものであることが、望ましいです。つまり、肥料、燃料、資材、飼料、農薬、種苗などに頼らない、自立した技術であるほうが、より安心です。小規模であれば、むしろ、そのような技術のほうが、機能的には、適正になります。

100人の村の100人が農民になる、などと言うと、非現実的に思われるかもしれませんが、同じ「農民」でも、今のように、100人ぶんの食料を生産させられるわけではありません。せいぜい2~3人ぶんぐらいでしょうか。ですから、労働の質が、まったく違います。
家族単位で100%の自給でなくてもいいのですし、特別な理由で農民になれない人もいるでしょうから、そのへんは、分配のし方で、柔軟に対応すればいいのです。とにかく、1人に食料生産の仕事をおしつけて、99人は「知らない」という今のやり方は、よくありません。

一般に言われている「食料自給率」という言葉は、正確に言えば、「食料国産率」です。100人中1人にやらせている農業では、いえ、100人の村なら、まだつくる人の顔が見えますが、現状の、どこの誰がつくったか分からない食べものを食べていている状況では、とても「自給」とは言えないと、わたしは思います。自分でつくって食べるのが、言葉の正しい意味での「自給」です。

日本の農業や農協が衰退して、多くのプロの農民が田畑をやっていけなくなって、耕作放棄地がどんどん増えれば、今は農地の使用が認められていない、わたしたち借地型小規模自給農者にも、「どうせ使っていないんだから」と、農地の使用が認められるようになる可能性が高まります。
100人中1人の人に食料生産の仕事をおしつけるような、機械を使った大規模な農業が発展するよりは、より多くの人が、適正な規模、適正な技術で食料生産の仕事に携われるようになったほうが、はるかに「まし」ですので、その意味で、わたしは、日本の農業や農協は、むしろ衰退したほうがいい、と、思っています。

この本で、もう一点、興味深く思ったのは、農協が、戦前の「農業会」という統制団体(供出とか配給とかをしていた)を改組してつくられた組織だった、という部分です。
わたしの母校の短大で受けた「農協論」の授業で、「協同組合の理念」なんてのを教わりましたけど、あんなのは、建前にすぎなかったんですね。もともと、上意下達の「器」を流用しただけだったのです。農協が国の政策に提言をして、農家の意思を反映させている、というのも、「御用労働組合」みたいなもので、なれ合いのパフォーマンスにすぎないのでしょう。

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山村暮鳥「月夜の牡丹」

Yamamura

栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページで、山村暮鳥の「月夜の牡丹」がお読みいただけるようになりました。

http://saibaiseikatsu.jp/tsukiyono.html

山村暮鳥は、詩人。小作農家、工場労働者、小学校教員をへて、キリスト教日本聖公会の伝道師になりましたが、病気のために退職しました。
初期は、先鋭的な作風でしたが、晩年になってからは、素朴な味わいの作品を残しています。
この「月夜の牡丹」は、山村の遺稿です。

ユニコードの文字を使ったところがあるので、環境によっては、表示できないかもしれません。ごめんなさい。

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矢部正範・右京零『爆笑トリビア 解体聖書』コアラブックス

わたしの「栽培生活」のホームページのほうの掲示板に、「北海のヒグマ」さんが書き込んでくださった内容について、牧野時夫さんが彼のブログで、恐喝めいた口調で言い掛かりをつけています。引用します。

牧野時夫「北海道有機農業研究会という組織のこと 農民芸術学校ブログ」

「北海のヒグマ」とかいう人物も、北海道有機農業研究会の運営についてぼろくそに述べているが、彼もほとんど同類で、まあクレーマーというのか、言っていることは大方間違ってないかもしれないのだが、ひねくれ根性がありありで、そこまで言うのなら、それだけのことを自分でやってみてから言え! って感じなのである。

あらためて栽培生活の掲示板の書き込みを読んでも、北海道有機農業研究会の運営について「ぼろくそ」に言っているとは思えません。牧野さん自身、「言っていることは大方間違ってない」と認めているわけですから、「ぼろくそ」に言っていない運営を「ぼろくそ」に言われたと受けとっている、とうことは、牧野さん自身が、自分たちの運営を「ぼろくそ」だと認識しているのではないかと、想像してしまいます。
会の会計から役員報酬(交通費)もほとんど出なく、役員は「ボランティア」で活動している、とこのとですが、だったら、無理して役員を引き受け続けることはない、と、わたしは思います。すきで引き受けた役員ならば、多少苦労があっても、職務を果たすのが当然です。その苦労を、周囲に当たり散らして、はらされたりしたら、迷惑です。
組織運営の能力のある人がいなくて、その組織が立ちゆかなくなるのだとしたら、それは、し方がないことです。解散すればいいのです。人に八つ当たりするのは、やめてほしいです。
「北海のヒグマ」さんは、あえて会員であることを継続しませんでした。北海道有機農業研究会を見放しているのですよ。自然退会した人に向かって、「それだけのことを自分でやってみてから言え!」って、とり違いも甚だしいです。多くの自然退会する人を出した会の運営を反省すべきです。

上にリンクした先の牧野さんの発言で、わたし田中が、陰でこそこそ牧野批判をしている、みたいなことを言っていますが、わたしは、本を出したり、テレビでよく発言したりしたりしている人について何か言うときに、いちいち本人に報告しません。ブログも同じで、不特定多数に向かって発信されたメッセージについては、それについて扱うことに、元の発信者に許諾を得たり、報告したりする義務があるとは、考えていません。批判されるのがいやならば、ブログのような、誰でも見ることができるような場で、意見を言ったりしなければいいんです。
もちろん、ある著作物をそっくり転載するような場合は、書いた人に許諾をもらう必要がありますが、一部を引用してコメントするのは、法律上、自由です。許諾はいりません。
牧野さんは、わたしのブログをご自分のブログにリンクしているらしいですが、わたしは、牧野さんのブログをわたしのブログにリンクしていません。リンクしていないどころか、わたしは、牧野さんのブログを、見ることもしていません。今回は、たまたま、検索エンジンで調べごとをしていたら、自分のことが言われているのを発見したので、当該ページだけを見に行ったのです。
わたしに牧野さんのホームページやブログを見たくない、という気持ちにさせたのは、牧野さんのブログでの、牧野さんのわたしに対する、非常に不誠実な態度でした。このことは、ご本人もよく覚えていると思います。
牧野さんのほうからは、このブログに、「マッキー」とか「えこマッキー」とかといった名前で、ときどきコメントをくれますから、見に来てくれているんだ、ということは、わたしも認識しています。陰でこそこそ批判したのではありません。わたしが見に行っていないのを知っていて、上記リンク先(農民芸術学校ブログ)の記事を書いた牧野さんのほうが、よっぽど、陰でこそこそです。こそこそではなくて、ぎゃあぎゃあ、かな。神に後ろ盾になってもらうと、態度が大きくなるのですね。
「栽培生活」の掲示板の内容に意見があるのならば、当の掲示板に書き込んでください。

上記リンク先のブログで、ある方から、「聖書」の読み方について、質問されました。優れた「ネタ本」がありますので、ご紹介します。

矢部正範・右京零『爆笑トリビア 解体聖書』コアラブックス

冗談のような書名ですが、内容は、まともです。「聖書」を、非常によく読み込んで、書かれていることが分かります。
見開きの右のページに、「聖書」からの引用と、それへの矢部さんのコメントが、左のページには右京さんの漫画が載っています。聖書を読むときの、心強いガイドになってくれると思います。
本の帯に書かれていることを写しておきます。

読んでびっくりの、聖書の基礎知識!
信者は聖書を絶賛する! されど守らず!
聖書には、いいことがいっぱい書いてある!
でも、???なこともいっぱい書いてある!
聖書のいいところも???なことも知らなければ、国際世界は見えてこない!
聖書なんか読んだコトもない! 興味もない!
・・・・という人にも、爆笑しながらイッキに読める、現代人必携の書!
イエスは説教する! されど自分は守らず!
「右の頬を打たれたらば左の頬を!」とイエス様。でも、イエス様本人は頬を打たれて逆上!
「汝の敵を愛せよ!」とイエス様。でも、イエス様本人は、呪いまくり!
「自分のことであれこれ思い悩むな!」とイエス様。でも、イエス様本人は悩みます。
聖書の中にハッキリ書いてあっても、信者が触れたがらないところを、余すところなく公開!

だそうです。
「聖書」の中の変なところ、矛盾したところを、洗い出しています。この本に引用されている部分を、「聖書」で読み返すと、確かに変なのです。「聖書」には、変なこと、恐ろしいことが書かれているところが、いっぱいあります。でも、読んでいるうちに慣れてしまって、変なことが変でないように感じられてくるようになります。
この「トリビア」を片手に「聖書」を読めば、「聖書」のマインドコントロールにはまらないで、「聖書」を読むことができるようになると思います。「聖書」を笑うことで、「聖書」の毒をなくしてしまおうとしているのです。笑って読まないと、悲惨すぎますからね、「聖書」って。
一家に一冊、「聖書」と、「聖書」の批判的な読み方を教えてくれる、このすばらしい本を! キリスト教に感染させられないためのワクチンと思って。強力にお勧めします。

この「トリビア」には、直接には出てきませんが、神が異教徒を殺せと命令する部分を、聖書から引用します。以前にもこのブログで引用したことがあるのですが、味わい深いので、もう一度、どうぞ。

戦争について

 ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を勧告しなさい。もしその町がそれを受諾し、城門を開くならば、その全住民を強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。しかし、もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。あなたの神、主はその町をあなたの手に渡されるから、あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。ただし、女、子供、家畜、および町にあるものはすべてあなたの分捕り品として奪い取ることができる。あなたは、あなたの神、主が与えられる敵の分捕り品を自由に用いることができる。このようになしうるのは、遠く離れた町々に対してであって、次に挙げる国々に属する町々に対してではない。あなたの神、主が嗣業(しぎょう)として与えられたる諸国の民に属する町々で息のある者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない。それは、彼らがその神々に行ってきた、あらゆるいとうべき行為をあたなたちに教えて行わせ、あなたたちがあなたたちの神、主に罪を犯すことのないためである。
(新共同訳聖書 申命記 20.10-18)

もう一つ、キリスト教の本質を理解するのに役立つ、参考サイトをご紹介します。コメントで、id さんが教えてくださった、岸田秀さんの論文が読めるサイト、2つです。マインドコントロールにどっぷり漬かっている人には分からなくなっていることを、距離をおいて観察することで、批判することができるようになったよい例です。

岸田秀「国家論」

岸田秀「屈辱の連鎖としての歴史」

【関連記事】
北海道有機農業研究会のメーリングリストから

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リウカカント「ダブルファンタジー」

Double_fantasy

これは、本ではなくて、音楽CDです。リウカカントの新譜です。

リウカカント Riwkakant というのは、ボーカルの床絵美さんと、ピアノ・シンセサイザーの海沼武史さんのお二人によるユニットです。
リウカカントというのは、アイヌ語で「橋(リウカ)宇宙(カント)」という意味なのだそうです。
美しく、心地よい床絵美さんの歌と、自然で繊細な海沼武史さんの音楽がつくりだす世界は、穏やかで味わい深いく、一度聞いたら、やみつきになりそうです。

リウカカントのホームページがありますので、のぞいてみてください。一部の曲は、試聴することができます。
YouTube で「Riwkakant」で検索しても、映像付きで聞くことができるようです。
海沼さんは、写真家でもいらっしゃいます。マルチ・アーティストです。

で、このCD、CD屋さんでは買えません。上記のホームページからメールで注文して、アーティストの事務所から直接届けてもらうようになっています。いわば、音楽の産地直送ですね。
メールで問い合わせると、海沼武史さんから、直接返信のメールが届きます。それだけで、わたしは、単純に、ミーハーチックによこんでいます。

リウカカントには、もう1枚、ユニット名と同じ「リウカカント」というアルバムもあります。このCDについていた言葉の一部を引用します。

無文字社会であったアイヌ民族にとって、たぶん「音楽」という概念はなく、彼らにとって「音楽」とは、「唄と踊り」のことであり、また「儀式」そのものの謂いで、そこに演奏者と鑑賞者という境界はなかったと思います。

そうなんですよね! どこかの会場に聞き手を呼んで演奏して聞かせる「音楽」ではない。生活が、生きている人がそこにいる、というだけのことなんですね。特別なことではないのだと思います。
声は、人柄を表します。その人柄は、生活の中で、他の人たちの声を聞く中で、つくられます。そうやって、伝えられていくものが、文化なのだと思います。そう思って聞くと、人それぞれの声が、味わい深く聞こえてきます。人の声からイメージ(妄想?)が広がります。リウカカントの音楽は、わたしに、人の声の聞き方、味わい方を教えてくれました。

リウカカント、気に入ったので、「勝手に宣伝」させていただきました。

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三澤勝衛「自力更生より自然力更生へ」

Misawa

三澤勝衛(みさわ・かつえ 1885-1937)の「自力更生より自然力更生へ」という作品を、テキストファイルに入力して、栽培生活のホームページの「田舎の貸本屋さん」のページに載せました。よかったら、読んでください。

http://saibaiseikatsu.jp/jirikiko.html

三澤勝衛は、長野県の小学校の、のちには中学校の教師をしていました。地理教育についての論文を多数残しています。合い言葉は、「自然に聞け!」です。
この「自力更生より自然力更生へ」という作品は、長野県砂防協会でおこなった、三
澤の講演の要項です。自然を知ることの大切さについて、人間と自然との正しいあり方について、教えてくれます。
「東北地方以北の寒冷地に、高温多湿を要求する稲の栽培は無理だ」との意見は、よ
くぞ言ってくれた、と思います。こういう、本当のことをさらっと言ってしまう人って、わたし、すきです。
明治・大正・昭和初期の時代を生きた三澤勝衛ですが、その言葉は、まるで現代のわ
たしたちに語りかけているようです。読まないと、そんしますよ。

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佐左木俊郎「季節の植物帳」

Sasaki 栽培生活のホームページの「田舎の貸し本屋さん」のページに、佐左木俊郎の「季節の植物帳」を追加しました。佐左木という作家は、じつに多才です。こういう、静かな、スケッチのようなエッセイも書けるのです。

栽培生活のトップページの写真、スライドふうにしてみました。切りかわって見えますでしょうか。

このブログの右の欄に、「栽培生活のおすすめ本」のコーナーをつくりました。
とりあげたのは、槌田敦さんの『弱者のための「エントロピー経済学」入門』、藤田弘夫さんの『都市の論理―権力はなぜ都市を必要とするか』、そして、クライブ・ポンティングさんの『緑の世界史(上)(下)』の4冊です。
ココログの仕様で、本の紹介をすると amazon.co.jp にリンクするようになっています。アフィリエイトではありませんので、リンク先で購入されても、わたしは何も得しません。参考資料としてご利用ください。

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太宰治『清貧譚』

Dazai ホームページのほうが、事情があって、更新できないでいます。すみません。
【↑回復しました。】
更新できるようになったら、「田舎の貸し本屋さん」のページに、知里幸惠の『アイヌ神謡集』と太宰治の『清貧譚』を追加しようと思っています。
【↑追加しました。】
このあいだは、『アイヌ神謡集』をご紹介しましたので、今回は『清貧譚』のほうを。このごろ、ちょっと、文学づいてますね。

↓太宰治『清貧譚』
http://saibaiseikatsu.jp/seihinta.html

自宅の庭で、売る気のない菊を育てているあたりが、主人公に似てます、わたし。いや、ほかのところも、だいぶ似ているかもしれません。「情けないなー」と思いながらも、主人公に感情移入して読みました。
栽培ができるようになるかならないかの分かれめについての、本質に触れるお話です(かな?)。しかし、それにしても、最後の一文は、かなりご都合主義的な感じがします。ぬるすぎだと思います。まあ、それが小説というものですから、ひととき楽しめれば、それでいいのですけれど。

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知里幸惠『アイヌ神謡集』序

かつて、狩猟採集を中心に生活していたアイヌ民族に農業を強制したのは、わたしたち和人です。植生を破壊して、動物たちを滅ぼして、機械・燃料・肥料の面で、外国の地下資源に依存して、持続不可能な農業を抱え込んで、右往左往しているのが、現在のわたしたちです。特に、北海道に住んでいる和人であるわたしたちは、わたしたちが壊してきてしまったアイヌ民族の、「持続可能な」生き方に、改めて学ぶ必要があると思います。

アイヌ民族の文化の特徴の一つは、文字がない、ということだと思います。人に何かを伝えるということは、声を出して語ることなのです。そして、人びとは、他の人が語るのを聞きます。そうやって、語られる内容を共有します。伝え続けるためには、語り続ける必要があります。伝わっていくうちに、内容は変化するかもしれません。語られる内容は、固定させることができません。それは、「誰かのもの」ではないのです。
アイヌ民族の文化の特徴で、もう一つあげておきたいことがあります。わたしは、アイヌ民族の文化について、そんなに詳しくないので、間違っていたら訂正していただきたいのですが、アイヌ民族は、たぶん、貨幣を持っていなかったのではないか、と思います。アイヌ民族は、保存食はつくりましたが、貨幣の形で富を蓄えることはしなかったのではないか、と思います。そして、お金によって自由が拘束されることもなかったのではないか、と思います。

Chiri 以下に、知里幸惠の『アイヌ神謡集』の序の部分を、「青空文庫」からコピーします。アイヌ民族がかつて生きていた世界と、今の現実の世界とが、対比的に述べられています。知里がなげく現実の世界とは、それへの同化を強制した、わたしたち和人の、この行き詰まった現実の世界でもあります。

   序

 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀(さえ)ずる小鳥と共に歌い暮して蕗(ふき)とり蓬(よもぎ)摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝(かがり)も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円(まど)かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
 太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
 その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
 時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮(あけくれ)祈っている事で御座います.
 けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
 アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
 私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.

  大正十一年三月一日

知里幸惠

『アイヌ神謡集』全文をお読みになりたい方は、コピー元の青空文庫か、「栽培生活」のホームページの↓こちらへどうぞ。
http://saibaiseikatsu.jp/ainushin.html

【追記】
ネット検索で、「アイヌ民族には貨幣がなかった説」を探していましたら、CO2地球温暖化原因説を批判もしている、あの武田邦彦さんが書いていました。↓これです。
武田邦彦「人生の鱗 第三十五話 アイヌ文化の持続性」

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槌田敦「エントロピー論から見た農業」「エントロピー農学のすすめ」(「at」第6号、第9号)

「エントロピー」という概念があります。わたし流の理解のし方ですと、熱エネルギーの拡散の度合い、と言っていいのではないか、と思っています。熱い物と冷たい物が触れ合っていると、熱が拡散して、どちらも同じぐらいの温度になっていきます。熱いところと冷たいところがかたよってある状態が、エントロピーが低い状態で、全体が同じような温度になった状態が、エントロピーが高い状態、ということになります。
エントロピーは、低い常態から高い状態に変化して安定する、というのが法則ですが、生き物は、エントロピーが低い状態を維持しています。生き物は、エントロピーの低いエネルギー源をとり入れて、活動によって生じた、エントロピーの高い廃物や廃熱を捨てることによって、これを可能にしています。この低エントロピーを維持するやり方は、一個の生物の中だけではなくて、人間社会についても、地球全体についても、同じような働きがある、と言えます。
生物、社会、地球という、レベルの違う対象を、「エントロピー」という概念を導入することによって、同列に扱うことができるようになります。

今回、わたしが読んだのは、槌田敦さんによる、雑誌に掲載された2つの論文です。槌田敦さんといえば、「CO2地球温暖化説」を批判していることで有名ですが、最初の論文のはじまってすぐのところでも、「間もなく地球は寒冷化する」と、かましてくれます。地球は、3300年ほど前から、寒冷期と温暖期を繰り返して、温暖期はだんだん短く、寒冷期はだんだん長くなっていて、今は一時的な「温暖化」が問題になっているけれども、それよりはるかに深刻なのは、そのあとにやってくる寒冷化だ、というのです。食料を生産しにくい寒冷期が来たときに、食料を自給できない民族・国家は、はたして生き残れるのでしょうか。

自然の熱や物質の循環を説明するのに、槌田さんは、海の生物の存続条件から説きはじめます。わたしなど、海には、どこにでも魚やプランクトンなどの生き物がいるのだろうと、勝手に思い込んでいましたが、海の多くの場所は、生物のいない「砂漠」のようなところなのだそうです。海流の影響で、低エントロピーの栄養素が豊富な場所だけで、海の生き物が生存できるようになります。
地上でも同じで、栄養素のあるところに、生き物は生存し続けることができます。ただ、常識的に考えれば、重力によって、栄養素は高いところから低いところに流れてきて、最後は海に流れていって、地上の栄養素はとぼしくなっていくと思われます。ところが、生き物たちが循環する自然には、じつは、重力に逆らって、栄養素を運ぶ「運び屋」がいたのです。それが、海鳥であり、鮭です。鮭については、次のように言っています。

 鮭は北半球に多いが、南半球には少ない。その結果、北には森林が深いが、南には森林はまばらという違いを生ずることになる。
 このような森林の外でえさを得て、栄養素を森林に運び込む動物がいなかったら、森林は維持できない。北海道の森林を維持してきた鮭を、人間は海上の定置網で取り除き、陸地に遡らせないので、北海道の森林はどんどん痩せている。

ダムをつくるのも、鮭をさかのぼれないようにする原因でしょう。北海道の人工的な森林は、見なれていますが、開発が進む前の自然が豊かだった森林を想像すると、今とはまったく違った光景だったのだろうと思われます。

海鳥の糞や、川をさかのぼっていった鮭が動物に食べらる、その動物の糞で森が育ち、水の流れとともに、流域の土地を肥やし、海に流れ込んでは、海の生き物を育てる。そういう循環をしています。槌田さんは、かつてあった干鰯(「ほしか」、煮干の肥料)を高く評価し、復活を望んでいます。畑も、低エントロピーの栄養素をとり入れて、不要な物質を捨てる、という循環によって、維持・存続されているのです。
江戸時代、武蔵野台地には木が生えていませんでしたが、江戸の人びとの糞尿が注がれた結果、雑草や虫が発生して、ムクドリが繁殖して、その糞によって種が運ばれて、武蔵野台地は雑木林になっていった、とあります。この雑木林から、江戸は薪炭を得ていたそうです。人糞を利用しなかったヨーロッパでは、森林が育つよりも速く燃料用に森林が伐採されていきましたが、そのために砂漠化をまねいたのとは、対照的です。

人糞尿は肥料にすべし、とうのが、槌田さんの主張です。水洗便所が発達した現代では、糞尿は池に流し込んで、鯉や浮き草を育てて、それらを干鰯や堆肥にして、畑の肥料に使えばいい、と提案しています。北海道のような寒冷地ではむずかしいので、コンポストトイレのような形になるかもしれません。
人糞尿は、肥料にするとして、では、生ごみはどうしましょうか?

 地方都市、または巨大都市でも周辺ならば、動物の食べ残しと同じように、山奥に運んで他の野生動物のえさにすればよい。これを食べた動物の糞により山は豊かになるから、猪や猿は山奥での生活ができるようになる。増え過ぎて人里に現れることになれば人間との住み分けのため処分して食べればよい。

……のだそうです。
栄養素の大きな循環を考える、というところがポイントです。自然を豊かにするには、海からの栄養素の還元を促進する必要があります。自然が、生き物たちが、いきいきと生きて、物質が循環すれば、そのような環境は、人間にとっても、豊かで過ごしやすいものであるに違いないでしょう。外国の地下資源に依存した農業など、いつまでも続けられるものではありません。

これからの農業は、自給的な小規模農業になったほうがいいと、わたしは考えていますが、槌田さんも、失業が増えている問題にからめて、次のように言っています。

 これからの農業は、科学技術による大量生産の農業ではなく、可能な限り人力を使う農業に戻す。これにより過剰人口に対応することができる。生産性を高くして失業するよりは、多くの人達が働ける農業に戻すことが大切である。

昨今、燃料費が高くなって、漁業者も農業者も経営が苦しくなって、政府に補助を求めたりしています。肥料の価格も上昇しています。第一次産業軽視の政策を改めなければならないのは言うまでもありませんが、機械・農薬・物質的に循環しない肥料などに頼る農業からの脱却、根底的な発想の転換が求められると思います。槌田さんは、「大型機械や肥料や農薬という科学技術の使用に対して課税すればいい」(!)と提案します。こういう逆噴射的政策を実行してくれる政党って、あるんでしょうか。あったら、投票したいです。槌田さん、総理大臣になってください。

槌田敦「エントロピー論から見た農業 砂漠こそ基本的な自然である、という認識からの出発」(「at」第6号、太田出版)
槌田敦「エントロピー農学のすすめ 劣化した農業と農地の再生を目指して」(「at」第9号、太田出版)

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新井由己『自然農に生きる人たち』(自然食通信社)

日本各地の、計30人(組)の、自然農を実践する人たちを、文と写真で紹介する本です。

自然農をはじめるきっかけは、人それぞれ。営農=生計の立て方も、人それぞれ。実際の栽培のやり方も、みんな自然農ではあるけれども、気候や土質や、実践する人の考え方で、みんな少しずつ違う。この、ばらつき、広がりが、自然農の柔軟なところであり、ある種の「しぶとさ」なのだ、と思いました。
この本には、「あ、このやり方、いいなあ」と思えるアイデアが、いっぱいありました。有機農業や自然農をやりはじめた人にとって、あるいはもっと広く、家庭菜園をはじめた人にとっても、この本に登場する人たちの姿には、参考になり、触発されることが多いのではないか、と思います。

自然農というと、「無肥料」「不耕起」「無除草」が旗印ですが、なぜこれらが旗印になっているのか、この、「なぜ」というところを忘れて、ただ旗印を教条主義的に実践すると、うまくいかないことが多いようです。たとえば、肥料については、次のようにあります。

 また、従来の田畑から自然農に切り換えると、作物がうまく育たない場合がある。そういうときには、米ぬかや油かすを補うことを勧めている。けれども、それは肥料をやることにはならないのか、川口さんに聞いてみた。
「補ったものを〝肥料〟と考えると間違ってしまうんです。あくまでも、生活のなかから出たものを畑に戻すという発想なんです」
 お米を精米すれば米ぬかが出る。昔の人は菜種を栽培して油を搾ったので、油かすもあった。鶏を飼っていれば、鶏ふんもあるだろう。もちろん、自分たちが排泄したものでもいい。川口さんの「持ち込まず、持ち出さず」という考え方は、畑のなかで循環させるという意味だけではなく、生活全体を大きな目で見て、その外部から持ち込まないという意味だったのだ。

本質的には、「肥料だからよくない」のではなくて、「外部から持ち込まれたもの、循環していないものだから、よくない」のでしょう。地域内自給や、パーマカルチャーの発想と、根っこはいっしょなのでしょう。
この本で紹介されている、岐阜県の佐藤さんという方は、米ぬかと油かすと、飼っている鶏(餌も自給している)の糞を使っている、といいます。また、高知県の山下さん・雨宮さんは、自宅から出る「下肥」を使っている、といいます。それだけでなく、汚水処理場が肥料として販売している「乾燥下肥」も使っている、とのこと。
自然農で「乾燥下肥」を使っている、という話には、わたし、正直言って、感動しました。肥料分がなければ、作物は育ちません。一方で、わたしたちは、大量のし尿を出しています。ここをつなげて循環させようと考えるのは、当然のことでしょう。これをさまたげているのが、「し尿は汚い」というイメージです。し尿は、適切に処理されていれば、衛生的には問題はないのです。
わたしも、自分の地域で安く手に入る「乾燥下肥」を探してみようと思います。

わたしが栽培をしている深川市は、半年以上、畑が雪におおわれています。自然農では、枯れ草が堆積して、それが発酵・分解して、作物を育てるいい土ができる、と考えられていますが、草自体が少ないですし、発酵・分解も、時間がかかります。「種おろし」のころに、「刈り草マルチ」をしようと思っても、まわりには草がありません。寒いところ、雪が多いところでは、自然農は無理なのか……と悩むこともありますが、今回この本で、いろいろな条件のもとで、工夫して栽培を実践している人たちのことを知って、自分もまたもっと工夫してやっていこうと、勇気ががわいてきました。

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『野菜博士のおくりもの』(中西出版)

美しい本です。横長の装丁。真っ白な表紙に、銀の箔押しで、はずむような「野菜博士のおくりもの」という書名。中のページはオールカラーで、おいしそうな野菜たちの顔が、次から次へとあらわれます。
装丁や写真がいいだけではなくて、内容もすばらしいです。相馬暁先生が、野菜たちにつけた「キャッチフレーズ」と、簡単でおいしいレシピがついています。見ているだけで、野菜がすきになる本です。

北海道外の人には、相馬先生のことを知らない人が多いと思います。わたし自身、北海道に来るまでは、知りませんでした。でも、北海道では、相馬先生は、とんでもなく有名人でした。拓殖大学北海道短期大学の環境農学科の学部長として教鞭をとるかたわら、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、講演会と、メディアに出まくって、野菜や農業のことを、楽しく、分かりやすく、語りかけてくれていました。
先生ががんで亡くなる最後の年に、短大の学生として、先生の授業を受けられたのは、わたしにとっては、かけがえのない経験でした。わたしたち7人の「最後の学生」のために、奥さんが運転する車で札幌の病院を抜け出して、授業をしに来てくれました。ご自分は苦しいはずなのに、笑顔で、わたしたちを励まし続けてくださいました。

先生がつけた、野菜の「キャッチフレーズ」を、ちょっとだけご紹介しましょうか。
「太陽の缶詰……トマト」
「まじめな亭主……トウモロコシ」
「奥様泣かせの犯人……タマネギ」
「カロチン大王……ニンジン」

「失恋のときには……イチゴ」
「年の暮れの精神安定剤……ユリネ」
と、こんな感じで続きます。

この本の表紙には、「著者」の名前が出ていません。相馬先生がふだん語っていたことと、それに共鳴した人たちのコラボレーションなのです。奥付には、「伝え手」として、STV(札幌テレビ放送)の番組で長年相馬先生の「アシスタント(っていうのかな?)」をつとめた、宇都宮庸子さんの名前が、ひかえめに出ています。
5月に初版が出て、1カ月でもう「3刷」が出ていますから、売れているようです。深川の生協の本売り場にも、平積みで何冊も置いてあったぐらいですから、道内では手に入りやすいと思います。道外でも、書店に注文すれば、取り寄せてもらえるのではないかと思います。1200円。

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南洋『楽々ズボラ菜園コツのコツ』(農文協)

黒色マルチの使い方を、ていねいに教えてくれる参考書を見つけました。マルチを試してみようか、と思っている方は、ぜひ読んでみてください。

南洋『楽々ズボラ菜園コツのコツ』(農文協)

栽培のスタイルが、プロの農家というわけでもなく、それでも、楽して、かつ、きっちり収穫はしたいという、まさに、わたしがやろうとしているやり方に似ているので、とても役に立ちそうです。空き缶や、空きペットボトルを活用する話や、破れたマルチの使い方などには、著者の人柄が表れているようで、いい感じです。
具体的には、通路に牧草を生やして、それを刈って、うねのマルチの上に敷き置いていき、冬の、畑の休みに入る前に、マルチをはがして、敷き置いてあった牧草をうねに積み重ねる、という方法で、マルチと草生栽培を両立させているのに、感動しました。そうやるのか! という感じです。
著者の南さんは、種を条まきして、間引きしながら育てるような作物も、土寄せする作物も、全部マルチを使って栽培しています。やればできるのですね。
それと、マルチは敷きっぱなしではなくて、冬の間ははがして、土を休ませて、地表近くにのぼってきた肥料分を、また地面にしみこませる、というのも、納得です。

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門田幸代『「生ゴミ堆肥」ですてきに土づくり』(主婦と生活社)

ちょっと前に、糞尿処理について記事にしましたら、コンポスト関係のトラックバックがついたみたいですね。じつは、生ごみ処理に関しては、高価な機械も、特別な微生物資材も、いらないのですよね。
最近、わたしは、門田幸代さんの『「生ゴミ堆肥」ですてきに土づくり』(主婦と生活社)という本を読んで、「これはいい!」と感心して、台所から出る生ごみを、堆肥にして庭の土に入れることにしました。
わたしが住んでいる地域は、生ごみを含めて、ごみ類は、処理手数料込みで販売されている、専用の「ごみ出し袋」に入れて出さないと、いけません。生ごみで堆肥がつくれれば、ごみ処理料を節約できますし、庭の土も増えますし、いいことばかりです。
門田さんのこの本、奥付を見たら、初版から1年もしないうちに3刷発行になっています。すごく売れている本みたいですね。

門田さんの「生ごみ堆肥」のつくりかたは、土と米ぬかと生ごみを「土のう袋」に入れて発酵させる、という、単純なものです。「土のう袋」は、1枚30円ぐらいで、ホームセンターで売っています。
米ぬかは、お米屋さんで、ぬか漬け用に売っていますし(塩や唐辛子なんかの入っていない、純粋な米ぬかを買ってください!)、近所にコイン精米所があれば、ただでもらってくることもできます。
「生ごみ堆肥」をつくるのに要する費用は、これだけです。発酵させるための菌には、家の近くの土の中にいるものを利用します。分かりやすくて、安価でできます。これは、やるしかないですね。わたしは、土のう袋を買いに走りました。
「生ごみ堆肥」を上手につくるコツや、「生ごみ堆肥」をつくって、使っている人たちの経験談なんかは、本書、『「生ゴミ堆肥」ですてきに土づくり』を読んでください。門田さんのホームページも、参考にしてください。

生ごみを「ごみ」として、家の外に処理に出すのではなくて、自分ちの中で処理する、物質の移動を少なくすることが、一つの利点でしょう。生産地から消費地までの、食べものの移動距離を「フードマイレージ」と言って、これが少ないほうがいい、という考え方がありますが、それのごみ版、「ごみマイレージ」です。
もう一つ、おもしろいと思うのは、「発酵」という、ふだんの生活の中で、あまり意識しないことを、ちょっと手をかけることによって、身近なものに感じられるようになるのが、いいと思います。言うならば、ごみ処理の自給、DIYなのです。

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クライブ・ポンティング『緑の世界史(下)』(石弘之ほか訳、朝日新聞社)

クライブ・ポンティングさんの『緑の世界史』を読んでいます。前回の上巻に続いて、今回は下巻です

第11章「死の変遷」
この章のテーマは、人類と病気の関係です。農業と関係があるのは、住血吸虫です。潅がい用水路に繁殖する巻貝が宿主です。焼畑による森林破壊で増えたのは、マラリアです。森林破壊が原因になったとされる病気には、ヨーロッパに壊滅的なダメージを与えたペストもあります。
死因と社会のあり方を考えることは、人口について考えることにつながります。伝染病を減少させる主要な原因は、栄養と環境の改善だと、ポンティングさんは言っています。そしてこれは、貧富の差によって健康状態が左右される理由にもなるのです。

第12章「人口圧力」
ポンティングさんは、人口が増えたから、食料需要が増えて、それに対応して、農業の機械化・集約化が進められた、近代的な農業が発展してきた、という因果関係で説明していきますが、このへんは、わたしは、異論があります。狩猟採集民の社会では、人口が増えすぎないようになっていました。自然環境との関係の中で、民族文化の中に、人口を調整する仕掛けを持っていたのだと思います。こういう文化が破壊されて、食糧を与えれば与えただけ増える、機械のような存在におとしめられてきたのが、人口増加の主役と言っていい、低開発国の姿だと、わたしは思います。人口増加は、飢餓とセットになってあらわれます。食料の増産と飢餓とによって、人類の人口はコントロールされてきたのだと、わたしは思います。誰がコントロールしてきたか? 食料増産によって利益を得る人たちです。機械・肥料・農薬・多収穫品種の種苗の生産者。ほかにも利益を得る人たちがいます。人口は、労働者であり、消費者であり、兵力です。また、飢餓に苦しむ最下層の人たちは、階層社会を安定的に存続させるためにも、必要とされます。人口増と飢餓は、それが必要とされたので、つくられてきたのだと、わたしは思います。
『緑の世界史』を読む、というより、わたし自身の意見を言いすぎましたが、問題の原因をはっきりさせることは、その問題を解決するのに、どうしても必要なことだと思いますので、このへんは、わたしとしては、こだわりたいです。
さて、食料増産のために、自然は食いつぶされてきました。アメリカで、オーストラリアで、アマゾン流域で、ソビエト連邦(当時)で、中国で、アジアの各地で、そして、アフリカで。農地開発が生態系に及ぼした影響を、ポンティングさんは、大きく4つに整理しています。森林伐採、土壌浸食、砂漠化、塩類集積の4つです。
潅がい計画の失敗としてあげられているのは、ソビエト連邦(当時)のアラル海です。潅がいによって、綿花や米を大増産しようとしたのですが、そのためにアラル海が縮小をはじめ、気候が変化して、一帯の自然は破壊され、人が住めなくなり、村は放棄されました。自然のしくみをよく理解していない人が、自然を改造しようとすることの危険さを、アラル海の失敗は、示しています。潅がい計画の影響を予測して、反対した科学者たちは、「自然決定論者」のレッテルを貼られ、マルクス主義に敵対する分子として、きびしく「弾劾」されたらしいです。最近のアラル海の衛星写真が、宇宙航空研究開発機構のホームページで見られます。

第13章「第二の大転換」
農業が、人類の文明の第一の大転換だとすると、第二の大転換は、化石燃料の開発です。最初は石炭がつかわれました。石炭がつかわれるようになった理由は単純で、ヨーロッパでも、中国でも、森林を切りつくしてしまったので、薪炭が不足したからです。
p.104 に、農作物の生産に投入されるエネルギーの話題で、中国や東南アジアの水田稲作は、投入量の50倍の収穫があるとありますが、現在の日本の稲作では、1倍以下になっています。米を食べるということは、昔は、太陽の恵みと、お百姓さんたちの労力を食べることだったのですが、今では、石油エネルギーを食べることと同じことになっているのです(松尾嘉郎・奥薗壽子『絵とき 地球環境を土からみると』(農文協)参照)。石油を輸入に頼っている現状で、石油がなくてはつくれない米を食べていて、わたしたち日本人は、自分たちの主食を自給できていると言えるのでしょうか。
森林を切りつくしたように、人類は、化石燃料も、つかいつくそうとしています。

第14章「都市の台頭」
この章では、世界各地で、都市が発達していった様子が描かれます。意外な印象を持ったのは、1800年ごろの江戸は、100万人近い人口があって、当時、世界最大の都市だった、ということです。『緑の世界史』の記述からは、はずれますが、江戸幕府は、日本各地から大名を参勤交代させて、その従者たちを、江戸という都市で養っていたわけで、壮大な無駄をやっていたわけなのですね。そういう無駄をやって、大名たちに蓄財させないことによって、日本全体の秩序が保たれていた、と考えると、贅沢(無駄)と貧困の共存こそ、社会の典型の一つなのかもしれない、とも思います。もっとも、それなら、最初から食料の過剰生産なんかしなければいいのにとも思えるのですが、それができないところが、人間の悲しい性質なのかもしれません。

第15章「豊かな社会の創造」
都市の形成が、貧困者を生んでいった様子が描かれます。また、工業生産の増大と、消費経済の進展が描かれます。貧富の格差は広がりました。この『緑の世界史』が書かれた1980年代後半ごろには、アメリカでは、人口の20%が慢性的に飢えていて、300万人が路上生活を送っていたそうです。その一方で、金持ちたちによって、富や地位を誇示するための消費がおこなわれていました。
国内的な貧富の差だけではなくて、国ぐにの間の貧富の差、いわゆる「南北格差」も、大きくなっていきます。いわゆる「開発援助」は、この格差を縮小できませんでした。それどころか、低開発国の社会的・経済的状態は、さらに悪化していきました。
たとえば、ひも付き援助。特定の援助国の会社の製品を買わせるために、資金を出す。あるいは、軍事的戦略的に意味がある国ぐにへだけ向けられる援助。世界銀行が出資した巨大ダム建設は、住民の土地を奪い、ダム湖が病気の温床となり、そのダムも、短期間で土砂で埋まりました。たとえば、中国の三門峡ダムは、4年で堆積物で埋まって、役に立たなくなりましたし、老爺嶺ダムなどは、何と完成前に埋まってしまって、建設が中止になったそうです。
低開発国に対する商業目的の融資は、債務国の財政を破壊しました。引用します。

 一九八〇年代には、援助は国際通貨基金(IMF)を通じて受けるのが一般的だったが、IMFは先進工業国に支配され、先進国中心の世界の貿易構造を継続、拡大させるものだった。IMFは、第三世界諸国が債務の利子を先進工業国の民間銀行へ、一定の条件で返済できるよう融資してきた。

要するに、援助というのは、開発の押し売りであって、自然を破壊するだけでなく、利子のとり立てによって、弱い国の財政を破壊するものでもあるのです。

第16章「世界の汚染」
この章は、環境汚染がテーマです。
農業とかかわりが深いところでは、アメリカのオガララ帯水層という地下水を潅がいにつかって、多くの地域で水がなくなってしまった、ということ。オクラホマ、テキサス、コロラド、カンザス、ネブラスカ州で耕作放棄地が広がっているそうです。
化学肥料と農薬による、水の汚染が進行しています。アメリカ、ハンガリー、イギリスで、地下水が汚染されているとのことです。硝酸塩の濃度が高くて、新生児に飲ませられないところがあるそうです。硝酸塩の汚染は、窒素肥料の影響ですね。これは化学肥料でなくても、有機の肥料、たとえば厩堆肥などでも、起こります。日本は窒素成分の輸入超過ですので、地下水が硝酸塩汚染される危険性が高いです。
鉱物採掘による汚染もあります。足尾銅山では、鉱廃が渡良瀬川に捨てられて、川の水を潅がいにつかっていた田畑が、鉱毒におかされました。
農薬使用による汚染もあります。農薬の成分には、発がん性のものも多く、農薬の使用によって年間2万人が死に、75万人が、深刻な健康被害を受けているそうです。農薬の被害では、残留農薬の影響を受ける消費者よりも、直接農薬を扱う生産者のほうが、はるかに深刻です。農地からその外の環境への汚染の広がりも、問題です。何せ、化学肥料や農薬は、つかわれる量が半端ではないので、大気、河川、そして海洋の汚染は、食物連鎖を通して、すべての生き物に甚大な影響を及ぼします。農薬を使わない農業も可能なので、そういう方法を普及させたいと思います。

第17章「過去からの遺産」
いよいよ最終章です。汚染と破壊と戦争と抑圧という、人類を主人公にした地球の悲劇を引き起こすきっかけとなったのは、どうやら、農業(栽培)だったようです。
20年以上前のことになってしまいましたが、わたしは、阿木幸男さんの「非暴力トレーニング」の講座を受講したことがあります。トレーニングの一つとして、いろいろな事柄を、暴力か非暴力かに分類することをやりました。多くの参加者は、「農業」を非暴力のほうに分類しましたが、わたしは、農業は暴力だと言い張ったのを思い出します。木を抜いて、小さな生き物たちが住んでいる地面を機械でかき回して、肥料や農薬を降りかけてする作業など、暴力に決まっています。北海道の観光ポスターで、広びろと広がる畑の写真をつかったものがよくありますが、開拓以前にそこに生えていた野生の木や草、自然の中で生きていた動物たちのことを思うと、畑の風景など、おぞましい以外のなにものでもありません。ぜんぜん美しくなんかありません。
農業によって食料を過剰に生産することができるようになった→人口が増えた→階級制ができた→都市ができた→戦争がはじまった→機械がつかわれるようになった→自然破壊にブレーキがきかなくなった……。こんなのが、おおざっぱな人類の歴史でしょうか。旧石器時代には400万人程度で安定していた人口も、増えに増えて、数十億人にまで達しています。限界まで繁栄した人類は、イースター島の文明のように、それを維持しきれなくなって、急激に崩壊するのでしょうか。
理屈の上では、わたしたち人類がとるべき方向性は明らかだと思われます。まず、開発・発展をよいことと考える考え方をかえることが、必要です。そのためには、利潤を追求する経済を解体していく必要があります。他人を利用しようとしなくなれば、人口を増やさせようとはしないはずです。狩猟採集民や、こじんまりと、つつましく生きてきた人たちの文化に学ぶといいでしょう。人間以外の生き物や動植物に敵対しないようにすることも必要です。そのためには、環境を破壊する工業を縮小していかなくてはいけません。人間中心主義の思想・宗教を、柔軟に無害化していくことも必要でしょう。富や地位を誇示するための消費をやめさせるる必要もあるでしょう。これは、ぜいたく品に税金をかけたり、累進課税を増やしたりすれば、簡単に実現できるでしょう。そして、これ以上の開発をやめさせて、砂漠化を防ぎ、年間500ml以上の降水がある地域には植林をして、森林を復活させる必要があるでしょう。
やったほうがいいことは、分かっているのですが、人間がどのぐらい愚かで、やらないほうがいいようなことばかりやりたがるか、ということも、よく分かっています。なので、わたしには、人類の明るい未来は、想像しにくいです。しかしまあ、人類の未来がどうであろうと、それとは関係なく、わたし個人としては、できる範囲で極力、こじんまりと、つつましく生きていきたいと思います。そういう生き方は、わたしが過去の文化から引き継いだものの一つなので、そう簡単にやめられるものではないのです。たとえそのようなあり方が、時流に合わなくて、人から笑われることになったとしても、です。

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クライブ・ポンティング『緑の世界史(上)』(石弘之ほか訳、朝日新聞社)

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クライブ・ポンティング『緑の世界史(上)』(石弘之ほか訳、朝日新聞社)

クライブ・ポンティングさんの『緑の世界史(上)』(石弘之ほか訳、朝日新聞社)を読みました。これは世界史の本なのですが、戦争で勝った負けたの歴史ではありません。「緑」が主人公の世界史です。自然と人間のかかわりとか、農とは何なのか、とかといったことを考えるためのアイデアが、ぎっしりと詰まっている、すばらしい本です。
本質に迫る書き方をしているのに、分かりにくい箇所がまったくない、読んで100%理解できる、というのがすごいで
す。こういう本を教科書にして、学校が中学生や高校生に教育をしてくれると、ものを考える国民が育って、日本も、もっといい国になるだろうになあ、と思います。
17年前に書かれた本なので、新しいデータは載っていません。そのへんは、自分で調べなおさないといけません。しか
し逆に、17年前の時点で、こんにち読んでも、大切と思われる論点をはずさない書き方ができている、という意味で、この本は、執筆された時代の流行を超えた、古典的な価値を有する内容を持っている、と言えると思います。
「栽培生活blog」おすすめ度:
★★★★★、です。

上巻は、10章あります。順を追って、感想を述べていきます。下巻も、読んでから、感想を述べます。

第1章「イースター島の教訓」
絶海の孤島、イースター島に、はじめてヨーロッパ人が来たとき、3000人ほどの島民は、草ぶきの小屋や洞くつで暮ら
し、乏しい食料を奪い合って、戦闘を繰り返していたそうです。その一方で、島には、平均して6mを超える、数十トンの重さの巨大な石像が600体以上散在していました。「モアイ像」と呼ばれる石像です。これらの巨大石像群がどのようにつくられ、どのように運ばれたかは、島民の惨めな生活状況からは、想像できないものでした。
じつは、イースター島には、高度な文明があったのですが、森林を完全に切りつくしてしまったのが原因で、その文明
が崩壊したのでした。木は、家の建築材料であり、調理の燃料であり、海に漁に出るための船を建造する材料であり、特にイースター島の人たちにとっては、巨大石像を運ぶときの「ころ」として利用されてきました。森林を切りつくしたことにより、土壌流出がはじまって、農産物の収量が落ちて、人口を支えきれなくなったのです。
森林の存在が、文明を支えていたにもかかわらず、イースター島の島民は、その大切な森林を切りつくしてしまって、
みずから、文明を崩壊させてしまったのでした。この、自然・天然の資源を「つかいつくす」ということは、人類が、現代に至るまで、繰り返しおこなってきたことです。現代のわたしたちも、「つかいつくし」に加担しているわけで、文明崩壊のただ中にいる、と言ってもいいと思います。人間というのは、文明が一度ある方向に動きだすと、その先に崩壊の危機があると分かっていても、やめられない、とまらない、かっぱえびせんみたいなことになるようです。イースター島の教訓は、生かされていないのです。

第2章「歴史の礎」
この章は、生態系についての基本的な考え方を扱っています。大陸移動のこと、気候変動を規定する太陽と地球の位置
関係にもとづく3つの長周期のこと、食物連鎖のこと、などが取りあげられています。基本中の基本のような知識なので、きちんとおさえておくといいと思います。

第3章「人類史の九九パーセント」
人類の発生から現代までの歴史を人類史として、時間軸に照らして、全体を100%とすると、はじまりから99.5%ぐらいまでと、現代に近い、最後の0.5%とは、はっきりと違う性質を持っています。前者は、生活様式が狩猟・採集が中心で、200万年ほどの間、比較的安定して営まれていたのに対して、後者は、農業や牧畜を中心にしたもので、最近の1万年ほどの間によく見られる現象です。
この章は、農業がはじまる前の、狩猟・採集で生活していた人類を扱っています。マーシャル・サーリンズさんの『石
器時代の経済学』にも出てきましたが、総じて言えば、狩猟・採集で生きていたころの人類の労働時間は、とても短く、それでいて栄養も十分足りていて、世界の総人口も、400万人を超えることはなかったであろう、ということです。人類は、けっこうこじんまりと、つつましく生きてきたわけです。
狩猟では、多くの動物の種が、人類による狩猟によって絶滅されてきました。第1章で扱った、イースター島での、木
の切りつくしのように、利用しやすい動物をとりつくしてしまう、ということが起こったのでしょう。それでも、まだ人類は、総人口がそんなに多くありませんでしたから、人間のがわからすれば、別の地域へ移動すればよいというだけの話で、地球規模での危機は、訪れませんでした。
このようにして、約200万年前に南アフリカや東アフリカに発生した人類は、約1万年前までに、南極以外のすべての
大陸に、分布を広げていったのでした。

第4章「最初の大転換」
約1万年前に、人類に「最初の大転換」が訪れます。農業や牧畜がはじめられるようになったのです。この章のはじめ
の段落が、総論的にまとまっているので、引用します。

 二〇〇万年このかた、人類は狩猟と採集の生活を送り続けてきた。しかし、わずか数千年の間に、以前とは劇的に異なる生活様式が出現した。すなわち、作物を栽培し家畜の放牧をして自然生態系を大きく変えることになった。この集約的な食糧生産方法は、核となる世界の三ヵ所の地域――西南アジア、中国、中央アメリカ――でそれぞれ独立に発達し、人類史上もっとも画期的な転換期となった。この結果、従来に比べてはるかに大量の食糧の供給が可能になり、階級制を持つ複雑な定住社会が発展して人口も急増していった。

簡単にまとめると、「定住」「人口増」「農業・牧畜」がはじまって、「都市」「軍隊」「王権」「強権・抑圧的な宗教」が形成されてくるわけです。この、約1万年前という、だいたいこの時期に、人類に大きな変化が起きていて、そのころに形成された社会の原形が、現代にまで引き継がれているわけです。個別には、地域によって、いろいろ違いがあるのですが、おおざっぱに言うと、そう言えるわけです。何が根本的な原因でそうなったのかは、分かりませんが。
わたし個人のこのみとしては、都市なし、軍隊なし、王権なし、強権・抑圧的な宗教なしで、定住はするけれど、ほど
ほどの農業で、ほどほどの人口で、こじんまりと生きていく路線、というのがいいのですが、一度農業をはじめてしまうと、「ほどほどで」というわけにはいかないのが人間なのでしょう。こっちは「ほどほど」でよくても、おとなりが強くなれば、干渉されて、気がついたときには、飲み込まれてしまっていたりするわけです。
この問題を、わたし自身の生き方に引き付けて考えると、中島正さんが言っている「みの虫革命」みたいな、他者との関係をなるべく断ち切って、やれる人から、自分一人から、とにかく自給をはじめましまう、という戦略に、わたしは魅力を感じますが、仮にそれがうまくやれたとしても、一人で勝手にやっている限りは、自己満足に過ぎなくて、社会的な意味は薄いのではないのか、とも思います。連帯して行動することが苦手な、分断された個人が多くなった時代に適応した、抵抗する生き方の形なのかもしれません。いや、もしかしたら、個人レベルまで、とことん分断を進めさせよう、という(よい意味での)戦略なのかもしれません。

第5章「破壊と生存」
農業によって都市が形成されるようになるのですが、それらの古代都市も、遠からず、崩壊の危機を迎えることになり
ます。つまり、一般的な農業は、持続可能な食料生産の技術ではなかったのです。森林破壊と、畑の塩類集積という、2つの基本的な崩壊パターンがありますが、少し、この章で展開される各地の個別の文明崩壊の様子をなぞってみましょう。
メソポタミア文明を支えたチグリス、ユーフラテスの両河の水位は、畑の作物が一番水を必要とする8月から10月に
かけて、逆に最低になりました。そこで、人びとは貯水と潅がいをおこないました。この結果、地下水の水位が上昇して、水がよどむ「帯水現象」を起こしました。また、高地の森林が破壊されて、土砂が川に流入して、水のよどみは一層ひどくなりました。帯水現象は、地中の塩類を地表に運び、水分の蒸発によって、厚い塩類の層を形成します。作物の収穫は、紀元前2400年から1700年の700年間に65%低下したそうです。当時の記録には、「大地が白くなった」という記述があるそうです。この畑の塩類集積が、メソポタミア文明崩壊の原因となったのでした。
インダス川は、広い地域にわたって氾濫して、その流路をかえる性質を持っていました。人びとは収量を増大させるた
めに、流路を固定して、潅がいをする工事をしました。また、森林破壊もおこなわれ、メソポタミア文明と同じような環境悪化をもたらしました。インダス川流域も、メソポタミア文明と同じように、塩類集積と、森林破壊による土壌流出と地力の低下によって、国力を弱めて、滅びました。
中国では、最初の定住社会が勃興したとき、土壌は肥沃だったのですが、地表をおおっていた草を、キビ畑をつくるた
めにとりのぞくと、土壌浸食がはじまり、大きな溝や谷に発達しました。それと同時に、燃料や建材の目的に樹木が伐採され、中国の高原地帯における大規模な森林は消失し、黄河は、ひんぱんに氾濫して、流路をかえ、大きな災害を引き起こすようになりました。
中世エチオピアのキリスト教王国では、森林破壊による土壌浸食によって、植物が育たなくなり、何度も首都を移して
います。
地中海地域の本来の植生は、常緑樹と落葉樹が入り交じった森林でしたが、農地造成、調理や暖房の燃料、家や船の建
材として伐採され、さらに家畜の過放牧が追い討ちをかけました。紀元前2000年ごろまで、モロッコからアフガニスタンまでをおおっていた森林は、現在ではその10%程度しか残っていないそうです。
ギリシャも、森林破壊と、土壌浸食が起きています。強い根を持っていて、土壌浸食の激しいところでも成育可能なオリーブを植えることが奨励されました。
北アフリカ帝国は、ローマ帝国を支えた穀倉地帯でしたが、農地を拡大するために森林を破戒したことにより、土壌浸
食がはじまり、最後は砂漠になってしまいました。
高度な文明を発達させたマヤ文明の崩壊も、森林破壊による土壌浸食と過剰潅がいが原因だったのではないかと推測さ
れています。
ナイル川は毎年洪水を起こしていました。上流の高地で森林破壊によって土壌浸食が起こり、この泥土が、ナイル川の
氾濫とともに下流に運ばれ、流域は、ちょうどいい時期に、肥沃な土壌と適当な水が得られることになって、農業が栄えました。メソポタミアの場合のような塩類集積は起こらなかったのですが、氾濫は自然まかせなため、水位が低い年は、十分な面積での栽培ができませんでした。1840年代に人工的な潅がい施設がつくられると、20~30年のうちに、塩類集積がはじまりました。イギリス人の農業技師は、「地表をおおう白い塩が日に照らされて、新雪のように輝いている」と言ったそうです。20西紀に入って、アスワンダムとアスワンハイダムがつくられると、ナイル渓谷の地力が失われて、肥料を多投する現代の農業方式に移行せざるを得なくなったのだそうです。
森林を開拓して畑を造成することも、潅がいをして収量を上げることも、実施した初期には、効果をあげたのだと思い
ます。しかし、そのような無理をして収量を上げようとすることが、数十年後、数百年後に、決定的なダメージとなってはねかえってくることを、予想することができなかったか、短期的な利益しか考えられなかったかして、結果として、諸文明は滅んでいきました。
肥料と水を与え続ければ、作物に吸収されない成分が地表にたまり続けるのは、当たり前のことです。わたしが研修させてもらった稲作農家では、稲の苗床(ハウス)の跡に、大豆を植えて、実がなった時点で根っこごと抜いて、トラックに積んで、山に捨てていました。一かかえもらって帰って、枝豆にして食べたのを覚えています。自分ちの山に捨てるのなら、不法投棄にはならないのですかね。過剰に施肥しておいて、あとからクリーニング・クロップに吸いとらせて、抜いて山に捨てて……無駄というか何というか、ほんとにほんとにご苦労さんな話です。

第6章「長い戦い」
この章は、飢餓との戦いについての研究になっています。中国とヨーロッパでは、飢餓の存在が常態化していたことが
示されています。アイルランドのような、ヨーロッパの「先進」地域でも、19西紀になっても、100万人の餓死者が出る事態が起こっています。当時、アイルランドには、十分な食料があったにもかかわらず、食料価格が高騰して、貧しい人びとがおおぜい餓死したのです。
また、1930年代初頭のソビエト連邦では、政府は食料を都市に優先的に供給して、農村で餓死者が出る事態となったこ
ともあげています。藤田弘夫さんが、その著書『都市の論理 権力はなぜ都市を必要とするか』(中公新書)の中で「古今東西、農村に飢えはつきものだが、都市が飢えることはめったにない。自らは食糧の生産を行わない都市のほうが、農村よりも飢えないのである。」と言っていたのを、思い出します。戦争中、日本では、農家は、食料を強制的に供出させられました。どこかに隠していないか、きびしく調べられました。
この『緑の世界史』の著者のポンティングさんは、農耕民の社会を狩猟採集民の社会と比べて、次のように言っていま
す。

 突き詰めて考えれば、飢餓の原因は人類と食糧との関わり方が農耕の開始によって変化したことにある。かつての狩猟採集民にとって、食糧とは取引するものではなく、集団の中で分け合うものだった。だが、定住農耕社会が成立すると、土地や食糧に対する所有権という考え方が生まれた。また、限られた土地に対する依存度が高まったために、収穫の多寡が大きな意味を持つようになり、不作の年には貧しい人々は食糧を得ることができなくなった。

飢餓というのは、多くの場合、食料の不足の問題ではなく、食料の配分の問題なのです。

第7章「ヨーロッパの植民地の拡大」
中世のヨーロッパには、東方植民といって、ヨーロッパ西部・中部への居住地の拡大があります。もともと95%ぐらい
が森林だったところが、この東方植民によって、森林面積が20%ぐらいまでに減らされてしまいます。焼き畑農業もおこなわれています。この開拓には、修道士が活躍します。修道士という言葉から、わたしなどは、禁欲的な生活をして、静かに神に祈っている人たちのようなイメージを勝手にいだいてしまいがちなのですが、十字軍時代に騎士修道会というのがあったように、この開拓にあたった修道士たちは、武装していました。それから、金属精錬なんかの技術も持っていたらしいです。とにかく、強烈な人たちだったようです。岸田秀さんとの対談(『生きる幻想 死ぬ幻想』)で小滝透さんが、この修道士たちについて、「森林伐採には宗教的な意味もありまして、森を残しておくと、土着的な精霊信仰が生き残って、異端や異教が生まれるので、キリスト教を広めるという意味でも、森林を伐採した。」と言っています。宗教的情熱に駆られて、執念で森林を切り開いていくわけです。その結果、フクロウとか蛇とかがいなくなって、野ネズミが大発生して、それにペスト菌を持ったノミが寄生して、ペストの大流行を招きます。このことも、小滝さんは語っています。今回読んでいる『緑の世界史』には、フェラリッヒの修道院長の言葉が紹介されていて、当事者の心境を伝えています。曰く、「フェラリッヒ周辺の森林は、まったく役立たずなうえ耐えがたいほど有害ですらある」。
森林伐採のほかに、大きく自然をかえたの
は、イギリス・フランス・オランダなどでおこなわれた、湿地や沼沢地の干拓や埋め立てでした。
ヨーロッパ人による植民地化の波は、世界中に広がっていきます。ポンティングさんは、ヨーロッパ人が破壊した先住
民族社会をあげ連ねています。ヨーロッパ人は、アステカ帝国、インカ帝国、北アメリカのインディアン、南アメリカのインディオ、オーストラリアのアボリジニ、太平洋の島じまの先住民などの、土地と労働力を搾取しました。イエズス会は奴隷狩りの遠征を行ない、捕えた奴隷に焼印を押して、伝道所で強制労働をさせました。ニューイングランドでインディアンとの間で戦争がはじまるころ、清教徒たちは、異教徒であるインディアンを殺戮することが、神の意思にかなうことだと信じていました。
そして、忘れてならないのは、徹底的に搾取された大陸、アフリカです。内容は、本書にくわしいので、読んでほしい
のですが、一つ、ヨーロッパ人がアフリカ人を人間視していなかった証拠をあげた部分を引用します。

 ヨーロッパ人の心の中には、アフリカ人に対するほとんど隠そうともしない侮蔑の念があった。たとえば、一九〇〇年六月にドイツ人入植者の一人が南西アフリカの植民地政府に提出した次のような嘆願書が残っている。
「遠い昔から、現地民たちは怠惰と粗野と愚行に慣らされてきました。彼らは悪に手を染めていなければ安心できない
のです。われわれは現地民に交じって生活していますが、ヨーロッパ人の感覚では、どう考えても彼らが人間であると信じることはできません」

第8章「思想の変遷」
この章は、ヨーロッパの思想の中に、植物や人間以外の動物は人間のためにつくられている、という、人間中心的世界
観を浮き立たせて、それが大規模な開拓や、動物の殺戮などの自然破壊につながるとこを、明らかにしています。この、「人間中心主義」という、問題の切り出し方が、わたしには新鮮で、分かりやすく思われました。たとえば、アリストテレスについては、ポンティングさんは、次のように言います。

 究極的な人間中心的世界観のもうひとつの先駆的著作は、アリストテレスの手によるものだ。彼は『政治学』で、植物は動物のために存在すると主張し、「もし自然が作り上げたものに不完全なものはなく、また何事も無目的には作らないとすれば、自然はすべての動物を人間のために作ったということになるだろう」と結論づけている。

この、人間中心主義は、聖書中にも、見出すことができます。

神は五日間の天地創造の後、その集大成として人間を創造する。そして神は人間に対して、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」と祝福し、他の創造物に君臨する権利を与えるのである。
(中略)
まず初めに男性が創造され、次に生き物の満ちあふれるエデンの園、最後に女性という順で創造されていく。ここでも
動物は人間のために作られており、それらに名前をつけるのはアダムである。神は後になって大洪水を起こして世界をほぼ壊滅させるが、その後に人間界で唯一の生存者であるノアとその家族に対して、前にも増して強い口調で世界の支配者になるよう、こう命じている。
「動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じよう
にあなたたちに与える……地のすべての獣と空のすべての鳥は地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる」
 このような、世界に君臨すべき存在としての人間という主題は、聖書に取り込まれたユダヤ教聖典の中に数多く見出
される。たとえば詩篇第八番には、「神に僅かにおとるものとして人を造り、御手によってつくられたものすべて治めるようにその足もとに置かれました」とあり、同第一一五篇には、「天は主のもの、地は人への賜物」と書かれている
 古代や中世のキリスト教思想家は、「人間は自らのために動植物を始めとした全世界を利用する権利を神から授かっ
ている」としてユダヤ教思想より受け継いだ見解に、ほとんど異議を唱えることはなかった。自然は神聖なものとは見なされず、したがって人間は自然を自らのために利用するのにいささかの良心の咎めも感じる必要はなかった。人間は自然を自分の好きなように利用する権利がある、とされていたのである。

この聖書に見られる人間中心的思想の変奏として、トマス・アクイナスやアッシジの聖フランチェスコなどが、あげられています。
このあと、科学的自然観を検討することになりますが、科学的自然観も、人間中心的という意味では、聖書の思想の延
長線上にあることになると、著者のポンティングさんによって位置づけられています。例として、デカルトやベーコンやスペンサーやカントやジョン・スチュアート・ミルやフロイトが引用されています。マルクスも、この系列に入ります。
日本人の感覚では、宗教と科学というのは、対立するような印象があるのですが、じつは、聖書の世界観と科学的
世界観というのは、しっかり地続きなんだ、ということを、今回この本を読んで、わたしは理解しました。
このあたりの事情をまとめてある部分を、もう一カ所、引用します。

一九世紀末までに、ヨーロッパ思想の多くから宗教色は大幅に減退するか、あるいはまったく消失してしまっていた。しかし、二〇〇〇年間にもわたるキリスト教思想の中核をなした考えの多くは、それに先立つ古典思想やユダヤ思想の影響とともに、ほぼ無意識のうちにヨーロッパの世界観を形成する中に取り込まれていた。そこでは人間は自然界から切り離され、しかもそれより優位に立つ存在と見なされており、その結果、人間は自然界を自らの思うように収奪する権利があると考えられていた。しかも、この自然の収奪はまったく当然のことであり、むしろ未完成で不完全な自然環境を改善していく手段であると見られた。
 また、人間活動は有益な結果をもたらし、必然的に未来へと続く一貫した進歩の過程の一部であるとされた。この世
界観は、ヨーロッパの拡張の最盛期を支え、ヨーロッパが大成功を収めたために、ヨーロッパ人やその高度の物質文明と接触した人々をも巻き込んでいった。

第9章「自然の蹂躙」
この章では、動物を殺しまくってきた、人間の歴史が展開されます。ほんとに、よくもここまで殺しまくったものだと
、感心するほどです。要約しても、ちょっとここでは紹介しきれません。本書を読んで、人間の傍若無人ぶりを知ってください。もし人間がいなかったとしたら、地球は今よりもはるかに美しく、はるかに豊かだったろうと思います。
農業に関しても、害虫・害鳥・害獣は殺しつくせ、という考え方が主流でした。農薬が作られるのも、殺しつくしの考
え方の延長線上にあるものです。天敵を利用したり、異なる作物を混植したり、といった、自然のバランスで虫を抑える、という発想は、なかなかあらわれなかったわけです。

第10章「第三世界の成立」
ヨーロッパによる植民地支配についてです。前章の「自然の蹂躙」の対人間版で、ひどい話が続きます。農業に関係あ
るところでは、それぞれの地域によく適応した伝統的な農業が崩壊させられて、プランテーションで、自然と人間が収奪されることになるあたりですね。日本は植民地になったことがないと言われますが、これからどうなるかは分からないので、奴隷と強制労働の歴史を勉強して、心の準備をしておくといいのではないでしょうか。
もう一つ、リン肥料の原料であるリン鉱石が枯渇した場合、施肥を大前提にしている今の農業は、どうなってしまうの
だろうと、心配になりました。

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マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』(法政大学出版局)

自給的社会を構想する参考にしようと思いまして、マーシャル・サーリンズさんの『石器時代の経済学』(山内昶訳、法政大学出版局)を読んでみました。いわゆる「未開」の民族の社会を観察・研究した本です。扱われているのは、農耕民も少しありますが、狩猟採集民が多いです。わたし自身の関心としては、自給的農耕民の社会・生活が気になりますが、狩猟採集民も自給をしているという意味では、参考になるのではないかと思って、読みはじめました。おそらく、農耕をはじめた民族は、たやすく開発化社会に飲み込まれてしまって、または開発化社会へ発展してしまって、「未開」ではなくなってしまうのでしょう。
わたしは、社会学や経済学や文化人類学などを勉強したことがないので、こういう専門的な本の読み方が分かっていま
せん。日本語に訳されているのですから、書かれている意味は読めば分かるのですが、それが何を言いたいのか、ということが分からないので(特に、数字を扱うのが苦手)、読んだ内容が頭に入ってこないのです。ですから、わたしのこの本の読み方は、ポイントをはずしていて、浅薄だ思います。面白いと思ったところや、都合のいいフレーズだけを抜き出して、コメントするような形になりますが、そのへん、あらかじめご承知置きください。

自給的社会での労働や社会構造はどのようなものなのか、ということが、わたしの関心にあるのですが、『石器時代の経済学』を読む前に、自給的ではない、つまり他給的な社会での食料生産労働がどのようなものかを、日本を例にとって、ざっと概観してみようと思います。
まず、農林業就業者の割合は、全就業者中、4%ぐらいです。
労働者の賃金を産業別に比べると、1日あたりの賃金が、建設業は約1万5千円、製造業は約1万6千円、運輸・通信
業も約1万6千円、卸売・小売業・飲食店は1万2千円なのに対して、農業の臨時雇いの場合は、男女別の金額が分かっていまして、男は約9千円、女は約7千円、となっています(いずれも百円の桁で四捨五入、2003年統計)。男と女の額の中間をとって8千円としますと、製造業や運輸・通信業の約半分、ということになります。いや、うちの農場は、もっと出すぞとか、あそこの工場は、もっと安かったとか、個別の事情はあるでしょうが、平均して半分の給料、という数字は、どうにもなりません。かせぎたいなら、農場よりも工場、というわけです。
自営農業の年間労働時間(自営農業労働時間÷家族農業就業者数)は、作目区分ごとの数字があるのですが、たとえば
稲作では1623時間、豆類では1530時間、露地野菜では1666時間、採卵養鶏では3100時間、となっています。実際の作目は複合的ですし、兼業農家も多いですから、この数字は、あくまでも目安です。
日本人が食料の多くを輸入に頼っていることは、改めて言うまでもありません。

ということで、いよいよ本題です。『石器時代の経済学』は6つの章からなっていますが、第1章は「始原のあふれる社会」です。英語の原題は“The Original Affluent Society”で、ジョン・ケネス・ガルブレイスの『ゆたかな社会』(“The Affluent Society”)への皮肉がこめられています。
「飢えに苦しむ野蛮人」とか、「朝から晩まで食べもの探しに明け暮れて、それでも必要な栄養を満たせない原始人」
というのが、伝統的な未開社会観なのですが、本当にそうなのか?というのが、サーリンズさんの問いかけです。サーリンズさんは、こう言います。

欲望は、多く生産するか、少なく欲求するかによって、《たやすく充足》できる。

多く生産するだけではなくて、少なく欲求することによっても、「あふれるゆたかさ」を実現することができる、というのです。この、少なく欲求することを、「禅の道」とも言いかえています。そして、デステュット・ド・トラシという人の次のような言葉をあげています。

「貧国とは人民が安楽に暮している国」であるが、これにたいして富国とは「人民が概して貧しい国である」

この言葉は、そのままでは分かりにくいのですが、わたし流に言いかえると、「富を集積しない小国は、人民が安楽に暮らすが、富を集積する大国は、人民が苦労する」となります。老子の「小国寡民」のようなのをイメージするといいのではないでしょうか。「ユートピア」というと都市的で、農奴を必要としますが、小国寡民の里は、生活の糧を自給しますから、安楽なのです。
サーリンズさんは、多くの物を所有しないことは、貧しいのではなくて、所有しなければならないとする観念から自由なのだ、と言います
。本当はほしいのに、がまんする、というのではありません。これは、負けおしみではありません。考えてみれば、わたしたちは、なくてもいいような多くの物に囲まれながら、それらのガラクタどもを得るために、あくせくと働いているのです。
狩猟採集民は、労働時間は短く、余暇が豊富にあって、昼寝の時間が長いです。ブッシュマンやオーストラリア土着民
は、1日の平均労働時間は4~5時間なのだそうです。それしか働けないからではなくて、生産性をあげようと思えばもっと働けるのに、その程度しか働こうとしないのだそうです。そして、それだけの労働で、十分な食料を得ているのだそうです。
サーリンズさんは、次のように言います。

(一人当りの)労働量は、文化の進化につれて増大し、余暇量は減少したのである。狩猟民の自立生計労働は、一日働いて一日休むという間歇性を特色としており、現代の狩猟民も、ひまな時間に昼寝といった行動にともかくこのんであてようとしている。

このような、なまけものな働き方をしていたら、食料不足になるのではないかと心配するかもしれません。たしかに、食料不足になることもあるにはあるのですが、それは特定の、たとえば移動できなくなった家族とかを襲うだけで、社会全体を襲うものではないのだそうです。
それに比べれば、現代社会のほうがよほど食料不足状態だとして、サーリンズさんは次のように言います。

今日の世界について、どういえばよいだろう。人類の三分の一あるいは二分の一もが、毎晩空き腹をかかえて、寝につく、といわれている。旧い石の時代では、その比率は、もっと小さかったにちがいない。前代未聞の飢えの世紀、それが現代なのだ。いま、最大の技術力をもっているこの時代に、飢餓が一つの制度となっている。古ぼけたあの定式を、いまやこう転倒させよう。文化の進歩につれて、飢えの量は、相対的にも絶対的にも増大してきた、と。

狩猟採集民は、移動して生活します。ですから、所持品が少ないのです。ある地域で食べ物がなくなると、別の地域へ移動していきます。ですから、食料が自然によって供給されて、自由に入って使える土地が十分になければ、生活は成り立ちません。現在、森林破壊や砂漠化の進行などによって、自然環境は十分に人間を養えなくなってきています。
遠い未来の夢としては、狩猟採集を中心にした生活もいいですし、感性的にピピッとくる人は、先駆的にやりはじめて
もかまわないのですが、現実問題として、多くの現代人が自給的な形で社会を成り立たせていくには、農業を中心にするやり方が向いている、とわたしは思います。
農業であっても、自分たちが食べる分だけを栽培するのであれば、それほど大変な労働量にはなりません。いらないガ
ラクタを買わないようにして、お金をなるべく使わない生活をしていれば、昼寝をしながら、一日おきに働くことだって、可能かもしれません。過労死するほど働きまくる人たちが多い時代ですが、その対極のような生活の可能性を思い浮かべてみることも、全く無駄なことではないのではないかと思います。

以上で、全6章中の第1章が終わりです。第2章以降の内容は、わたしにはむずかしくなるので、パスします。ごめんなさい。

…と思ったのですが、やっぱり、第4章だけ、ちょこっと。
章題は「贈与の霊」となっていまして、ニュージーランドのマオリ族の贈与の経済システムについて書かれてあります。贈与というのは、気まぐれなプレゼントのようなものではなくて、贈らなくてはいられないような、激しい強制性をもっています。そして、それは、社会的に欠かすことのできない、意義のあることになっています。
形は全然違うのですが、日
本にも贈答とか、慶弔費とかがあって、破ることのできない「しきたり」のようなものがあったしりて、苦労している人も多いと思いますが、そういうのを苦労と思うのはおかしい、という理論もあるみたいで、人生、いろいろな意味で大変だなあ、なんてことを連想したりしました。ちなみに、わたしの母は、自分が死んでも、誰も呼ぶなよ、と言ってますけど。
以上、です。

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左巻健男『水はなんにも知らないよ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

孫引き情報になるのですけど、「Newsweek」誌がおこなった調査によると、アメリカの成人の91%が神の存在を信じていて、また、48%が進化論を否定して、人類は最初から現在の姿で、神によって創造された、と信じているそうです。

そして、大卒者の3分の1は、聖書にある天地創造の内容を、そのまま事実として受入れているそうです。(わたしが見た情報源→世界情勢を読む会編著『08年版「タブー」の世界地図帳』日本文芸社)。
「アメリカ人は非科学的でしょうがないな」などと言ってはいられません。日本人も科学的思考能力の弱さにかけては
、アメリカ人といい勝負だからです。今回読んだ左巻健男さんの『水はなんにも知らないよ』に紹介されている、2001年の文部科学省科学技術研究所の調査によれば、日本人の科学技術への理解度は、日欧米17カ国中13位なのだそうです。そして、科学技術への興味や関心は、調査国中で最低なのだそうです。

『水はなんにも知らないよ』。著者は、左巻健男(さまき・たけお)さん。科学教育が専門の方です。めずらしい名字ですね。
内容としては、「波動水」「磁化水」「マイナスイオン水」「πウォーター」「トルマリンを使った水」「クラスターの小さな水」「抗酸化性をうたう水」などといった名称で売り込まれている、ペットボトル入りの水や、活水器などの水ビジネスを、効果のないものを売っていると、批判しています。すでに信じて買って、こういう水を飲んでいる人は、急いで本書を読んで、考えなおしたほうがいいと思います。
こういう水ビジネスは、科学のような雰囲気の用語を宣伝文句の中にちりばめるので、科学に弱い人は、だまされてしまうのだそうです。キーワードがあげられていまして、水の売込みで、「波動」「共鳴」「クラスター」「マイナスイオン」「エネルギー」「活性」などの語が使われていたら、怪しいと思っていいそうです。
どんな水を飲んだらいいのか、という問いへの、著者左巻さんの答えは、ある意味常識的で、「水道水がいい」ということになります。「水道水は、そんなに危なくないのだ」というのです。カルキ臭さが気になる場合は、活性炭とマイクロフィルターを組み合わせた浄水器(活水器ではない!)を使うと、いいそうです。また、ふたをしない鍋で10~30分沸騰させて冷やして飲むだけでも、かなりおいしくなるそうです。

書名の『水はなんにも知らないよ』は、江本勝という人の『水は答えを知っている』という本への、当てこすりですね。冒頭で、ばっちり批判されています。
『水は答えを知っている』という本は、今までにも、だいぶ批判されてきたようで、ご存じの方も多いと思いますが、いまだに本屋で売られていて、悪影響を与えているので、徹底的に批判している本書を読んで、似たような怪しい商売にひっかからないように、みなさん、知恵をみがきましょう。
ご存じの方が多いと思いますが、念のために言うと、『水は答えを知っている』という本は、「ありがとう」と書いた紙を貼った容器に入れた水を凍結すると、雪のような美しい結晶になるが、「ムカツク・殺す」「ばかやろう」と書いて同様にすると、結晶をつくらない、と、写真を使って主張しています。
わたしには、ばかばかしい以外の何ものでもありません。まともにとり合う気にもなれません。コメントとしては、『水はなんにも知らないよ』に紹介されている、北海道大学低温科学研究所の古川義純助教授の言葉だけで十分です。いわく、「無機の物質である水が言葉や音楽に反応するというのは考えられない」。
無機の物質である水に限りません。有機の物質である植物についても、同じようなことが言えると思います。それについては、以前このブログで、「植物に話しかけることについて」という題で書いたので、参照してください。
さんざん批判されているこの江本という人は、↓こんなふうに言いのがれしたそうです。(初出は「AERA」2005年12月5日号)

水からの伝言はポエムだと思う。科学だと思っていない。僕は科学者ではない。単なるロマン的なこと、ファンタジー。宗教と紙一重なので、誤解いただくこともあるが、宗教家ではない。少年のまま大きくなった普通の人間。ただ、科学でわかっていることはほんの数% 95%はわからない。今後、周りの研究者によって科学的に証明されていくと思う。

へたなトリックを使うことで、「ものごとを論理的に考えて、ほかの人たちといっしょに考えをつくっていく」という大切な姿勢をぶちこわしにしてくれているわけで、困ったものです。「少年のまま大きくなる」のではなくて、責任をもって行動できる、しっかりした大人になってほしいものです。

似非科学ということで、わたしが思い出すのは、中江兆民の『続一年有半』という著書です。
明治時代の自由民権運動の思想家で、第1回総選挙でトップ当選もはたした中江は、彼の人生の最後の最後に、『続一
年有半』という絶筆を残します。最後のほうなど、消えそうな命の炎と争うかのように、要点だけを走り書きしていて、いたいたしいほどです。彼が死ぬ前にどうしても言い残しておきたかったのは、唯物論でした。政治運動の修羅場をくぐりぬけてきた男は、人びとの、もっと根本的な認識の部分がかわらなくては、先に進めない、と痛感したのでした。
「神だの、魂だの、そういう幻を語るのは、お願いだからやめてくれ!」という叫びが、「続一年有半」からは、聞こ
えてきます。物は元素が寄り集まってできているんだ、無から有が生じたり、有が突然無に帰したりはしないんだよ、「金がなくなった」というのは、自分の手にあった金が、他人の手に移っただけ、「米がなくなった」というのは、おなかの中に入って、滋養分と糞尿とにかわっただけなんだよ、といった、認識の基礎の基礎のようなところから論じることを、死に際になってさえ、やらないではいられなかった中江の胸中を思うと、悲しくなるものがあります。
人間の
知性って、なかなか進歩しないものです。国民にあまり賢くなってもらわないほうが都合がいい、と考えている人たちも多いでしょうから、まともな教育は浸透しにくいのでしょう。

左巻健男さんの『水はなんにも知らないよ』は、怪しい水ビジネスを批判する本ですが、怪しいのは、水ビジネスだけではありません。似非科学でだまそうとするものは、健康食品や健康法、もてる・やせられる・もうかる・頭がよくなる法から、農作物やその元となる農法についてまで、それらの説明のし方には、中にはそうとう「怪しい」のがあります。本人たちからして本気で信じているのか、売るための方便なのか、どちらにしても、だまされるがわにしてみれば、迷惑千万なことです。
『水は答えを知っている』の著者のように、「ポエムだ」「ロマンだ」「ファンタジーだ」と、あいまいに言いのがれ
る人もいますし、きっぱりと「自分がやっているのは宗教だ」と言い切る人もいます。「イワシの頭も信心から」と言いますから、「宗教」に逃げ込まれると、それ以上追及しにくくなります。しかし、宗教以外の理論できちんと説明できないものは、やはり「怪しい」と疑ったほうがいいのです。
開発・自然破壊に親和性を持つ宗教、たとえば、うっそうと生い茂る森林を見ると、異教・異端の信仰が発生しやすく
なるからと、それを切り開こうとしたキリスト教(このため、ヘビやフクロウや減少して、野ネズミが大繁殖して、ペストの流行を招いた……岸田秀・小滝透『生きる幻想 死ぬ幻想』(春秋社)参照)のような宗教は批判しやすいですが、自然と調和した生活をしている民族の宗教というのは、擁護されがちです。しかし、つじつまが合わないこと、明らかに迷惑なことは、はっきり批判したほうがいいでしょう。ご都合主義者が、そういう信仰を借りてきて、自分勝手に利用することがよくあるので、気をつけなくてはいけません。うそやごまかしを含む宗教を信じても、いいことは何もありません。

テレビや雑誌や学校教育やインターネットや……それらの中には、さまざまな情報や考え方が示されています。しかし、当然それらは多くの間違いを含んでいます。批判的な態度を身につけて、それらの間違いにだまされないようにしたいと思います。権威に従うのではなくて、自分で考えることが大切です。
そして、自分の間違いに気づいたら、素直に認めて、考え方をより正しいと思われるものにかえていかなくてはいけな
い、と思います。

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別冊宝島『「温暖化」を食いものにする人々 地球温暖化という“都合のよい真実”』宝島社

また別冊宝島ですか。だって、深川の生協の本売り場で、目立つところにいっぱい並べて売っていたんですもの。
というわけで、また別冊宝島です。すみません。あやまらなくてもいいか。

地球温暖化? 本当に温暖化しているの? とか、その犯人は二酸化炭素? 太陽の黒点のせい? とか、排出権ビジネスって何? とか、このへんの情報は錯綜していますが、このムックは、現時点で分かることを、うまく交通整理してまとめてあります。
結論から言うと、「分からない」「今後の予想はつかない」ということになります。なんだ、全然まとまってないじゃないか、と思うかもしれませんが、それが現実なのです。そして、分からないにもかかわらず、分かっているかのように報道され、教育され、ビジネスが進んでいくところが、要注意なのですね。

見出しをひろっていきます。まず、第1章、「温暖化のホント」から。

都市化の影響で気温が上っただけ?
温暖化しやすいはずの、南極の気温は一定
木の年輪から調べる過去気温は正確なのか?
天気予報が報じた翌日の予想気温をそのまま測定データとして報告した事例も
6.4℃上昇という最悪の予測だけが流布される日本
地球上の気象現象は非常に複雑であり、いまだ雲の発生を予測するシミュレーションも開発途上である
数多くの研究報告が証拠を示す太陽活動と地球温暖化の関連
温暖化しても南極の氷は解けない
ツバルで起こっている浸水は、地球温暖化とは関係ない
2050年ぐらいまでは、温暖化によって食料生産が壊滅的な打撃を受けるようなことはない
農業機械の利用や運搬などで化石燃料を消費しているかぎり、バイオエタノールのカーボン・ニュートラルは幻想

ツバルの浸水に関連して、大阪の「海面水位の上昇」のグラフが出ています。大阪は100年間に2.6mも海面水位が上昇したそうなのですが、その原因は、地盤沈下なんだそうです。
うそか本当か分からない100年後の海水面の上昇の「証拠」として映し出される現在の浸水の映像。それは、温暖化とは関係ないでしょう?という話です。ちょっとしたトリックですね。
南極大陸の「ふち」の氷がくずれ落ちる映像が使われたりしますが、あれも、内陸に積もった雪が氷河となって押し出されただけで、温暖化とは関係ないんだそうです。でも、温暖化の話題をしているときに、南極の氷河が海にくずれ落ちる映像を流せば、「解けてるぞ!」「大変だ!」って雰囲気には、なるんでしょう。これもトリックですね。
わたしは、ここ30年ぐらい、テレビなしの生活をしていますが、こういう話を聞くと、ほんと、テレビって、見ないほうがいいと思います。うそが多すぎますし、よほど利害がからまないかぎり、いちいち批判して訂正させる視聴者はいないでしょうから。

第2章は、「日本の異常気象の真実」という題で、ヒートアイランド現象や、北極海の氷が急速に減少していることをとりあげて、何でも「温暖化」のせいにする安易な風潮を批判しています。そして、温暖化という気象現象は昔からあったことで、それ自体は悪いことではない、と言っています。わたしも、それはそうだと思います。

第3章は、「誰が儲けているのか?」です。
まず、発電中に二酸化炭素を発生しない、という理由で原子力発電所の開発に向かう動きを指摘しています。原子力発電所が、多くの人たちに犠牲の上に成り立っていて、ウラン採掘から放射性廃棄物処理までトータルに考えたときには、二酸化炭素も出すし、エネルギー効率も悪いし、経済的採算も悪いということが、あとのほうで説明されます。それに何よりも、事故を起こしたときの被害が致命的です。
産業界としては、もうかりさえすればいいわけで、あとのことは、あんまり考えていないようです。「不都合な真実」という映画(わたしはまだ見ていませんし、見たくもありませんが)をつくらせた、アメリカの元副大統領アル・ゴアなんかは、あの映画で、エネルギー関連産業の、自分の仲間たちへの利益誘導を、しっかりやっているわけです。

で、この章では、このあとに、日本の温暖化対策費のことや、リサイクルのことなんかについての記事が続くのですが、わたしが印象に残ったのは、間に挟まれた「「地球に優しい」は本当に優しいのか?」というコラムというか、小特集です。パート1と、パート2があります。
パート1は、パーム油由来の洗剤の話。パーム油は、洗剤だけではなくて、マーガリンなどの油脂として、食用としても利用されています。で、原料のパームやしを栽培するために、マレーシアとインドネシアで、熱帯雨林を切り開いて、大規模なプランテーションをおこなうのです。そのために、開発業者によって、先住民たちの生活が破壊されるのです。
パームやしだけではないですね。森林を切り開いて畑にするとか、鉱山開発をするとかいうときには、先住民たちの、自然と調和した生活が破壊される、というパターンは、世界中いたるところで見られる現象です。日本人の豆腐や納豆やみそやしょう油のための大豆畑をつくるために、アマゾンのジャングルが切り倒されるとか。自分の国でつくれよ、と思いますけど、自然や先住民が傷つくことに、心が痛まないんですね、商社さんは。
木材の調達も、そうでしょう? わたし、新聞なんか、紙の無駄だと思いますけど。言論の自由だと言うのなら、中島正さんの本の中で指摘されていましたけど、広告なしの新聞にすればいいのです。スポンサーの顔色をうかがいながらでは、ろくな記事は書けないと思います。

パート2は、「エコバッグでお買い物」です。レジ袋を使わなくても、たいした節約にはならない、という話。スーパーやコンビニには、もっと大きな無駄があって、ノーレジ袋運動が、もっと大きな無駄に目が行くのをさまたげているのではないか、ということで、似たような例として、このコラムでは「省エネ家電」をあげていますけど、「クールビズ」「ウォームビズ」とか、もっと昔では「省エネルック」とか言って、大臣が半そでの背広を着ていたのを、わたしは思い出しました。「エコで新しい需要が開発される」とかって言って、さらに浪費を促進するわけです。ああいう人たち、どういう頭をしているんでしょうね。

第4章は、「排出権ビジネスのカラクリ」です。
この章は、わたしにはむずかしくて、分かりませんでした。ですので、紹介できません。
なにせ、わたし、学生のときに、農業経営の成績、「優・良・可・不可」の「可」でしたから。計算をする必要のある科目は、だめみたいなんです。農業機械学も「可」でしたし。でも、農業政策論は「優」の○つき(「特優」?)だったんですよ。「日本は鎖国しろ!」みたいなレポートを出したような、かすかな記憶があります。
「排出権ビジネス」、ふつうの人には、むずかしくないのでしょうけれど、わたし、計算が苦手なので、うまく紹介できません。ごめんなさい。

第5章は、「次は何が起こるのか?」。
インドネシアの、地中の泥炭が燃える話は、すごいです。
「温暖化対策の切り札」などと、ふざけた言い方をされる、原子力発電所の危険さ、不経済さを解説した記事は、勉強になりました。ウランの採掘や精練のことは、ふだんほとんど、耳にすることがありません。そのような仕事に従事する先住民の健康被害が報告されている、とのこと。ここでも、開発が先住民族の命と平和な生活を破壊しているのが分かります。
原子力発電所と言えば、以前よく、炉心の中に入って掃除やらなにやらの作業をする労働者の被曝の被害が話題になっていたのを思い出しますが、ああいう仕事は、今でもあるのでしょうか。危険性を説明されるのかされないのか知りませんが、駆りだされた臨時やとわれの労働者がやらされていて……というのは。くわしい人がいたら、教えてください。

【追記】
↑上の件、自分で一つ、記事を見つけました。
樋口健二「安全神話の闇に葬られる原発被曝労働者」
80年代の記事ですが、最近はどうなのでしょうか。あまりかわっていないような気がしますが。こういう仕事こそ、ロボットでできないのでしょうかね。
もう一つ、記事を見つけました。
原子力教育を考える会「原発で働く人々」
2000年までの毎年の被曝者数が出ていますね。7万人! これも、一種のタブーなのですか。誰も何も言えないのですね。まあ、電力会社の広告載せていたら、遠慮するでしょうね。

干ばつ・砂漠化に関する記事で、「オーストラリアでは、4日に1人の割合で、農場経営者が自殺している」とあったのが、悲惨だと思いました。日本の農業者、特に北海道の農業者の感覚ですと、オーストラリアの安い農産物のせいで、自分たちが苦労させられる、という感じなのですけれど、オーストラリアの農場経営者だって、苦労しているわけです。アメリカの農場経営者だって、同じことです。農場労働者だったら、なおさらです。農民同士で、怨み合っても、はじまらないですね。
オーストラリアの場合、干ばつで、食べるものがなくなって、飢え死にするのではないのです。輸出するため食べ物がなくなって、借金を抱えて、将来を悲観して、自殺するわけです。
ですから、どこの国も全部、食料を自給するようにすれば、こんな苦労はしなくていいはずですのに。なんで、農民にばかり、しわ寄せがいくんでしょう。

最後は、これから、世界各地で水の争奪戦が激化するぞ、という話。農産物を生産するのには、膨大な水を必要とします。農産物を輸入するということは、その生産に必要とした水を輸入するのと同じ意味を持つのです。ですから、世界的な水不足に対して、日本人は責任を負っているのです、という、いわゆる「ヴァーチャル・ウォーター」の話です。
食料の生産や流通については、自由競争の原理でやっていてはいけないのではないか、と思います。何らかの統制的なルールが必要なのではないか、と思います。

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中島正『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』(舞字社)

中島正さんの本を4冊、読みました。発行された順に並べてみます。

中島正『増補版 自然卵養鶏法』(農文協)1980年 増補版2003年
中島正『みの虫革命―独立農民の書』(十月社出版)1886年
中島正『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』(舞字社)1994年
中島正『農家が教える 自給農業のはじめ方』(農文協)2007年

4冊とも、基本的な考え方は同じで、中島さん自身の経験に基づいて、自然卵養鶏を中心に、自給的農業をはじめることを勧めています。重点の置き方が違うだけで、主張そのものは、一貫しています。
家庭菜園、または自給的農業をはじめたい人は、『農家が教える 自給農業のはじめ方』を読むといいと思います。実用的で、これ1冊を参考にするだけでも、かなりうまく農業をはじめられるのではないかと思います。

中島さんは、ずっと、化成資材(ビニールやポリエチレンなど)からの独立を唱えていますが、『農家が教える 自給農業のはじめ方』で、初めて、「ポリマルチ」の使用を勧めています。それも、稲や小麦の栽培にポリマルチの使用を勧めています。ちょこっと、引用します。

 それは、ポリマルチ(以下、マルチ)という農協やホームセンターで売っている、ビニール製の覆土資材の利用である。文明の恩恵にはなるべく依存したくないが、この一つくらいは目をつむって容認し、やってみるとよい。
(『農家が教える 自給農業のはじめ方』)

「文明の恩恵に依存したくない」という言い方が、慣れない人には違和を感じるかもしれませんが、中島さんの本をずっと読んでくると、よーく、意味が分かってくるようになります。とにかく、中島さんがポリマルチを容認するようになったということに、「人間が丸くなったなあ」という印象を持ちました。
ポリマルチは、草を抑えるための資材ですが、寒冷地では、地温確保の意味合いが強くなります。草は、保水などの機能で、それ自体ポリマルチの役割りを果たすのですが(本当は逆で、ポリマルチが草のまねをしているのですが…)、夏場の植物の成長期に、作物のまわりに草が生えていると、地温があがりにくく、作物の成長が鈍る、という弱点があります。草マルチのかわりにポリマルチを使うと、その弱点を補うことができます。
ふつう、稲や小麦の栽培には、ポリマルチを使いません。それを、あえて使うように勧めているところが、驚かされます。そして、稲は、陸稲をつくるように勧めています。水がなくても主食がつくれるのは、ありがたいことです。本には、陸稲の種の入手先まで紹介されています。かゆいところに手が届くような、自給農業の入門書になっています。

『農家が教える 自給農業のはじめ方』や『増補版 自然卵養鶏法』は、いわば「実践編」で、「理論編」と言えるのが、『みの虫革命―独立農民の書』や『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』です。以下、その「理論編」のほうについて考えてみたいと思います。
なお、『みの虫革命―独立農民の書』は、書店では、手に入りにくいと思います。わたしは、「自然卵ネットワーク」のホームページから申し込んで、送ってもらいました。リンクしたトップページから、「ニュース」のページに進み、さらに「社会と出版情報」のページへ進むと、案内があります。「残部僅少」だそうですので、気になる方は、お早めに。

中島さんの問題意識は、二つに分けて考えられると思います。一つは、地球の自然環境の危機で、もう一つは、農村が収奪され続けているということです。そして、この二つは、どちらも都市が、その根本原因だとしています。
中島さんは、都市がもたらす自然環境の危機について、次のような項目をあげます。

森林を破壊する
農地を収奪する
大地や海岸をコンクリートでおおい、保水、汚物浄化などの機能をうばう
エネルギーや金属資源を浪費する
水を過大に消費する
大気を汚染する
オゾン層を破壊する
ごみ・汚泥・汚排水を垂れ流す
商品・サービスを氾濫させる
戦争をしかける

そして、さらに都市は、農村の自然の力や、農民が食料生産をする労働を収奪している、と言います。中島さんの考えでは、都市からもたらされるものは、本来不要で、害悪にしかならないものばかりだ、ということになります。そして、さらに都市は、生きるためには絶対に必要な食料を、農村から一方的に収奪している、と言うのです。
インドのカースト制で言えば、農耕・畜産・酪農民は、シュードラ、つまり、奴隷にあたりますが、日本でも、農民は昔から下層でして、しかも、ほぼ世襲制なので、インドと似たような事情にあります。広い田んぼを所有していて、大きな機械も所有していて、大量の農産物を出荷していながら、同時に膨大な負債を抱えていて、営農も生活も、「指導」されるとおりにしかできない、奴隷に見えない「奴隷」の方が、おおぜいいます。

農薬や農業機械で命を落とす人も、おおぜいいますす。わたしも、拓殖短大の新規就農コースの1年めの、農家へ行っての実地研修のときに、トラクターに乗って、棚田状の田んぼの「代かき」をやっていたのですが、長時間続くトラクターの騒音と単調な振動とで意識がしびれてきたころ、そこに正面から、目くらましのように暖かい陽がさしてきて、一瞬、睡魔に襲われたことがありました。次の瞬間、棚田の山側の土手にトラクターをぶつけて止まっているのに気がつきました。もしあれが、谷側へ進んでいるときだったら、トラクターごと転落して、死んでいたかもしれません。近代的な農作業は、多くの場面で、危険と隣り合わせです。

自然環境の危機と、農民からの収奪、これらの事柄について、どれぐらい深刻さを感じることができるかが、この、都市を批判する思想を理解できるかどうかの鍵になると思います。農村に住んでいる人のほうが、よく分かるのではないかと思います。足を踏まれる痛みは、踏んでいる人よりも、踏まれている人のほうが、よく分かりますから。
さて、ここで、中島さんは、安藤昌益の「直耕」の思想を援用します。

耕サズシテ貪リ食フハ、天地ノ真道ヲ盗ム大罪人ナリ。聖釈、学者、大賢トイヘドモ、盗人ハ乃チ賊人ナリ。
聖人トハ罪人ノ異名ナリ。君子ト云フハ道盗ノ大将ナリ。帝聖ト云フハ強盗ノ異名ナリ。
思ヒ知レ、後世ノ人、馬糞ト謂(イ)ハルトイヘドモ聖釈トハ謂ハルベカラズ。馬糞ハ益アリ。
即チ、コレヲ刑シテ、教フルニ足ラズ。タダ刑スベキモノハ聖人ノ失(アヤマ)リナリ。

自分では食料生産をしないで、農村から収奪するだけの都市住民は、教育しても無駄だから、処刑してしまえ、ということです。ひっとらえて獄舎につなぎ、「ソノ首ヲ斬ラント思フベキナリ」なんだそうです。

この、都市解体の思想を実践した人がいます。クメール・ルージュ(民主カンプチア)のリーダー、ポル・ポトです。貨幣を廃止して、都市住民を強制的に農村に移住させて、全員に農作業をさせました。この、貨幣の廃止と、都市住民を帰農させる考え方は、安藤昌益の本に、そっくりそのままに出ています。安藤は、実行できなかったけれど、ポル・ポトは実行した、という違いです。そして、ポル・ポトの革命は、どういう経緯だったのかは、よく知らないのですが、結局失敗して、その間、おおぜいの人が虐殺されて、ポル・ポトは「悪の権化」みたいな評価になっています。

こういう、安藤昌益やポル・ポトのような、イクところまでイッてしまう思想家は、こちらの日和見さ加減を逆照射してくれる、じつにありがたい存在だと思います。

中島さんは、安藤昌益やポル・ポトの考え方を高く評価しています。では、中島さんも、暴力的な革命を目指しているのかと言うと、ちょっと違います。中島さんは、自身が目指している運動を、「みの虫革命」と呼んでいます。どういうことかと言うと、みの虫がみのをつくって周囲から独立するように、農民も、周囲との関係を断ち切って、独立しなさい、という考え方です。引用します。

 すなわち、農業の自立と個の独立を果たすことによって、不耕起集団との絶縁(大量供給の拒否)を図るのである。これは百年の河清をまつ必要はなく、今すぐだれでも容易に、その気になったとき即日実践が可能であるのだ(もちろん耐乏は覚悟の上、耐乏がなければ浪費破壊汚染の防止は不可能と知るべし)。
 かくのごとくにしてここに独立農民が一人誕生すれば、その分確実に不耕(汚染破壊)人口を駆逐することができるのである(当然その分汚染源を減少させることが可能)。
 そしてそういう独立農業の「集積」が、やがて社会変革をもたらすに至る――これを「みの虫革命」というのである。
(『みの虫革命―独立農民の書』)

「不耕起集団」というのは、都市住民のことで、自然農の人たちのことではありません。念のため。
続いて、このような「みの虫革命」は、何からの独立なのか、ということに触れている部分を引用します。

独立農業とは貨幣からの独立であることを意味し、貨幣からの独立とはそのまま都市からの独立であることを意味する。そして都市からの独立とは、行政からの独立や農協からの独立、メーカーやサービス業からの独立、さらには極言すれば消費者からの独立をも意味するのである。買っていただいているのではなく、食べた(自給した)残りを恵んでやっているのであるから、それを停止することが即ち消費者からの独立を意味するのである。
(『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』)

この「みの虫革命」は、政治・経済に関する思考を、根底からゆさぶる破壊力を持っています。たとえば、消費税をどうするかとか、年金制度をどうすかとかいったことでも、お金を廃止してしまうのですから、そんなのはどうでもよくなってしまうのだと思います。食べ物は、自分で栽培すれば、いくらでもありますから、何も思いわずらうことはないはずです。
観光産業(グリーンツーリズムとか)なんかも、都市住民にこびへつらうことですから、なくなることになると思います。だいたい、ジェット機に乗せてお客をつれてこようと考えるなんて、環境破壊もいいところです。ジェット機といえば、ジェット機に乗って、世界を飛び回って、「講演パフォーマンス」をしまくって、環境にいいことをしたと、ノーベル平和賞をもらった人がいましたねえ。

さて、このような「みの虫革命」は、しゅくしゅくと進められなくてはならないと思います。急激に暴力的に革命を進めようとすると、暴力勝負なら負けないぞ、という短気な人たちが、反動派には、たくさんいますから、結局つぶされてしまうのではないかと思います。
やはり、教育しても無駄のような、「処刑するしかないような」、どうしようもないような人たちを相手に、根気強く教育し続けなくてはいけないのかもしれません。
そんな悠長なことをしていたら、地球が壊れてしまう、と心配されるかもしれませんが、未来というものは、どう転んでも、なるようにしかならないのですから、わたしたちはやはり、やれることをこつこつとやっていくしかないのです。早まってはいけません。

それともう一つ、大化の改新をどう評価するか、ということがあると思います。安藤昌益は、国が年貢をとりはじめた、悪のはじまり、と、とらえますが、中島さんは名前をあげていませんが、たとえば権藤成卿などは、律令制を、統一された制度で国民に農地を貸し出す制度として評価します。
おそらく、現状認識としては、安藤昌益のほうが正しいのでしょう。そして、「みの虫革命」がうまく進行していったあかつきには、国が、今のような国ではなくなって、年貢をとらない律令制(?)のようなものにかわっていくのかもしれません。

ただ、「みの虫革命」自体は非暴力でも、都市住民の教育が進む前に、農村への流入者が増えていって、無視できなくなっていった場合、残った都市住民(不耕貪食の徒)が牙をむいてくる恐れがないとも言えないので、いろいろな場合をシミュレートして、混乱が最小になるように準備しておきたいと思います。

以上のような、中島さんの「みの虫革命」の考え方は、こまかいところでは、まだ議論を詰めなくてはいけないところがありそうですが、大筋においては、わたしも賛同します。

わたしの今年の畑は、去年に比べて、規模を縮小しなくてはならなくなりました。去年までの畑の状況では、インターネットで注文を受け付けて、野菜の詰め合わせを発送することで、商売しようかと思っていました。しかし、今年の狭い畑では、自給的な農業しかできないなあと、いじけたような気持ちでいたのですが、そんなときに、中島さんの本を読んだところ、自給的な農業こそが、いいことなのだ、ということに気づかされて、今では、自分の農業のやり方に自信が持てる、前向きな気持ちになることができました。これは、わたしにとって、大収穫なのでした。

中島さんは、自給的な農業をはじめるには、自然卵養鶏を中心にするとやりやすい、と言います。でも、わたしは、自然卵養鶏をやりたいとは思いません。わたしが、2年めの農業研修の最後の2カ月間でお世話になった研修先が、まさにこの、自然卵養鶏を中心にして新規就農した農家だったので、この方法が新規就農に有効であることは、まのあたりに見て知っています。
わたしが自然卵養鶏をしないのは、一つには、玉子がきらいだからです。こういう「すき・きらい」をばかにするのは、よくありません。わたしは、三十数年間、自炊をしてきましたが、一度も玉子を買ったことがありません。ぬるぬるした、ヒヨコの元だと思うと、とても食べる気になりません。マヨネーズも、買ったことがありません。
ついでに言うと、わたしは肉も、あまりすきではありません。子どものころに、近所に養豚場があって、ブタがどんなものか知っていたので、食べたくありませんでした。ある日、小学校の教師が、給食で肉を残していたわたしに、給食指導だとか言って、無理に食べさせようとしたところ、気持ち悪くなって、わたしは食べたものを、お膳の上に全部はいてしまったことがあります。

人間とニワトリとの関係も、いい関係だとは思えません。自然卵養鶏農家での研修中、玉子集めをよくしたのですが、こちらがどんなに気配を消して近づいても、ニワトリたちは攻撃してきます。わたしたち人間は、ニワトリたちにしてみれば、自分たちが産んだ玉子を横どりにするドロボウなわけですから、そりゃ、憎らしいでしょう。気が立っているときのニワトリは、とても危険です。

それから、ニワトリの生態で、集団の中で強い・弱いの序列ができて、一番弱い個体が、死ぬまでつつきまわされる、というのが、見ていてたまりませんでした。お尻をつついて、内臓を引き出したりします。一番弱いのが死ぬと、今度はその次に弱いのが、ターゲットにされます。
歳をとって玉子の産みが悪くなったニワトリは、廃鶏といって、まとめて処分されますが、あれも、露骨に打算的で、いやな感じです。もともと、人間の食料生産のために飼われている生き物なのですから、そういう感傷は無用なのでしょうけれど……。

もう一つ、生き物を飼うと、家から離れられなくなる、というマイナスもあります。泊りがけでどこかへ出かける、ということができなくなります。このことは、例の、自然卵養鶏の農家さんが言っていたのですが、ウシでもブタでも、家畜を飼っているところでは、みんなそう言いますね、「出かけられない」って。

と、なんだかんだで、わたしとしては、できればニワトリはパスしたい気持ちが、99%ぐらいあります。土質改良のための、おまじない程度のボカシ肥以外は、無肥料の方向で行きたいと思っているので、肥料としての鶏糞がほしいとも思いませんし、ニワトリって、ケッコー鳴いて、うるさいですし。

中島さんは陸稲と小麦を栽培して、自給自足することを勧めます。わたしは、陸稲の種は、旭川産のものを、「さる筋」から入手したので、稲・小麦・大豆といった、主食級の作物は、今年からは、ほぼ自給できるのではないかと、期待しています。あと、野菜は、食べきれないほど超豊作にならない限り、売る必要がありませんので、自分が食べたい作目だけを、ちょろっと、つくろうと思っています。がんばらないで、ほどほどにやっていくつもりです。

【追記】
今、思いついたのですが、「つつかれ専用」の、ロボットニワトリって、つくったら、売れないですかね? センサーを装備しておいて、つつかれると、ギャーギャー泣きながら、逃げ回るようにプログラムしておくの。鶏舎の中での、情けないつつかれ役を、一手に引き受けるんだけど、じつは筐体が丈夫な超合金でできていて、見かけの弱っちさに反して、どんなにいじめても、絶対に死なないの。弱くて強いぞ、ロボコケッコ! あ、名前は、「ロボコケッコ」にしようと思います。

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ブッダの戦争観

前回、「聖書」の戦争観を見ましたので、比較の意味で、今回は、ブッダの戦争観を見てみたいと思います。(って、これ、何のブログだ? 興味のない方は、とばしてください。)

「相応部経典」に「戦いについての二つの語」という、短い二つの、対になるお経があります。はじめのほうは、マガダ国のアジャータサッツ王がコーサラ国のパセーナディ王に対して、カーシ国に攻め入ったため、パセーナディ王もカーシ国で迎え撃ったのですが、このときはパセーナディ王が負けて、都城のサーヴァッティーに逃げ帰ってきた、という状況です。ブッダや弟子たちはサーヴァッティーにいます。パセーナディ王は、日ごろ、よくブッダの説法を聞いて、影響を受けています。
サーヴァッティーの、ブッダたちの様子を描くところから、引用します。

 その時、おおくの比丘たちは、朝はやく、衣をつけ、鉢をもって、サーヴァッティーに入った。彼らは、サーヴァッティーに托鉢し、食をおえて、鉢を置くと、世尊のいますところに到り、世尊を礼拝して、その傍らに坐した。
 傍らに坐した彼ら比丘たちは、世尊に申しあげた。
「世尊よ、マガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王と、コーサラの国のパセーナディ王とが戦いました。その戦いにおいて、マガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王は、コーサラの国のパセーナディ王を破りました。コーサラの国のパセーナディ王は、その都城なるサーヴァッティーに逃げ帰りました」
「比丘たちよ、マガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王は、悪しき友、悪しき仲間、悪しき取巻きをもつ。比丘たちよ、コーサラの国のパセーナディ王は、善き友、善き仲間、善き取巻きをもつ。だが、比丘たちよ、コーサラの国のパセーナディ王は、今夜は、敗者として苦しい眠りをねむらねばならないだろう」
そして、世尊は、このように仰せられた。
「勝利は怨みを生み
 敗れては苦しくねむる
 ただ勝敗を捨てさってこそ
 静けく楽しくもねむるであろう」
(増谷文雄訳『阿含経典第四巻』筑摩書房)

と、まあ、世の中、必ずしも「正義が勝つ」わけではないわけです。もっとも、この場合、パセーナディ王は、「正義」のために戦争したのではなくて、攻めてこられたから、受けてたっただけなのですが。
ブッダは、負けたパセーナディ王の苦しみを気遣いながらも、「負けたからと言って、怨んじゃいけないんだ」ということを言っているわけです。
さて、対になるお経のあとのほうですが、また戦いが起きます。またしても、マガダ国のアジャータサッツ王と、コーサラ国のパセーナディ王との戦いです。今回は、パセーナディ王のほうが勝って、アジャータサッツ王は捕えられますが、やがて釈放されます。
戦場のカーシ国から、ブッダたちがいるサーヴァッティーに場面が切り替わるところから、引用します。

 その時、おおくの比丘たちは、朝はやく、衣をつけ、鉢をもって、サーヴァッティーに入った。彼らは、サーヴァッティーに托鉢し、食事をおえて、鉢を置くと、世尊のいますところに到り、世尊を礼拝して、その傍らに坐した。
 傍らに坐した彼ら比丘たちは、世尊に申しあげた。
「世尊よ、マガダの国のヴェーデーヒーの子アジャータサッツ王は、四軍をひきいて、コーサラの国のパセーナディ王に対し、カーシの国に攻め入りました。コーサラの国のパセーナディ王は、それを聞いて、王もまた四軍をひいて、これを迎え撃ちました。そして、その戦において、コーサラの国のパセーナディ王は、マガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王を破り、彼を生擒(いけどり)にしました。世尊よ、そこでコーサラの国のパセーナディ王は、かように考えました。〈このマガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王は、たとえ、なんの害も加えないわたしに害を加えようとするのであるとはいえ、やっぱり彼はわたしにとっては甥である。わたしは、むしろ、彼から彼のすべての象軍・馬軍・車軍・歩軍を奪い去って、そのうえで彼を放つこととしよう〉と。世尊よ、かくて、コーサラの国のパセーナディ王は、マガダの国のヴェーデーヒーの子なるアジャータサッツ王から、その四軍のすべてを奪い去って、彼を釈放いたしました」
その時、世尊は、そのことの意味を知って、つぎのような偈を誦したもうた。
「おのれに利のあるかぎり
 人は他を掠(かす)めてやまず
 また、他に掠めらるれば
 彼もまた掠(と)りかえす
 愚者はその悪のみのらざるかぎり
 そを当然のことと思う
 されど、ついにその悪のみのるとき
 彼はその苦しみを受けねばならぬ
 他を殺せば、おのれを殺すものを得
 他に勝てば、おのれに勝つものを得
 他を譏(そし)れば、おのれを譏るものを得
 他を悩ませば、おのれを悩ますものを得
 かくて業(ごう)の車は転がり転がって
 彼は掠めてはまた掠めとらる」
(出典同上)

これで、このお経は、終わりです。怒り・憎しみの気持ちを持てば、それはいつか必ず自分に向かってもどってきますよ、と。荒んだ感情の応酬はやめて、心の平安を求めなさい、と。そういうことですね。アジャータサッツ王は、一度は捕えられながらも、生きて帰れたのですから、これを教訓に、もう戦争をしようとしなくなるといいですね。

このお経はこれで終わりなのですが、インドに仏教を復興させた、あのビーム・ラーオ・アンベードカルが、この続きの話を書いています。たぶん、アンベードカルの創作だと思いますが、感動的なので、引用します。

 平和を勝ちとった勝者は、被征服民を奴隷化させないまでも屈辱を与える権利があると主張する。しかしブッダは全く違った考えを持っていた。平和に意味があるとすれば、勝者が打ち負かした相手の向上のためにその勝利を利用することにある。ビクたちにこう語った。
 「平和がもたらされた暁には、戦争の熟練者たちは有能で正しい人間として、丁寧な言葉、思いやりある態度、謙虚で打ちとけた、感じのいい客人として振舞い、出しゃばらず感官を制御して、賢く、人を脅かしたりしない人であらねばならない。厳しい制裁をもって卑屈な態度で膝まずかせてはならない。
 全てのものが幸せと平和に暮らし、強者も弱者も、身分の高いものも低いものも、遠くに住むものも近くにいるものも、生れたもの、これから生れてくるであろうものも、全てが平和に暮らせるようでなければならない。
 誰も仲間にへつらったり軽蔑したりせず、怒りや憎しみで他人を傷つけようとさせたりしてはならない。
 母親が我が子を命がけで庇おうとするように、生けるもの全てを我が子と思う心を抱き、全世界への愛、内に憎しみをもたぬ汚れなき、敵意を起こさせない愛を抱かしめよ。
 このように、汝らは立つ時も歩く時も、坐ったり横になったりする時も常に全力をもってこのことを考えよ。〝これが清らかな状態である〟」
(R.B.アンベードカル著 山際素男訳『ブッダとそのダンマ』光文社新書)

絶対者に求め、与えられる平和ではなくて、ひとりひとりが全力で考えて、実現していく平和であることと、強者も弱者もある、身分の高いものも低いものもある、つまり、絶対者の下の平等=均等(イクオリティ)ではない、多様であることが許される世界にしようと、呼びかけているところが、ポイントです。

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「戦争について」

11月30日のエントリーで、日本の農業がおかれているきびしい状況を生き延びるためにも、アメリカ人の集団の無意識を通して大きな影響を与えている、ユダヤ・キリスト教文化について、批判的に考察しなければならないことを言って、さらにコメントで、ニーチェ、フロイト、マックス・ヴェーバーなんかを勉強しなくては……と、自分で課題を定めたのですが、なまけもので、まだ1冊も読んでいません(一応、買ってはあるのですが……)。で、とりあえずきょうは、このあたりの諸般の事情の総責任者である、「聖書」の言葉を引用して、問題提起に替えたいと思います。とりあえず、です。すみません。

「聖書」の中に、「戦争について」という見出しがつけられた文があるのを、皆さんはご存じでしょうか。本当に、こういう見出しがついているのですよ。「聖書」を持っている方は、確認してみてください。引用しますね。

戦争について

 ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を勧告しなさい。もしその町がそれを受諾し、城門を開くならば、その全住民を強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。しかし、もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。あなたの神、主はその町をあなたの手に渡されるから、あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。ただし、女、子供、家畜、および町にあるものはすべてあなたの分捕り品として奪い取ることができる。あなたは、あなたの神、主が与えられる敵の分捕り品を自由に用いることができる。このようになしうるのは、遠く離れた町々に対してであって、次に挙げる国々に属する町々に対してではない。あなたの神、主が嗣業(しぎょう)として与えられたる諸国の民に属する町々で息のある者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない。それは、彼らがその神々に行ってきた、あらゆるいとうべき行為をあたなたちに教えて行わせ、あなたたちがあなたたちの神、主に罪を犯すことのないためである。
新共同訳聖書 申命記 20.10-18)

以上の内容を一口に言ってしまえば、神によって下された、「異民族(異教徒)は、これを滅ぼしつくせ」という命令です。近くの国を攻めたら、必ず滅ぼしつくさなくてはならない、と。なぜなら、異教の神を信じないようにするためだ、と。そして、遠くの国は、降伏すれば、全員奴隷にして強制労働、降伏しなければ、男は皆殺しにして、女、子ども、家畜その他の財産は、ぶんどって、すきなようにしてよろしい、と、そういうことです。これが、「聖書」が教える、戦争のやり方です。
内政干渉をして、法律を変えさせて、食料を人質にして、自分たちの利益をごり押ししてくる相手国民の、そのメンタリティを規定するのに絶大な力を及ぼす宗教文化が、どのようなものか、理解しておくのは、絶対に必要なことです。
「聖書」を読めば、神が人間を、大量に、残虐に、殺しまくっていること、殺せと命令しまくっていることが、はっきりと書いてあります。このような血なまぐさい「聖書」を拠り所にする宗教が粗暴な性格になるのは、なんとも止めがたいものです。ユダヤ・キリスト教を、「愛と平和の宗教だ」などと言うのは、「聖書」のごくごく一部の表現だけを取り出して、極端に歪めた解釈だとしか、わたしは思えません。素直な気持ちで「聖書」を読めば、その暴力性は、明らかです。
だから、ユダヤ・キリスト教徒をやっつけちゃえ!などと言い出したら、向こうと同じレベルになってしまいます。病気は治療するべきなのであって、病人をいじめるのは、お門違いです。ユダヤ・キリスト教徒の皆さんが患っている病気を、彼らに自覚してもらって、どうやったら無害化していくことができるか、その道筋を、みんなで知恵を合わせて、考えていこうではありませんか。

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岸田秀『歴史を精神分析する』(中公文庫)

日本の食料自給率が39%だと聞いて、「でも、主食のコメは、ほぼ自給できているんでしょ? 有事で輸入が途絶えても、一汁一菜でつつましく食べてれば、何とかなるんじゃない?」と思っている人がいるかもしれませんが、その認識は甘すぎます。
まず、現在、畜産・酪農で使われる家畜の餌、つまり飼料は、ほとんどが輸入です。有事で輸入が途絶えたら、食料自給率39%に含まれる国産の肉・玉子・牛乳・乳製品は、ほとんど生産されなくなります。
次に、コメなどの国産の農産物ですが、これらは、田植え機・トラクター・コンバインなどの大型農業機械がなければ、作れません。機械を製造するのにも、その機械を動かすのにも、輸入されるエネルギー資源が必要です。たとえばコメの場合、できるコメのカロリーよりも、そのコメを作るために使われる機械・燃料などに投入するエネルギー資源のカロリーのほうが大きいぐらいです。
化学肥料や農薬を作るのにも、輸入エネルギー資源が必要です。もちろん、石油資源は100%輸入です。石炭は、採掘をやめてから時代がたっているので、炭坑が傷んでいて、今それらに入るのは危険すぎて、生産することができません。
「有機肥料ならば、国産でまかなえるのでは?」と思うかもしれませんが、家畜の糞尿によって作られる厩肥は、家畜の餌の飼料が輸入なので、有事でその輸入が途絶えたら、生産されなくなります。植物性の肥料として使われる油かすの原料も、現在では、ほとんどが輸入物です。
そのほか、マルチやパイプハウスで使うビニールやポリエチレンなどの農業資材も、輸入資源がなければできません。
さらに、種苗会社が提供する、作物の種の多くは、国外で栽培されています。

以上のことから言えるのは、日本の食料は、もし輸入が途絶えた場合には、まったくと言っていいほど、生産できなくなる、ということです。そうなったら、家族ごと安全な国に移住できる、ごく一部の人たち以外は、どんなにじたばたしても、飢え死にするほかありません。

アメリカで生産される小麦を日本に売り込むことは、農業生産国アメリカの都合で、敗戦後、さかんに行なわれてきました。これには、日本人の食事のスタイルをアメリカ化する、という戦略も含まれていました。
現在、小麦の国別輸入量のトップは、もちろん、アメリカからのものです。日本人の食生活になくてはならない豆腐・納豆・みそ・しょう油の原料である大豆も、圧倒的にアメリカから来ています。国産は5%ほどしかありません。トウモロコシ(飼料用を含めて)も、圧倒的にアメリカです。牛肉も、2001年までは、アメリカがトップでした。今は、BSEの影響で、オーストラリアがトップになっていますが、アメリカは、強引に巻き返しを図っています。オレンジも、アメリカからのものが圧倒的に多いです。
人間は、食べ物がなくては、生きていけません。先ほどから「有事で輸入が途絶えたら…」などと言ってきましたが、アメリカからの食料輸入の多さから言えるのは、日本の国民の生殺与奪の権をにぎっているのは、じつはアメリカだ、ということです。
食料安全保障の観点から、日本の食料自給率を上げるべきだ、という議論は古くからあるのですが、実際には、日本の食料自給率は下がり続けています。これは、最大の輸入相手国であるアメリカの意向を立てて、そのような政策が取られてきたからです。アメリカからの輸入食品には、BSEの牛肉や、かんきつ類に使われる防かび剤や、遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシなど、危険なものが多くあります。しかし、アメリカに輸入しろと言われると、日本は拒否することができません。
危険な食品の輸入を禁止したり、国内の農業を保護するために、輸入農産物に関税をかけたりするのは、自立した独立国としては、当然の権利なのですが、日本の政府は、それをアメリカに対して主張することができません。

関岡英之さんは、その著書『拒否できない日本』(文春新書)で、アメリカが毎年12月に発表する「年次改革要望書」(日本語訳を在日米国大使館のホームページで読むことができます)を通して、日本に対して、アメリカの経済活動が有利に(日本にとっては不利に)展開できるように、内政干渉していることを告発しています。「農産物をもっと輸入しろ」という言いがかりも、この内政干渉の一環です。日本政府は、これらの内政干渉に対して、ほとんど、アメリカの言いなりになってきました。
日本は、憲法の縛りがあるので、イギリスのように、アメリカと一緒に戦場で戦闘を繰り広げることはしませんでしたが(支援活動はしました)、アメリカの国債を大量に買い支えることによって、経済的にアメリカの政策を支持しています。アメリカの国債は、近い将来、不良債権化することが懸念されていますし、アメリカの横暴さについていけなくなってきている国が多い中で、日本が示しているこの、アメリカに対する従順さは、際立っています。これは、たとえて言えば、不良グループのリーダーが、運動神経の鈍いメンバーを集団暴力行為に参加させないで、その代り、親の財布からお金をちょろまかさせて、貢がせているようなものなのではないでしょうか。
さて、このような、日本のアメリカに対する際立った従順さは、単にアメリカが怖いから、というだけでは説明がつかない性質を持っています。そのあたりの事情を解明してくれると思われるのが、今回紹介する、岸田秀さんの『歴史を精神分析する』(中公文庫)という本です。

「歴史を精神分析する」という書名について説明します。
辞書的な説明をすると、精神分析というのは、ジークムント・フロイトによってはじめられた、個人の心理の構造を分析して神経症を治療をする方法で、本人が意識から抑圧して、無意識に隠し込んだ過去の葛藤を、再び意識化することで、神経症の症状が治せる、というものです。
この考え方は、個人だけでなく、集団に関しても適用することができる、と言われています。集団が過去に体験した葛藤が、集団の意識から抑圧されて、無意識に隠し込まれる。それによって、集団が神経症的症状を呈する。この無意識を意識化することによって、集団の神経症は治る、というのです。岸田さんは、この精神分析の方法を使って、国や民族の歴史現象を解明していきます。

日本のアメリカに対する心理構造を、岸田さんの表現を借りて一言で言えば、「面従腹背」です。隠し込まれた葛藤は、ペリーによってなされた、強制的な開国です。『歴史を精神分析する』から、引用しましょう。

 ペリー来航当時の欧米諸国は、はっきり言って、暴力団そのものであった。日本は暴力団の脅迫に屈し、戦わずして(長州藩、薩摩藩などの散発的抵抗は別として)降伏し、欧米の植民地になったのである。いわば暴力団の大親分に仕える子分になったのである。この屈辱的事実の隠蔽が近代日本の錯誤のはじまりであった。

軍事的に圧倒的に強いアメリカに対して、もし開国を拒めば、日本は、アメリカ先住民のように、徹底的に痛めつけられていたかもしれません。そうならなかったのは、ある意味では、幸運だったのかもしれません。日本が取った選択は、積極的にアメリカを歓迎して、みずから欧米化していく、という方針でした。今でもある、外国人の評価を気にしたり、外国語がしゃべれると尊敬されたり、コマーシャルに白人のモデルがよく出たりすることなどに、この心理構造が表れていることを、岸田さんは、指摘しています。
卑屈なまでのアメリカ崇拝の裏で、アメリカに負けた、アメリカの属国になった、という事実が、無意識の中に隠し込まれます。そしてそれが、ときに、病的に暴発することがあるのです。典型的な事件は、真珠湾攻撃ですし、敗戦後のエコノミックアニマルぶりも、経済力でアメリカを見返してやれ、という反撃の心理が表れています。
岸田さんの考え方によれば、日本がアメリカに対して感じる理不尽さ、そして、表面的な従順さと矛盾する、爆発的な反撃の衝動の根源を探っていくと、ペリーによって強制的に開国させられた事実にたどりつく、ということになります。この「病」を治療するには、無意識の中に隠し込まれた事実を意識化する、つまり、「日本は、アメリカという暴力団の大親分に仕える子分なのだ」ということを認めなくてはなりません。第三者の立場からすれば、これは事実なのですから。
この意識化ができないから、いつまでたってもアメリカ崇拝の幻想から自由になれないのですし、「独立国」日本に対して、信じられないような内政干渉をしてくると、憤慨し続けなくてはならなくなるのです。親分が子分を搾取するのは、当たり前のことなのです!
ここは大事なところなので、注意して聞いてほしいのですが、日本は、自立した独立国ではありません。アメリカの属国です。まず、事実を認めるところからはじめないと、問題解決の望ましい方法を思い浮かべることがむずかしくなります。わたしは、アメリカに勝とうとするのは、無駄だと思います。日本としては、アメリカに幻想を抱くことなく、しかも、アメリカといたずらに対決することもなく、賢明に生き延びる方法を考えたほうがいいと思います。「争わなければ、負けることはない」と言ったのは、誰でしたっけ?

ソ連解体後、一人勝ちで、すき勝手にやりたい放題しているように思えるアメリカですが、こんな大量生産・大量消費で、ねずみ講みたいに、世界を開発(かつ上げ)し続けなければやっていけないような国が、いつまでもやっていけるわけがないのです。完全に持続不可能です。
施肥+潅水で多収穫品種を作ってきたアメリカの農業ですが、オガララ滞水層の地下水位の低下を考えれば、いつまでそんな農業が続けられるか、分かったものではありません。石油資源の枯渇も、他国より早いと思われます。トウモロコシから燃料を作り出しはじめたなんて、ポーズではないようですし、もう末期症状なのではないでしょうか。わがままなやつが追い詰められると、何をしでかすか分かりませんから、周辺国としては、慎重な上にも慎重な対応が求められます。

なぜアメリカという国は、あのように凶暴なのか、ということについては、岸田秀さんの『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)という本に、きれいにまとめた文があるので、ご紹介します。岸田さんは、「黒人に白子が発生して、その白子同士で交配して、白人種が成立した」とする、高野信夫さんの説を採用しています。

 要するに、アメリカ合衆国は、エジプト帝国で差別されたユダヤ人がエジプトから逃亡して、パレスティナに渡り、その先住民を追っ払って国をつくったが、そこでさらにあれこれの異民族に、ついでローマ人に差別され、その上、ユダヤ人を差別するローマ人に迎合する支配層のユダヤ人にもさらに差別された下層のユダヤ人がキリスト教を信じるようになり、そのキリスト教がローマ帝国の下層民に普及し、その結果、ローマ帝国の国教となったキリスト教が、ずうっと昔、アフリカの黒人に差別されて北の寒冷地に追っ払われていたヨーロッパ人に押しつけられて普及し、キリスト教徒となったヨーロッパ人のなかでさらに差別されたキリスト教の一派のピューリタンがヨーロッパから逃亡してアメリカ大陸に渡り、その先住民を追っ払って建国した国である。
 いささかややこしいので、簡単に言うと、アメリカ人は、黒人に差別された白人のなかでさらに奴隷にされて差別されたユダヤ人に差別されたキリスト教徒に差別されたピューリタンに端を発するわけで、つまり、四重の被差別のどんづまりの民族なのである。このような歴史的背景が、その抜群の軍事力で気に入らない他民族に攻撃し虐殺し、現代世界を支配しようとしているアメリカという国の思想と行動を説明するのではないかと、わたしは考えている。先住民族虐殺は四重の被差別に対する最初の報復であった。そうとでも考えなければ、先住民に対するあのような残忍さは説明がつかない。

民族の記憶は、どれほど世代を隔てても、消えることがありません。そして、差別された民族が、その恨みを、より弱い民族を見つけては、それに向けて晴らしています。「怨は怨にて息むべきやう無し。無怨にて息む。(荻原雲來訳『法句經』)」そのまんまです。どこかで、恨みの連鎖を断ち切らなくてはいけません。そのためにも、まず、事実を事実としてきちんと認識するリアリズムが求められるのだと思います。

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『食品のカラクリ8 知らずに食べるな!「中国産」』宝島社

テーラワーダ仏教の長老、アルボムッレ・スマナサーラさんが、遺伝子組み換え食品や加工食品についてコメントしていて(『ブッダの智慧で答えます』)、深遠な生命哲学でも聞けるかと思って読んでみると、結論は、「あまり体に執着しないで、体のことは体に任せて、つねに穏やかな気持ちで生活しなさい」と言っていて、まあ、聞いてしまえば、穏便で、なるほどと思わせる回答ではあります。ただ、穏やかな気持ちでいるだけでは、知らないで食べて、ガンになって死んでしまう食品もあるので、確かに神経質になる必要はないけれども、最低限、知っておいたほうがいい情報というのは、あると思います。
宝島社の「別冊宝島」の、「食品のカラクリ」という、シリーズ本があります。以前、このブログで、このシリーズの1冊、『輸入食品の真実!!』という本を紹介しました。今回も、このシリーズから1冊、ご紹介します。じつは、深川の生協の本売り場に、何冊もまとめて売っていたので、買ったものです。
どの本を売り場に置くかということは、やはり、書店の意向が反映されているのでしょう。輸入食品や加工食品に批判的な内容の本を売ることは、生協の食品の売り上げにも影響するでしょうが、そこは、ただ単にものがたくさん売れればいい、というのとは違って、少しでもいいものが流通してほしい、という意思も存在するのでしょう。そういう意思との縁があって、出会った本です。

『食品のカラクリ8 知らずに食べるな!「中国産」』宝島社

中国産の食品については、すでにテレビや新聞・雑誌などで報道されていて、「危ない」という認識は広まっているようですが、「危ない」の程度が、単に「気持ちが悪い」といった程度ではすまなくて、食べて死んだ人もいる、とか、水や土壌の汚染が原因で、広い範囲にわたってガンの発生率が上っている、という、深刻な状況が、中国にはあります。しかも、それらが加工食品の原料となっていて、知らないうちに、日本のわたしたちも食べている、という現実があるので、命を守る上でも、知っていたほうがいいのです。今はもう、スマナサーラさんが言うように、「穏やかな気持ちで生活」するだけでは、まともに生きていけないところまで、状況は悪くなっているのです。
基本的には、中国の問題は中国に解決してもらいたいのですが、日本人も、それらの食品を、安いからという理由で輸入して食べているのが現実ですから、それらを買い支えることによって、危険な食品の製造に加担してもいるわけです。もっと直接的に、日本人が現地に行って、金にものを言わせて、製造させている、という状況もあるはずです。
もう一つは、自分たちが食べる食べ物は自分たちで作る、という自給の考え方があれば、安易に輸入食品に依存することはなくなると思います。もちろん、日本人が作れば安全か、と言えば、必ずしもそうではありません。偽装食品のニュースは、よく聞かれます。利潤を追求するあまり、質の悪いものを作って売ってしまう、ということが起きるのでしょう。ですからこそ、わたしが、このブログの副タイトルにもかかげているような、「《わたしたち》の自給」という、《わたしたち》と言えるような、気心知れた人たちのつながりが必要になってくるのだと思います。

本書の内容に話題を移します。
まず、納豆。原料の大豆の産地偽装が横行している、とのことです。国産の大豆は5%しかないはずなのに、「国産大豆100%使用」と表示された商品が多いのは、スーパーマーケットで買い物をする人は、すぐ気が付きます。国が調査して、偽装を取り締まればいいのに、そうしないのは、なぜなのでしょうか。
納豆ではありませんが、豆腐について、こんな情報が紹介されています。農民運動全国連絡会の食品分析センターが、「遺伝子組み換え不使用」の表示がされている豆腐7種類を分析したところ、3件から遺伝子組み換え大豆が検出された、というのです。表示を見て遺伝子組み換え食品を避けようとしても、表示がうそなのですから、どうしようもないのです。どうしたらいいのでしょう。わたしのとりあえずの結論は、みそと納豆と大豆もやしは、極力自分で栽培した大豆を使って自分で作るものに切り替えていく、というものです。

次。「その手があったか! 「国産茶葉100%」のカラクリ」という記事。ペットボトル入りのお茶飲料には、実際には、国産の茶葉はほとんど使われていないと言われています。では、どうして「国産茶葉100%」という表示が可能かと言えば、大量の中国産の「茶の茎」と香料を使って作っていて、茶葉に関してだけ言えば、たとえ少量しか使っていなくても、国産100%になるのだそうです。
うーん、限りなく偽装に近いと思いますが、こういう表示がまかり通っているのですから、だまされないようにしないといけません。お茶は、ペットボトルで買うのではなくて、自分でお湯を沸かして入れればいいのです。だいたい、ペットボトルがムダでしょう。

次。「恐怖の塩漬け野ざらし漬物が、検査なしで食卓へ!」。
輸入漬物・漬物材料は、残留農薬検査がされていないのだそうです。しかも、塩漬けの塩も、中国国内では、工業用の有毒物質でできた塩が蔓延しているので、不安があるそうです。
大豆について、産地偽装の疑いを言いましたが、梅干や山菜についても、国産品の生産量と流通量の計算が合わない、と言います。「横浜などの埠頭には、梅干や山菜の名産地のナンバーの大型トラックが乗り付けて、材料を運び出していく」のだそうです。

本の内容を紹介しはじめたばかりなのですが、このあとのページにも、これでもか、これでもか、というぐらいに、多くの不安情報が紹介されています。その中には、実際に、生協で買って食べているような食品も多数含まれています。とてもここでは紹介し切れませんので、このへんでやめます。みなさんには、生活防衛のためにも、ぜひ、この本は1冊買って、読み通してほしいと思います。そして、食生活を変えていってほしいと思います。質の悪い食品が買われなくなれば、それらが少しずつ売られなくなっていくことにつながると思います。

本書を読んでみての、全体的な感想は、中国から輸入される食品を問題にしていますけれども、そういう中国産の食品ばかりを食べなくてはならない中国人の食生活の悲惨さを思うと、悲しくなる、ということです。
それと、日本国内で販売するときに、中国産であることを隠す偽装表示、または限りなく偽装に近い表示の多さに、あきれます。賞味期限をごまかしたとして告発される食品会社が、たまにありますが、あんなのは氷山の一角で、きっちり調べたら、食品加工業界には、うそが横行しているのが現実なのだろうと想像されます。実際、食品加工業界で働いたことがある人たちから話を聞くと、恐ろしい「裏話」が、ぼろぼろ出てきますし。
そのことからも、《わたしたち》と言えるような、気心知れた人たちのつながりが必要になってくるのだと思います。自分たちで作れば安心ですから。
さあ、食べ物を手作りする技術を、取りもどしましょう。遺伝子組み換えでない大豆を育てましょう。

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来年の畑について

例によって「ぐだぐだ」言っているだけで、あまり役に立ちませんから、お忙しい方は、とばしてください。

来年の、わたしの畑作業は、どこでどうやるのか、ということについて、一部で、とても心配してくださっている方がたが、いらっしゃって、ありがたく思っています。すでに相談した方もありますが、まだこれから相談したい方もあって、気持ちが揺れています。
「どこで」は、未定です。もし移動するとすれば、認定農業者になるのは断念しようと思います。つまり、地目が「農地」の畑は(貸し農園は別として)、使わない、ということになります。くわしいことは、わたしの中でも、まだ「ぐちゃぐちゃ」なので、言えません。
「どうやって」については、心境の変化があります。まず、培土(土寄せ)は、原則「する」ことにします。したがって、草生にはなりません。イネ科の作物の株まわりにクローバーを生やすのは、かまわないと思います。それから、マルチは、一部で使うことになるかもしれません。不織布も。
「ふつう」の野菜作りを学んでみようと思っています(何を今さら!遅すぎ)。とは言っても、もちろん、農薬と化学肥料とトラクターなどの大型機械は、使いません。西村和雄さんが講演でお話になっていたように、「有機栽培」に準ずるやり方でできるようになってから、少しずつ低肥料状態に移行していきたいと思います。それから、在来種は、極力、自家採種しようと思います。
それと、栽培面積を縮小することになると思います。「自給」からは、後退です。農作物の販売は、少量ながらも、やってみたいです。農業以外の仕事もして、現金収入を得ようと思います。

「天然農法」を提唱する藤井平司さんの『食生産の原理』(新泉社)という本には、文人が農業をやってみようとして、失敗した例が出ています。引用します。

おっちょこちょいの野坂昭如氏は〝有吉佐和子の『複合汚染』で、有機農業が話題になった一九七六年とその翌年に、埼玉県大利根町でコメつくりのマネ事をした。はたして有機農業とか無農薬農業とかいうものが通用するものかと思った。そしたら、たしかに通用しなかった〟と体験して「百姓の勤勉さと、また、そうしなければ食えない貧しい土地柄を思いつつも……日本の食いものは、究極のところ、こういった姿によって生み出されると思う」(『朝日ジャーナル』一九八一年十一月二十日号)と言っているのですが、これこそ農家を食いものにして、コメを食らっている差別根性が丸出しになっているでしょう。

わたしはテレビを見ないので知らないのですが、野坂さんて、今はなにをされているのでしょうか。「通販生活」には、出ていますね。
わたしは、栽培することがすきなので、規模は縮小しても、何かかにかは、栽培していたいと思います。それでも、農業について語りながら、農業から離れていったら、野坂さんと同じような非難を受けることになるかもしれません。
野坂さんの場合は、作家として名が通っているから、まだいいですけれど、わたしのように、これといった才能もない人にとっては、「あぁ、またあいつは、新しいことをかじって、でもやっぱり、続けられなかったねー」みたいなことになって、チョー情けないことであります。

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別冊宝島『輸入食品の真実!!』宝島社

9月2日発行の本を、きょう本屋さんで見つけました。発行日って、いいかげんですね。
これは、日本の輸入食品についてまとめた本です。元データの出典は巻末に出ていますが、これだけ分かりやすくまとめる、というのは、大したものだと思います。

第1章は、「それって安全? それってホンモノ?」と題して、輸入食品の安全性に疑問を投げかけます。その中から、典型的な例を、いくつかご紹介しましょう。

疑わしい輸入食品の横綱は、アメリカからの牛肉でしょう。「脳組織が穴から流出したままで…」なんてのもあるそうです。
しかし、BSEの潜伏期間は、長ければ30年以上だそうなので、牛丼やら焼肉やら牛肉コロッケやらレトルトのビーフカレーやら、すでにいっぱい食べてきたわたしとしては、今さら菜食主義に切り替えても、手遅れかもしれません。
自分が狂牛病になるかどうかは別として、こういうふざけた食品はボイコットするのが、消費者としてのマナーではないかと、わたしは思います。

次は、輸入かんきつ類に使われる防かび剤。発がん性や催奇形性が指摘されています。レモン・オレンジ・グレープフルーツなんかがすきな人は、防かび剤が使われていないか、よく確かめてください。いつまでたっても腐らないなんて、食べ物じゃないでしょう。
国産のみかんのほうが、ずっとずっと安心です。

輸入食品の検査率は、10.2パーセントなのだそうです。9割近くが、無検査で輸入されているそうです。本書では、自衛隊が23万人を超える人員を持っているのにくらべて、食品衛生監視員は332人しかいない、と嘆いています。
加えて、日本の輸入食品の検疫のシステムは、モニタリング検査と言って、輸入食品の流通を止めない検査なのだそうです。ですから、結果が出て、輸入が不適切だと分かったときには、すでにその食べ物は、消費者の胃袋の中に納まってしまっていることがあるのだそうです。

次は、大豆にいきましょう。
95%が輸入で、輸入元は、アメリカが74.7%、ブラジルが13.4%、カナダが7.3%、中国が4.3%です。アメリカの大豆の89%は、遺伝子組み換え大豆です。
遺伝子組み換え大豆がどういう食品に使われているかというと、味噌が92.9%、醤油が91.3%、納豆が92.6%、豆腐・油揚83.8%。端的に言えば、日本人はアメリカに遺伝子組み換え大豆を食わされている、ということになるのではないでしょうか。
やっぱり、大豆は作らなくてはと、強く思います。

第2章は、「食料争奪戦!!」と題して、日本が大量に輸入することによって資源が枯渇したり、食品の質が低下する例をあげています。
最近の一番の話題は、作物が食用ではなくて、バイオエタノールの原料用として流れてしまうということです。
機械を使って、化学肥料を使って育てた農産物から燃料を作るよりも、その機械を使ったり、化学肥料を作るのに使った燃料を、そのまま使ったほうが効率がいい、ということを、どなたかが指摘されていたのを思い出します。

本書には、まあとにかく、輸入食品についての、びっくりするような情報がいっぱい載っていますので、どこかで見かけたら、手に取ってご覧になることをお勧めします。何を食べたらいいのか、生産者としては何を栽培したらいいのか、ということのヒントが、得られると思います。

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広瀬隆『パンドラの箱の悪魔』(文春文庫)

この本の著者、広瀬隆さんの主張は、「日本人がこの国を守れるかどうかは、すべて、日本人が自分の国の農業を守る気があるかどうかにかかっている」です。

この本の第7話「水田が見えない風景」には、日本が、主食である米の輸入をふやすことで、国内の農業を消滅させつつあることが描かれています。不必要な開発で自然を壊して、食料生産の基盤を自ら掘りくずしていることが分かります。
世界の自然現象と政治経済状況を考えると、「食べ物は輸入すればいい」という甘い考え方をしていると、確実に行き詰ります。日本政府がやってきたことは、国民の命と生活を破滅に向かわせることだったのではないかと思います。

広瀬さんが得意とする、世界の穀物商社の活動の分析は、利潤のために人の命を何のためらいもなく危険にさらす人たちの冷酷さを教えてくれます。それは、戦争で利益を得ている人たちと同じような感覚であり、また、人脈的にも、戦争で利益を得ている人たちとつながってもいるのです。
このような商社の活動や、それを国策として進める国に対して、日本政府は、日本国民のために抵抗することがまったく不十分です。自動車やエレクトロニクスを輸出して、多少お金を稼いでも、買い付ける食料が絶対量で足りなくなる可能性があるのですから、どうやっても食べられなくなるのです。

わたしは、このブログの右の欄の「注目サイト」でもご紹介していますが(【環境問題を考える】と【田中宇の国際ニュース解説】と【雑草の言葉】)、地球温暖化を二酸化炭素などの、いわゆる温室効果ガスが原因だとする説は、あやしいと思っていますが、広瀬さんも、この説に疑問を呈しています。疑う理由の一つは、気温が測定される場所のほとんどが、人口の多い地域だ、ということです。つまり、地球温暖化と言うよりは、ヒートアイランド現象という、狭い、地域的変化でしかないのです。足摺岬、室戸岬、潮岬のように、人口の少ない地域では、いずれも平均気温が低くなる傾向にあるそうです。温暖化防止のための国際会議では、地球の寒冷化を示すデータが故意に無視されていて、もはや科学ではなくなっていることが指摘されています。
また、地球温暖化「問題」を原発推進に結びつける勢力がありますが、原発は膨大な量の温水を海に捨てている矛盾を、指摘しています。原発が作り出す「死の灰」の危険さとともに、温排水による自然破壊にも注目して、監視していきたいものです。

農薬や添加物まみれの、あるいは遺伝子組み換え作物の輸入食品しか食べる物がなくなるといったように、国民の生き死にが完全に他国に支配されてしまうことにならないように、まずは、事実を知ることからはじめたいと思います。この本をはじめとして、広瀬さんの本は、学校の先生やマスコミが絶対に教えてくれない、貴重な情報がふんだんに盛り込まれていて、とても刺激になりますし、自分がどう生きていけばいいかの参考にもなります。

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天笠啓祐(編著)『生命特許は許されるか』(緑風出版)

生命特許というのは、各種の生物の遺伝子構造を解読した、そのデータを特許として認める、という考え方のことを言います。遺伝子構造を解読したデータは、食料や医薬品の製造に使えて有用であるから、それを解読した人に、一定期間、独占的使用権を与えよう、という考え方です。これは、遺伝子組み換えによって作られた生命に特許を与えることの延長線上に、バイオテクノロジー企業の活動によって、その権利が拡張されてきたものです。
遺伝子組み換え作物に対しては、安全性に疑問があるとして、反対運動が起きています。農産物の生産者としては、消費者と連携して、そのような作物が栽培・流通されないように運動することが必要でしょう。ただし、食品としての危険性を訴えたり、生態系に与える影響の問題を訴えたりすることは、正当なことではありますが、その段階にとどまっているうちは、反対運動は、大した力をもてないのではないかと、心配になります。
それは、本書でも指摘されていることですが、貧しい国にある遺伝資源(生命)が解読されて、有用なものは、資本を回せる企業によって、次つぎと特許を取られて、貧しい国では、食料を得るにも、医薬品を得るにも、高い特許料を払わなくてはいけなくなる、という、大問題があるのです。それ以前には、自家採種で栽培したり、天然の薬草などをただで利用していたりしたのが、それらを利用するにも、特許料を払わなくてはいけなくなるのです。
貧しい国は、ますます貧しくなって、豊かな国は、ますます豊かになる、という不公正が、ここにはあります。本書では、バイオテクノロジー企業によるこのような行為を、「バイオパイラシー(生物学的海賊行為)」と呼んでいます。遺伝子組み換え作物や生命特許によって、貧しい国の人びとは、飢えや、医薬品の価格の高騰によって、多くの人が命を奪われることになります。こういう、一番迷惑する人たちの思いを理解して、連帯しようとしてこそ、人びとの正義感をよみがえらせることになるのではないかと思います。

貧しい国の人たちの食料や医薬品の流通を独占して、そこから利益を得ようとすること自体が、わたしには信じられません。返せないほどの借金(借款)を負わせて、個人から国家まで、その行動をがんじがらめにしばって、さらに搾取しようとするのですから、あくどいと言わざるを得ません。
このやり方は、日本国内で言えば、北海道のような貧しい地域の農民の行動をしばるやり方に、よく重ねることができます。自給的農家、言い換えれば、都市部への農産物の出荷量が少ない農家は、安い輸入食料品を前に何の補助もなく、つぶれるに任されていますが、出荷量が多い農家には、たとえその農家自身が利益を上げていなかったとしても、農協を通して、営農資金が貸し出されるのです。
そのような農家は、返せないほどに借金が増えていきます。農家の生殺与奪の権がたばねられて、政策決定者に握らされるわけです。こうして借金を返せない農家は、奴隷化していきます。貧しい国の人びとと、日本国内の貧しい地域の人びとは、このように、共通の地平に立つことができると思います。もっとも、現実に食べ物がなくて栄養失調になっているのと、食べることはできているのだけれど、膨大な借金を負わされて働いている、ということの違いはあるでしょうが。
日本のように、食料もエネルギーも、自給することを放棄するような政策を取ることは、明らかに自殺行為だと思います。国が当てにならないならば、個人一人ひとりから、自給をはじめていくしか、もう、この危機を乗り切る方法はないのではないかと思います。自分が食べるものは自分で作るということが、当たり前のことなのだということを、伝えていきたいと思います。

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山田正彦『アメリカに潰される!日本の食 自給率を上げるのはたやすい!』(宝島社)

一昨年出版された本です。わたしはきょう、読みました。
著者の山田正彦さんは、衆議院議員(民主党)で、農水委員会理事です。

アメリカでは、BSE感染のおそれがある牛肉でも、国民の生命よりも、畜産・食肉業界の利潤を優先して、流通されてしまいます。日本も、それを輸入して販売するように強要されます。あるいは、危険部位を利用した肉骨粉が、飼料などとして、牛以外の家畜に利用される、あるいは輸出もされています。
この本を読むと、アメリカの食肉管理のいいかげんさが分かります。実際に視察してきての話なので、説得力があります。アメリカから輸入された牛肉は、食べたくなくなりました。もっとも、BSEの潜伏期間は、長い場合、30年ということもあるそうですから、かつて「牛丼・牛めし・焼き肉」をさんざん食べた身としては、今後いつ発症しても、おかしくはないわけです。
EUが、アメリカの牛肉には成長ホルモンが使われているとして、輸入禁止していることが紹介されています。アメリカがEUからの輸入品に制裁関税をかけても、輸入禁止を続けていることについて、著者の山田さんは、「EUの食の安全に対して、毅然たる態度を取り続けていることは立派である。」としています。
わたしは、食の安全のような、命にかかわることについては、利潤追求や国際競争などとは違う原理で流通がおこなわれてほしいと思います。

中国からの輸入野菜の残留農薬は、話題にされるようになって、少しずつ知られるようになってきました。しかし、学校給食のパンに含まれる残留農薬については、まだ、あまり話題にされていないのではないでしょうか。山田さんは、子どもたちの視力低下は、この残留農薬の影響ではないかと指摘しています。小麦に残留して視力低下をもたらすマラチオンという農薬は、以前は 0.5ppm が安全基準でしたが、それが 16倍の 8ppm に改められました。これは、アメリカから輸入される小麦の実態に合わせて、輸入しやすいように改められたものだそうです。国民の安全よりも、アメリカの利益を優先した結果です。
山田さんが、衆議院の農水委員会で、農薬クロルピリホスの残留基準について、ホウレンソウは 0.01ppm なのに、小松菜の基準は 100倍の 1ppm なのはなぜなのか質問したそうです。厚労省副大臣は、小松菜はアメリカの基準に合わせたが、ホウレンソウはアメリカの基準がなかったので、オーストラリアの基準に合わせた、と答えたのだそうです。他国の数字を流用するだけで、自国で実験して基準を作ることもしていないのです。

山田さんは、輸入食品の有機JASのマークは信用できない、ということも告発しています。有機JASの基準は、国内では、きびしい監督がなされています。調査によって有機認定が取り消されることもあるのに、外国の場合は、実地調査をするようになっていません。生産者の自己申告を信じているだけです。同じ有機JASでも、輸入食品の場合は、どこまで信用していいか分からないということです。

山田さんは、日本の食品添加物規制基準が、アメリカの言いなりに決められていることも、問題にします。代表的なのは、かんきつ類に使われる「防かび剤」です。これは、発がん性が確認されています。かんきつ類の表面に、ワックスと混ぜて塗布するのですが、一部は果実部にも浸透します。アメリカからかんきつ類を輸入させるために、認めさせられました。
食品に多く使われているパーム油には、BHAという酸化防止剤が使われていますが、これにも発がん性がるということで、日本ではいったんBHAの使用が禁止されますが、アメリカでは使用されているという理由で、禁止が撤回されてしまいます。現在では、BHAは、油脂・バター・魚介乾燥品・魚介塩蔵品・鯨冷凍品などで使用が認められています。
ジャガイモに使われるクロルプロファムという農薬も、アメリカの基準に合わせて、0.05ppm から 50ppm に、1000倍に緩和されました。

グリーンピース・ジャパンなどが、「遺伝子組み換え食品表示の法改正を求め」る署名を集めています。わたしもささやかながら協力していますが、この署名の中で、油やしょうゆなど、表示対象外の食品が多いことを問題にしています。なぜこういうことになるのか、厚労省の「言い訳」が、この山田さんの本には出ています。今の技術では、食用油から遺伝子組み換え原料を検出することがむずかしいので、規制を守らない業者がいても罰することができないので、表示を義務付けできない、というのです。製品から検出できなくても、材料を調べたりすれば、いくらでも摘発はできるでしょうに。何よりも、消費者の選択の自由が行使できないのが問題です。
以前、わたしも、ブログで書きましたが、豆腐や納豆に「国産大豆使用」と表示されているのは信用できない、ということを、山田さんもこの本で触れています。なんと商社が、輸入時に国産大豆と混ぜてしまうのだそうです。今の技術では、豆腐を調べて、遺伝子組み換え原料が使われているかどうかは分かるのですが、どのぐらいの比率で使われているかまでは、分からないのだそうです。ですから、圧倒的な輸入大豆の中に、ほんのちょっぴり国産大豆を混ぜても、それで作った豆腐や油揚げを、「国産大豆使用」と称して売ることができてしまうわけです。いや、国産大豆をまったく混ぜなくても、だれも分からないでしょう。
今の日本の法律では、遺伝子組み換え大豆の「意図せざる混入の許容率」は、5%とされています。「遺伝子組み換え材料は使用していません」の表示がしてある大豆製品から遺伝子組み換え大豆を使用している分析結果が出ても、5%まで許容されているために、違反にはならないのです。

さて、この本の副題「自給率を上げるのはたやすい!」を、著者の山田さんはどのように実現させようとしているのでしょうか。簡単に言えば、直接支払いで農家を助成する、ということになります。WTOで決められている「国内助成総量」枠までは使える、というのです。現在は18%しか使っていないそうです。
さて、それでは、その助成の財源は?ということになりますが、山田さんの考えでは、農業予算の中で公共事業費として使われている分を利用すればいいのだそうです。

わたしとしては、自国民の健康を守るためにも、農薬まみれの野菜や遺伝子組み換え作物を拒否するような人たちに国政をになってもらいたいと思います。外交では、今も戦争をやっていて、人の命を何とも思っていないような国を相手にするのですから、危ない目にも合うかもしれませんが、国民の意思をまとめて後ろ盾にすれば、一定程度の譲歩は得られるのではないかと思います。少なくとも、最初から尾っぽを振って、アメリカについていっていた今までの為政者たちよりは、ましな仕事ができるのではないかと思います。
公共事業費の財源を農家への直接支払い(助成)へ、というのは、理屈としては分かりますが、ゼネコンの反発がすごいことになるのではないでしょうか。民主党ならできるのかどうか、わたしにはよく分かりません。が、できるものならば、ぜひ実行してもらいたいです。食料があって、命がつながれば、あとのことは、あとでどうにでも変えられるのではないかと思います。

この本を読んでの、全体的な感想は、現場へ出かけていって、調査したデータを積み重ね、分析して、問題の所在をあぶりだして、その解決の道をさぐるという、地道だけれど、これこそ王道と思われる方法を教えられた思いがします。知性と行動力が、反対する人たちも巻き込んで、少しずつ現実を変えていくことが分かります。あきらめないこと、続けること、この二つを忘れないでいたいと思います。

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